「お待たせ。」エルボーが現れた。心なしか元気がない。勇気を振り絞るオレ。

「この間電話かかってきてから元気ないけど大丈夫?」
「……ごめんね。実はあれ、元カレからでさ。」

何っ!!そんな気はしていたが急に焦るオレ。

「で、何だって?」
オレは今冷静じゃない。勢いで聞いてしまった。

「やり直さないかって。やっと気持ちの整理がついたとこに電話きたからさ。」
「……そ、そっか。」

何だってー!!パニック!!これ以上怖くて聞けない!!今日はオレが涙ぐむ。デートはどうなることやら。

暗渠の話とオレの気持ち

小雨のキャットストリート。オレも暗渠になりそうだ。
小雨のキャットストリート。オレも暗渠になりそうだ。

行ってみればすぐわかるけど、キャットストリートはまぁまぁ細い道幅で、有機的に曲がりくねっているんだよね。この感じがいいのだよ。さすが、元は川だけのことはある。

そう。ここ、渋谷川です。渋谷川といえば、幼き日にたぶん口ずさんだのであろう「春の小川は、さらさら……」のアレです。

「えーそうなの?」という人もいるかな。

元は川、と言ったけど、今も渋谷川自体は流れている。それはどこかというとキャットストリートの下。渋谷川にフタをしてキャットストリートになったというほうが正しいのかな。

つまり、渋谷川は暗渠になった。土地区画整理事業や市街地再開発事業で人工的に作った道では出せない味わいを楽しめるというわけです。

でもなー。

そんな「春の小川」の舞台となった渋谷川なんだから、のどかな風致地区っぽい感じで整備して親水エリアみたいにしておけばよかったのにね。

ではみなさん、ここで問題。

問題:なんで渋谷川を「暗渠」にしたのでしょうか?

 

答え:昭和30年代に下水道になっちゃったから。

東京の下水道は合流式がほとんど。つまり、お風呂やトイレなどの汚水と、比較的きれいな雨水を「同じ下水道」で処理なので、渋谷界隈の「それら」がいまもドドーンと渋谷川(下水道ですからね)に流れ込んでいるのでしょう。

なので暗渠にしておかないとね。

キャットストリートのシンボル。「ヨンデル」像。
キャットストリートのシンボル。「ヨンデル」像。

オレはエルボーとキャットストリートを表参道方面に歩く。ちょうどヨンデルさんの彫像がある。ふとエルボーの横顔を見る。よし、オレも彼女の表情を読んでみよう。ちらっと見る。

すると彼女もちらっとオレを見て、小首をかしげ「ん? なに?」と。

オレハヨンデル。……がしかし、オレは、キャットストリートで「ヨンデナイ」像と化してしまった。もしかして、オレも暗渠になってしまうのか……(涙)

そうこうしているうちに表参道へたどり着く。

いつも清潔で明るい表参道はハイブランドの街。
いつも清潔で明るい表参道はハイブランドの街。

表参道といえば、清潔で明るくて「コジャレの権化」みたいなもんだから、まぁデートコースの定番でもあるが、闇がない。

コキタナイ店とかヤバそうな飲み屋が路地の奥にあるとか、もちろんフーゾク店とか、そういった類がないので必然的に、酔っ払った男性(とくにオッサン)が街を闊歩していない(オッサン自体はいるかもしれないが新橋や神田のノリではないでしょ)。

これは好き好きだからアレだけど、街歩きでも恋愛でも、オレは光と闇があったほうがおもしろいと感じるけどな。多少治安は悪くなるが。

どうして表参道は表参道たり得ているのか

あ、そうだ。

もう何年も前のことになるけど、街づくりの研修会があって、それに参加したときの話。「どうして表参道は表参道たり得ているのか」というような話になった。

同じ商業地域である渋谷の道玄坂界隈とかと比べれば、表参道は清潔で明るくて「コジャレの権化」だ。

ではみなさんも、道玄坂界隈にあって表参道にないものをざっと考えてみてください。

映画館、ゲームセンター、ぱちんこ店、ガールズバー、キャバクラ、フーゾク店、アダルトショップ、ラブホ……とかかな。

そんときの講師は、こういった店舗の出店を抑え、ハイブランドを揃えて、いろんな意味でキレイな街にすることで女性が多く集まり、そんな街は活性化。地価も上昇する……と言っていた。表参道のほか、銀座は別格として、目黒区の自由が丘などが例に上がっていたな。

そんでね、「こういった店舗」の出店を抑える方法として、「文教地区を指定する」という手がある。そうなんです。ここ表参道にも文教地区が指定されているのです。

文教地区ってなんだ?

文教地区とは都市計画法の特別用途地区となるもので、自治体の条例で文教地区での建築制限が制定されている。

都市計画図で文教地区や風致地区を探してみよう。
都市計画図で文教地区や風致地区を探してみよう。
表参道一体は文教地区に指定されている。
表参道一体は文教地区に指定されている。

で、文教地区とはその名のとおり、「ここを文教と名乗るにふさわしい清く明るい地区にしよう」というものだ。

そんで、ここは東京都なので、東京都文教地区条例を見てみると、文教地区ではこんなお店は出店禁止。建築できない。

風俗店
ホテル又は旅館
劇場、映画館、ナイトクラブ、その他客にダンスをさせ、かつ、客に飲食をさせる営業を営む施設
マーケット(市場を除く。)
勝馬投票券発売所、場外車券売場及び勝舟投票券発売所

ということで、結果として、清く明るい街になる。

ちなみに、この文教地区条例ができたのは昭和25年12月7日。終戦直後だ。なので、建築制限として「マーケット(市場を除く。)」というのが入っているけど、ここでいうマーケットとは闇市を想定したものだったらしい。

表参道って、なんの参道なの?

表参道は参道で、なんの参道なのかといえば、そりゃもちろん明治神宮。

「せっかくだから明治神宮でも行ってみる?」

ちなみに公式サイトから一部引用抜粋させてもらいますと

明治神宮は明治天皇と皇后の昭憲皇太后をおまつりする神社です。およそ70万平方メートルの広大な鎮守の杜は、明治神宮創建にあたって全国から献木された約10万本を植栽し、「永遠の杜」を目指して造成された人工林です。

とある。

創建は大正9年(1920)11月1日なので、まぁだいたい100年前。なので、そんなに古いものではない。っていうか、むしろ神社としては新しい。20世紀になってからの建立だもんね。

人工林なんだけど、その植栽をするときに、100年くらいしたらこんな森になったらいいなという想定で作業をしたらしい。おかげさまで、100年後のオレたちは、こうしてすばらしい大都会の森を訪れることができます。

先人の努力に感謝だね。

むこうに見える明治神宮。大都会の森。もちろん風致地区だ。
むこうに見える明治神宮。大都会の森。もちろん風致地区だ。

ちなみに、明治神宮一体は、風致地区に指定されている。

風致地区とは

都市の風致(樹林地、水辺地などで構成された良好な自然的景観)を維持するため、都市において良好な自然的景観を形成している区域のうち、土地利用計画上、都市環境の保全を図るため風致の維持が必要な区域を指定するもの。

風致地区に指定されると、

宅地の造成
土地の開墾
木竹の伐採
土石の類の採取
水面の埋立て又は干拓
建築物等の新築、改築、増築又は移転
建築物等の色彩の変更

などが許可制度となっていたりする(地方公共団体が条例で規制する)。

それにしても、空気がうまい。オレも創建の歴史などに思いを馳せつつ、大都会の森で深呼吸。はぁー、ほんとにいい気持ち。カラダの中の酸素が入れ替わったようだ。

そしたらすがすがしい気持ちになった。

エルボーとは、今日が最後かもしれない。でもね。ここから、新しい歴史をはじめようとしていた先人がいっぱいいたはずだ。よし、エルボーから切り出されたら、受け入れよう。オレも先人にあやかって、また明日から生きていこう。その思い、ご一緒させていただきます。

この森が人工だったとは、もはや誰も思わないだろうなー。
この森が人工だったとは、もはや誰も思わないだろうなー。

ふたたび表参道に向かっていたとき、

「今日さ、初めに言おうと思ったんだけどさ。」

な、なんだ!!エルボーは何を言おうとしてるのか!!!鼓動が速くなっているのがバレないようにしているが、冷や汗が出ている。

ついにきた。先人のみなさん。ここ明治神宮で、我は決意した。ごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごいっしょさせていただきます。

「……。一緒に住まない?」

えーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえーえー!!!!!

文・撮影=宅建ダイナマイト執筆人(おーさわ校長・ひのきP)