線路は長島ダム建設によって付け替えられた
長島ダムは奥大井のダム群としては新しく、2002年に使用開始となりました。ダム建設地にはすでに井川線が存在していたので、1990年に線路を付け替えることとなり、大加島仮乗降場、川根唐沢駅、犬間駅を廃止。新線は90‰(パーミル)の超急勾配となり、線路間にラックレールを配し、機関車側の歯車で噛み合うことで急勾配を克服するアプト式が採用され、日本唯一のアプト式区間となっています。
アプト式区間は川根市代駅を改称したアプトいちしろ駅から、ダムサイトのてっぺん付近にある長島ダム駅までを結び、井川線も「南アルプスあぷとライン」の愛称となりました。アプト式機関車の車庫があるアプトいちしろ駅の構内外れから、今回の物語は始まります。
立派な鋼製吊り橋と分岐する謎線路は旧線だった
アプトいちしろ駅で機関車の連結作業をしている光景を後にして、吊り橋の見える踏切へと歩きます。吊り橋は自動車も渡れる頑丈な鋼製ですね。この橋は「市代(いちしろ)吊橋」といい、昭和11年(1936)に鉄道用として架橋されました。吊り橋を列車が渡るのが俄(にわ)かに信じ難いですが、ナローゲージの森林鉄道にはよくあったケースですし、何よりも岡山駅と高松駅をつなぐJRの瀬戸大橋線は、瀬戸大橋という大きな吊り橋を列車が快走しています。鉄道の吊り橋は意外とメジャーな存在なのです。
市代吊橋が架橋された当時はまだ中部電力専用線になる以前で、大井川電力専用軌道という軌間762mmのナローゲージでした。その名が示すように、奥大井の電源開発用の軌道で、大井川ダム建設に使用され、ダム竣工後は木材運搬にも活躍。ダムを渡って対岸へ軌道を延伸するため、市代吊橋が架けられたのです。現在は大井川ダムの発電所への専用道路となっています。
また大井川電力軌道の時代は大井川ダム右岸を通るルートで、現在線の対岸にありました。アプトいちしろ駅へ到着する直前に第一大井川橋梁を渡って海野トンネルへ入りますが、鉄橋を渡る前にポイントを通過する音がして、左へ分岐する細い線路がチラッと見えます。それがそうです。
右岸ルートは1954年に現在線が開通した後も、大井川ダムのメンテナンス用などに残されていましたが、土砂崩れによって寸断され、線路は絶たれてしまいました。市代吊橋も現在線開業によって道路橋へ転身し、寸断された線路が車窓からチラッと確認できますが、あの一帯へは行くことができません。
構内外れにひっそりとたたずんでいるトンネル
踏切から吊り橋を眺めた後は、いよいよ長島ダムの付け替え旧線を散策です。旧線のほとんどは長島ダムの接岨湖(せっそこ)の底ですが、付け替え区間の始まりの一部はキャンプ場となって散策できます。
アプト式機関車の待避所と現在線がカーブしている付近が、付け替え区間の分岐地点。柵には「ミステリ〜トンネル 長島ダム アプトいちしろキャンプ場」と、手描きの看板が掲示され、「ン」の点が♡になっていて、思わず笑顔があふれます。
振り返ると、森の中に暗黒の口を開けているトンネル。トンネル好きにはグッとくる絶景であり、何かがおきそうな予感すらします。ミステリ〜トンネルはどうなっているのか、検索するとすぐ分かってしまうのですが、それだとつまらないので、とくに下調べをしませんでした。ただ、懐中電灯だけは必携なので、それだけは忘れずに……。
トンネル番号は16、大加島(おおかしま)トンネルです。足を踏み入れると、散策道として整地された砂利道に、かつてのレールが頭をのぞかせています。ここに列車が走っていた紛れもない証拠に、束の間の興奮を覚えます。
しかし、前方は漆黒の闇。人感センサーで照明でも点くのかな?といった甘い考えは捨てましょう。闇の中で砂利道を転ばないよう、慎重な足取りで先を進みます。どこまで闇を耐えられるかと思ったのですが、私はちょっと足が悪いので、ここで転んでは危ない。電灯を点けると、ゴツゴツとした岩場が……。あ、素掘りだ。荒っぽい削り方の岩盤のゴツゴツとした陰影が、懐中電灯によって浮かび上がります。
あれ……。前方に灯りがある。もう出口か。
漆黒の闇の先にボーっと淡く光る謎の灯りと何かがいる
しかし、出口にしては様子がおかしい。ぼわぁと見える灯りは人工の明るさ。近づいていくと、トンネル断面が素掘りではなく部分的に覆工コンクリートで施工され、馬蹄型の断面が明かりに浮かび上がります。
闇に浮かび上がるトンネル断面と照明。月並みな言葉で表すと「千と千尋のトンネルみたい」。あの明かりは神様が集う町の灯で、常世の世界ではないというアレ。歩みを進めていくと、右手に誰かいるような。
「!!」
闇がいきなり灯り、何かがカタカタ……うごめきました。カタカタカタカタ……決して襲ってこないソレは、トンネルの壁面に立ちこちらをうかがっています。私は暗闇は大丈夫なのですが、怖いモノが駄目でして、突如闇から現れたソレに少々固まってしまいました。ちょっと驚いた。
目と鼻の先は怪しげな照明が輝き、そのさらに先にも何かいそうだ。後半へ続きます!
取材・文・撮影=吉永陽一