東京のはしっこで食べる立ち食いそば
まずはこの、立派な天ぷらそばを見てもらおう。
色の濃いツユに茹で麺。小エビの入った、玉ねぎ主体のかき揚げ。まさしく、王道の東京の立ち食いそばである。しかし、今これを食べているのは、立ち食いそばの本場とも言える神田でも浅草橋でもなく東京のはじっこ、稲城市のJR南武線稲城長沼駅の駅前にある『なかむら』だ。
そしてその『なかむら』、駅前の立地なのではあるのだけど、なかなか特殊な状態になっているのである。写真は駅を出てすぐの光景。なにもない空間にポツンと一軒だけ、たたずんでいるのが『なかむら』なのだ。駅前なのに、周囲に店舗はほとんどなし。まさに「なぜここ?」店舗なのである。
店主の話によると、1991年に開業したときは、もう少し東側の通りに面したところに店があったのだとか。しかし駅周辺の再開発が始まり、道路の拡張とともに6年前に立ち退くことに。すぐ近くに移転することも決まったため、仮店舗として現在の場所で営業を始めたのだが、再開発に含まれる他の土地の確保が進まず、今でも仮店舗で営業しているとのこと。(2020年現在)
しかし仮店舗ながら、地元の常連さんは今も足繁く通ってくれている。地元の貴重な飲食店であることもさりながら、やはり、その味に惹かれるのだろう。ダシの旨味がしっかり感じられるツユは少し甘みがあり、ふわっとした茹で麺によく合う。ざっくり切られた玉ねぎの甘みが楽しめるかき揚げは、揚げ具合もちょうどよくツユなじみもいい。ズバズバとかきこみたくなる、まさに上等の立ち食いそばなのである。
実は通勤に便利な稲城長沼
また、駅前こそ再開発のあおりでなにもないが、稲城長沼駅は南武線の快速が止まり、川崎方面の始発駅であったりと、通勤に便利な駅。朝、仕事に行く前にそばを食べていく人も多いようで、立地こそポツンとだが、なかなかの人気店なのだ。
そんな話を店主に聞いていると、かつての稲城長沼駅前の写真を見せてくれた。
なんとものどかな雰囲気。いかにも東京郊外の駅前といった感じで、18年前ではあるが郷愁を覚える。再開発前は駅周りに多くの商店やマーケットがあって、ずいぶんにぎわっていたんだとか。
確かに、取材時に早く着いたため、周辺を散策したのだが、年季の入った魅力的な建物が多く見られた。
多摩地区の昔と今が感じられる
昔の名残があるといえば、駅のすぐ北側を通っている旧川崎街道もそうだ。クネクネした道は旧道の証。ブラブラと歩いていくと用水路が流れていて、住宅街の間に田んぼがあった。多摩川に近く水に困らないため、農耕が盛んだった昔の多摩地区を思い出させる景色に出合えるのだ。
さて、さっきそばを食べたばかりだが、少し歩いて小腹が減った。また『なかむら』に戻って、一杯いただこう。
次に頼んだのは、コロッケそば380円。これまた立ち食いそばの定番メニューである。
ツユを吸ってふにゃついた衣と、ゴロッと形を残したじゃがいものコントラストが楽しい。じゃがいもの風味もよく、優しめな『なかむら』のツユにこれまた合うのだ。
実はこのコロッケそばは2020年の4月から5月にコロナ禍で休んだあと、再開したときにお客さんのリクエストで始めたメニュー。再開発は止まっているようだが、『なかむら』はしっかりと変わっていっているのである。
稲城長沼の再開発のことばかり書いてきたが、実は地元が一番、推しているのが、稲城出身でアニメ『機動戦士ガンダム』や『タイムボカンシリーズ』で有名な、メカニックデザイナーの大河原邦男氏。『なかむら』の反対側、南口に広がる広場にはガンダムやシャアザク、そしてマニアはみんな好きな『装甲騎兵ボトムズ』のスコープドッグがそびえ立っている。
まさしく多摩地区の昔と今を見ることができて、ポツンとながらしっかりおいしいそばが食べられる『なかむら』がある稲城長沼は、なかなかに面白いところなのだ。
『なかむら』店舗詳細
取材・文・撮影=本橋隆司(東京ソバット団)