夢は元気がもらえるラーメン屋さんを開くこと。地元から愛されるお店になるまで。
「学生時代のアルバイト先の店長が、常連さんにフレンドリーに声をかける姿に感動したんです」と、店主の梅崎梨夏さんは目を輝かせて語ってくれた。
梅崎さんは偶然始めたラーメン屋でのアルバイトがきっかけで、ラーメン屋が作り出す活気あふれる空間に魅了されたという。
「わたしもラーメンを通して、心と心がつながるお店を作りたい」という夢を持ち、ラーメン屋やフレンチの有名店、和食割烹で修業を重ねた。そして、SNSでラーメンについての学びを発信するなかで、偶然の出会いが夢を後押ししてくれた。
「フレンチで働いている時に、『Tsurumen Davis』の大西さんに偶然出会いました。SNSを交換してしばらく経った頃、Tsurumen系列の日本店の準備が進んでいて、働かないかと誘っていただいたんです」
『Tsurumen Davis』とは、変わった営業スタイルにより話題を集めるアメリカ・ボストンのラーメン屋。元々大西さんを知っていた梅崎さんは、お客さんで来ていた大西さんに勇気を出して声をかけた。その後、SNSでつながり、梅崎さんが発信し続けていたラーメンの試作等を大西さんが見て、ラーメン屋開業へのチャンスを掴むことにつながったという。
『Tsurumen Tokyo』として1000日限定で開業したラーメン屋で店長を務めた梅崎さんは、『Tsurumen Tokyo』の閉店後に跡地を引き継ぎ『しののめヌードル』を開店した。
「フレンチや和食割烹では調理や接客を学び、『Tsurumen Tokyo』ではラーメン屋の経営やオペレーションを実践から学びました。『Tsurumen Tokyo』での最後の4カ月は自分でメニュー開発、値決めまでおこなっていたんです。自分のラーメン屋を持つ感覚を掴めました」
『Tsurumen Tokyo』への就職をきっかけに訪れた亀戸で、ラーメン屋を営んで通算3年半。梅崎さんは、亀戸という町に下町らしいあたたかさを感じるという。
「地元の方が本当に親切で、創業からずっと支えてもらっています。『Tsurumen Tokyo』時代から応援してくださる常連さんもいて、とてもありがたいです」
優しい和出汁に抱かれた確かなコク、こだわりの具材ともベストマッチ
メニューは塩ラーメンとまぜそば、他に季節に合わせた期間限定メニューも楽しむことができる。今回は創業当初から人気のある塩ラーメンをセレクト。自家製つくねやたまごも乗った全部のせを注文した。
透き通るスープを一口飲むと優しい和出汁の風味、そしてコクのある鶏ガラと塩ダレが見事に調和する味わい。コク深さを確かに感じながらも、決して出汁の風味をかき消すことがない絶妙なバランスだ。
梅崎さんがメニュー開発で意識しているのは、化学調味料不使用でどれだけおいしくできるか。高級食材や化学調味料を使わずに、どこでも買えるような食材をおいしく調理して、提供するのがこだわりだ。
「出汁は昆布やカツオを使った和出汁が中心。塩ダレもホタテや昆布などの魚介を感じる2種類の塩を使って配合しています。優しくて、でもしっかりコクを感じる味を目指しています」
スープだけではなく、上に乗った具材も魅力的な一杯。すりつぶした実山椒を混ぜたふわっふわのつくねや、燻製たまごなど、一風変わった具材たちが雰囲気を変えてくれる。しっかりした中太麺と合わせて食べると、塩ラーメンとは思えない食べ応えだ。
「具材は全体で調和がとれるような味付けにしています。それぞれの味付けを強くしすぎず、スープと食べるのが一番おいしいと感じられるバランスを目指しました」
塩ラーメンが優しい味わいなのに対して、ごまやくるみ、トマトを使用したまぜそば1250円は少しパンチがある味を目指したという。期間限定もメニューも常に開発を続けており、夏にはくるみを使ったそば、冬には味噌ラーメンも提供した。
「まぜそばは、もっと食べ応えのあるメニューが欲しい!というお客さんのニーズに合わせて開発しました。常連さんがずっと楽しめるように、良いものができたら期間限定メニューを出すようにしています」
目指すのはストレスのない空間。地元から愛される食堂へ
ラーメン屋が持つ活気ある空間に憧れた梅崎さんが目指すのは、お客さんがストレスを感じないお店。座席は狭すぎず、広すぎない空間を意識したカウンター席と、子ども連れにうれしいテーブル席。ブランケットや紙エプロン、髪が長い人向けの髪ゴムなどが準備されているのも、なんともうれしいポイント。梅崎さんの「どんなお客さんでも楽しめるように」という、細やかな気配りが感じられる。
「適度にあたたかい接客で、サクッと入りやすい空間を目指しています。ラーメン屋に行くではなく、町の食堂に行くという感覚で何も構えずに来店してほしいです」
そんなお客さん思いの梅崎さんが名付けた店名は、「夜明けの空が東方から徐々に明るんでゆく頃」を意味する「東雲(しののめ)」という古語が由来だという。朝日に照らされる清々しい時間を店名にして、お店がありたい姿への想いを込めた。
「朝日が差している時間のように、気持ちがリセットされてまた頑張ろうと思えるお店を目指しています。『しののめヌードル』でラーメンを食べて過ごす時間を通じて、お客さんの背中を押せたらと思っているんです」
にこやかに語る梅崎さんの表情には、ラーメンを通じて生まれるコミュニケーションに対する想い、応援し続けてくれる地元住民への感謝が詰まっていた。
1人の大学生がラーメンが生み出す価値に魅了され、数年の努力の末に開店したラーメン屋『しののめヌードル』。商品や内装、提供されるサービスに至るまで、お客さんを思った心配りにあふれている。
優しくもコク深い塩ラーメンを味わうだけでなく、自分に元気を与えることができる居心地の良い空間だ。心とお腹をポカポカにするために足を運んでみては。
取材・文・撮影=古澤椋子