【1日目の旅程】
南紀白浜空港→三軒茶屋跡→祓殿(はらいど)王子跡→熊野本宮⼤社→⼤斎原(おおゆのはら)→山水館 川湯みどりや
そもそも熊野古道って?
「熊野本宮大社」「熊野速玉大社」「熊野那智大社・那智山青岸渡寺」からなる熊野三山。それらの霊場を結ぶ参詣道が「熊野古道」だ。熊野三山をめぐれば、前世の罪を浄め、現世の縁を結び、来世を救済することができるといわれ、救いを求めて古から多くの人々がこの道を歩いた。
古道は、京都・吉野・高野山・伊勢などの地からつながっており、大きく6つのコースに分かれている。今回歩くのは、そのなかでも最も多くの人が歩いた中辺路(なかへち)だ。
空の旅を楽しみ、楽々と白浜の地へ
ワクワクを胸に、JALの機体に乗り込み約1時間。南紀白浜空港に到着だ。波を彷彿とさせるゆる空港の屋根のゆるやかなカーブと暖かな風に、白浜の地に来た実感がふつふつと湧いてくる。
空港からすぐにタクシーに乗り込み、熊野古道歩きの出発地点・三軒茶屋跡へ出発。このツアーでは1組ずつタクシーで移動するので、ゆったりとプライベートな旅が堪能できる。
ウラジロに自分の位置を教えてもらう古道歩き
1日目は小辺路(こへち)と中辺路とのちょうど合流地点にある三軒茶屋跡から熊野本宮大社、大斎原まで、約3kmの道のりを語り部さんと歩く。
スタート地点の三軒茶屋跡は、かつて3軒の茶屋と関所があり、多くの人でにぎわっていたという。当時、その関所を通るには、パスポートのような役割の通行手形と10文が必要だった。
現在の価値だと10文は約200円ほどだが、古道に点在する関所を何カ所も通っているうちに庶民は段々と支払いが厳しくなってくる。支払えなくなった人は関所の横に立ち、通りかかったお金持ちに支払ってもらっていたそうだ。
「熊野へ詣でる人々の間には助け合いの精神があり、地元にはおもてなしの文化が根づいていたからです」と松本さん。老若男女、貴賤(きせん)、浄不浄、信不信を問わず、すべての人を受け入れてきた熊野の地。その寛容さをここでもうかがい知ることができた。
杉の木がスッと高くそびえる山道を進んでいくと、立派なウラジロが生い茂るゾーンに差しかかった。末広のフォルムや、神様に対して裏表のない清廉潔白な心を表しているような葉裏の白さから縁起がいいとされ、神様の御前に捧げられることも多い。
ウラジロは標高500m地点に群生するらしい。ということは、いま自分はそのあたりにいるんだな、とわかってくる。道端に生えている植物で、自分が歩いている位置を判断できるというのはおもしろい。
足元に差す木漏れ日の美しさにはっとしたり、植物の香りに癒やされたり。緑が深い古道を歩いていると、自然の営みを五感で受け取っていることに気がつく。
「熊野の大地に立ち、熊野の天を仰ぎ、熊野の風を吸い込む。それだけで『自分は自然とともに生きているんだ。いや、生かされているんだ』ということを感じるようになります。それが熊野の存在ではないかとも思っています」と松本さんはほほえむ。
豊潤な生態系を育み、みずからの起源に立ち返らせてくれる自然が、ここにはある。
聖地に向かって最後の禊を
熊野古道には、あちこちに「王子」と名のつく場所がある。それは、かつて古道の近隣住民が在地の神を祀っていた社を、修験者たちが「王子」という名で認定し、儀礼を行っていた地のことを指す。
人々は「どうか熊野三山に無事にたどり着けますように。お導きください」と王子に祈り、それらを辿っていったという。王子は熊野詣の道しるべにもなっていたようだ。
一般庶民は道中の王子で野宿をした。だが、祓殿王子に着いたらもう本宮大社はすぐそこ。ここに泊まる必要はない。その代わりに、自分の身や心についた塵(ちり)や埃を払う。そのことから「祓殿」という名前がついている、禊(みそぎ)の場なのだ。王子跡にここまで来ることができた感謝と喜びを伝えて身じたくを整え、いざ本宮大社へと歩を進める。
熊野本宮大社、どう詣でる?
いよいよ熊野三山の一つ、熊野本宮大社に到着だ。「多くの人々がここを目指して、険しい道を歩んできたんだな」と実感しながら158の石段を登り神門をくぐると、檜皮葺(ひわだぶ)きが美しい4つの社殿がずらりと並んでいた。
四殿それぞれに別の神様が祀られ、参拝の順序も決められている。
①証誠殿:祭神は家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)(別名スサノオノミコト)
②中御前:祭神は速玉大神(はやたまのおおかみ)(別名イザナギノオオカミ)
③西御前:祭神は夫須美大神(ふすみのおおかみ)(別名イザナミノオオカミ)
④若宮:祭神は天照大神(あまてらすおおかみ)
という順番だ。すべてをめぐれば、交通安全、大漁満足、家庭円満、夫婦和合、長寿などかなりの御利益がある。
そして四殿の参拝を終えたら、最後に満山社(まんざんしゃ)へ。自分の身に降りかかる火の粉を払ってくれ、これからの交友の円を深めてくれる結びの神、祓いの神だ。
順序通りにきっちりと参拝を済ませ境内を歩いていると、「八咫(やた)ポスト」という真っ黒なポストに目を引かれた。ポストの上で羽を広げているのは、“天・地・人”を表した3本の足をもつ八咫烏だ。神武天皇を導いたとされており、この先ありとあらゆる場所でこの姿を目にするようになる。
【熊野本宮大社】
☎0735-42-0009/境内自由/和歌山県田辺市本宮町本宮
日本一の大鳥居はなぜ赤くないの?
熊野本宮大社から歩くこと約10分。穏やかで平坦な田園の中にスッとたたずむ大きな鳥居が現れる。大斎原の大鳥居だ。その風景のコントラストにぞくぞくしてくる。
かつて、熊野本宮大社はこの大斎原の地にあった。しかし、明治22年(1889)8月の水害で社殿の多くが流失し、それを免れた四社が遷移されたという。いまの大斎原には、流失した中四社・下四社を祀る石祠が立っている。
それにしても、なんでこの鳥居は朱色ではないのだろう。そう不思議に思っていると、「熊野の神様のご神体が大きな空であり、川であり、海であり、岩であるというように熊野信仰は自然崇拝を起源としています。なので、あえて自然に近い色を保ち、朱色は塗られていないんですよ」と語り部の松本さんが教えてくれた。
湯と川と緑に心とろける
比較的楽なコースとはいえど、3kmをしっかり歩いて汗もじんわりとかいた。旅の疲れを取りに川湯温泉へ。ここは熊野川の支流・大塔川の河原を掘ると、お湯が湧き出すというなんとも珍しい温泉地なのだ。
そして今夜の宿は『山水館 川湯みどりや』。川湯温泉で唯一、館内から直接河原の温泉に入ることができる宿だ。「やっと着いた~!」と部屋に入ると、その美しい景色にしばらく呆然としてしまった。緑が響いて、いまにも白い馬が歩いてきそうだ。
夕食を終えたら、湯浴み着を着ていざ館内の河原風呂へ。川底から湧き出す源泉は筋肉痛にも効果があるという。ごうごうと流れる水の音や鳥の鳴き声に耳を澄まし、星空を眺めながらひたすら湯に癒やされた。
【山水館 川湯みどりや】
☎0735-42-1011/和歌山県田辺市本宮町川湯13
●《和歌山県 世界遺産「熊野古道」をめぐる紀伊山地の参詣道散策 3日間(アドベンチャーツーリズム)》(主催:ジャルパック)についてはこちら↓
取材・文・写真=『旅の手帖』編集部
撮影=ジャルパックオフィシャル