立教通りと谷端川南緑道の交差地点に、「西池袋マート」と、古めかしいフォントで掲げられた空き店舗があった。入り口のグラフィティもどきの落書きが痛々しかった。「西池袋マート」は、1970年ごろにオープンした市場だ。八百屋、肉屋、果物屋など、小さな個人商店がぎっしり入居し、地元の台所として親しまれてきた。このような市場がスーパーに取って代わられるなか、「西池袋マート」も2010年ごろに最後の店舗が出ていった。交通至便な立地。駐車場やマンションにしたほうが儲かる。それでも大家さんは、この場所への思い入れから取り壊しせず、「西池袋マート」は空き店舗のまま静かに年を重ねていった。
大家さんを動かした街への思い
2019年4月21日、「西池袋マート」の店内には再び灯がともり、多くの人でにぎわっていた。落書きされていた入り口には木製のエントランスができ、商店の区画が残っていた内部もリノベーションされた。中にはブルワリー&パブとローカルラジオステーションとギャラリーができた。仕掛け人はまちづくり会社シーナタウン。シーナタウンは2016年、椎名町の閉業したとんかつ屋「とんかつ一平支店」をリノベーションし、ゲストハウス『シーナと一平』をオープンさせるなど、西池袋エリアに新しい風を吹かせてきた。
「西池袋は、『池袋モンパルナス』や『トキワ荘』のような歴史がある街。そこで、生活の中心としてにぎわった『西池袋マート』の歴史も踏まえ、おもしろいことをやっている人、やろうとしている人たちが集まれる場所にしたかったんです」と代表の日神山晃一さん。
シーナタウンの実績と思いを知った大家さんは、彼らならと、「西池袋マート」の利用を許可してくれた。最初はノープランだったというが、ブリュワーの藤浦一理さんと知り合ったことにより、「ドリンクローカル×トークローカル」というコンセプトが生まれた。
コレデイイノダラジオ/ Nishiike Gallery
西池袋の愛すべき変わり者たちが送るローカルラジオ。時にはビール片手に地域の魅力や文化、出演者の考えを語り合う。音源はSoundCloudサイト上にアップ。壁はギャラリーにもなっており、アーティストの作品を展示販売する。
SNARK LIQUIDWORKS
ビールと一緒に新大久保のカレー店「TAPiR(タピ)」元店主・岡野亜紀子さんのスパイス料理がいただける。
日神山さんは言う。「こういう場所があることによって、界隈のおもしろい人が炙りだされていくようになればいいなと思って。別に実績がなくたっていいんですよ。『あの人アーティストらしいよ』っていう謎の人がいっぱいいる。そういう人たちを受容してきたのが西池袋の空気だと思うんです」。
この場所は一言で定義しづらい。でも、「なんかおもしろそうな人たちが集まって何かやっているところ」でいいんじゃないだろうか。有象無象が集まって新しい表現が生まれていったのが、かつての西池袋なのだから。
取材・文=鈴木紗耶香 撮影=オカダタカオ
『散歩の達人』2020年5月号より