空気階段
水川かたまり/ 1990年、岡山県出身。鈴木もぐら/ 1987年、千葉県出身。2012年にコンビ結成。キングオブコント2021で優勝。TBSラジオ「空気階段の踊り場」、BSよしもと「空気階段の●山」に出演中。
桃園川は、異界への入り口
9月某日、夜。空気階段の二人と集結したのは高円寺・桃園川緑道。杉並区と中野区にわたって東西約1600mもの長さに及ぶ桃園川緑道は、昭和40年代に桃園川が暗渠(あんきょ)化され公園となった場所だ。
日が落ちると人の流れが少なくなり、あちこちで大木が濃い影を落とす。虫の声が聞こえ、カッパやカワウソといった水の生き物のオブジェが植物の陰から顔を出す。夜の桃園川緑道は、高円寺にいながらナイトサファリさながらの気分を味わえる。独特な世界観のコントが魅力の空気階段に、夜の高円寺・桃園川緑道で路上観察にチャレンジしていただいた!
探検気分でスタートしたところ、緑道の車止めを目にしたもぐらさんが早速つぶやいた。
もぐら これは……ちん●んのパーキングエリアですね。次に生まれる男子の、在庫のちん●んです。おじいちゃんが死んだらまたここに戻ってくる。(車止め同士を結ぶ鎖は)その輪廻(りんね)を表す鎖ですね。
車止め=ちん●ん……!
思ってもみなかった角度の見立てだが、一度聞くとそうとしか見えなくなる。男子が生まれたらここから一本、また一本と旅立っていき、誰かが亡くなると再び戻ってくるのだ。桃園川が、異界と現世とを結ぶ川にも見えてくる。
一方かたまりさんは、上空を横切る電線をじいっと見つめている。
かたまり ルパン専用レーンだ!
つる植物が少しずつ絡みつき、窓へと伸びる電線。思わずルパンが二階の窓へと忍び込む姿が目に浮かぶ。上空からも目が離せない。
道を進むにつれ植物の密度が濃くなり、少しずつナイトサファリ感が高まる。壁からちろりとはみ出した葉っぱを指差したのは、もぐらさん。
もぐら これは、あれじゃないですか。
人間にも生えているじゃないですか、抜かない方がいい毛が。これは二の腕長毛です。抜くと金運が下がります。
かたまりさんは「桃園川緑道」と記された石碑に目を留めた。
かたまり これは指輪を置いたら、川が流れる石碑です。
手にしたライトをそっと石碑の上に置くかたまりさん。その瞬間、今は見えない川の流れが浮かび上がってくるようだ。
スタートしてわずか数十mのなかで、目に留まったものを次々と自由に見立てていく空気階段。2人の魔法にかかると、目の前の風景の時空間が歪(ゆが)み、まったく別のものに見えてしまう……!
もぐらさんがふと、道と塀との間に細い隙間があるのを見つけた。
もぐら サラリーマンカバン吸い込みですよ。置けるじゃんと思ってサラリーマンがカバンを置いたが最後、吸い込まれます。何のための隙間なんだろう。人に見られたくないものを捨てる場所なんでしょうね。
そう言いながら隙間の内側をじいっと見ていたもぐらさんが、突然悲鳴を上げる。
もぐら 大先生が……G(ゴキブリ)先生が通ってました……勘弁してよ。しかもでかかったですね。G先生の筋肉番付みたいに。こっからはもう怖い。怖い怖い怖い……。
思わぬ敵の襲来にややテンションが下がるもぐらさん。G先生だけでなく、蚊も本気を出してきた。迫りくる敵を必死で避けながら歩き進めていくと、大木が緑道を覆いジャングルのような雰囲気を醸し出す一角にたどり着いた。夜風で木の葉が揺れ、ざわざわと音を立てている。ナイトサファリ感マックスだ。
ご神木のように立派な幹が、緑道の主のような存在感を放つ。
もぐら これは神のダーツです。(木の根元を指指し)このへんがブルってことで、我々はいまインブルあたりにいるってことです。
神のダーツのすぐ先、ゴールで待ち構えていたのは魚を抱えたカワウソだった。
かたまり 魚捕まえてますね。
もぐら こいつは『海物語』から魚群を盗む、魚群盗みです。
徒歩にするとせいぜい3分ほどの距離。空気階段のファインダーを通した夜の桃園川緑道は、ナイトサファリどころか異界だった。
気づいたら離れられない街・高円寺
夜の探検を終え、二人にあらためて高円寺の街をふりかえってもらった。
―― もぐらさんは高円寺に住んで12年です。『空気階段の空気観察』では、コンビで高円寺ロケもされていました。お二人から見て、高円寺とはどんな街ですか?
もぐら 最初は高円寺に住もうと思って住んだわけじゃないんですよ。とにかく安い家賃がないかって探していたら、高円寺に行き着いた。低家賃の終点みたいなところです。最初の家も1万7000円。不動産屋の方から、書類とかには載ってない物件を紹介してもらって。でも住みやすいですよ。いろんなジャンルのいろんなお店がもうそこかしこにあるんで、住めば住むほど離してくれなくなるっていうね。普通はこんだけ住んだから、そろそろ違うとこ行こうかなってなるんですけど、気づいたらもう出られないっていうのが、高円寺ですね。
喪黒福造みたいに埋めてくれるんですかね、心の隙間を。でも喪黒よりも優しいです。喪黒はね、約束破ったらすごい酷い目に遭わされますけど、高円寺は出ていくって人にそういうことしないですから。
かたまり 高円寺は、最初は好きじゃなかったですね。地理的にちょっと複雑なんですよ。僕は本当は碁盤の目にすればいいと思ってて、すべての街を。上京して一回来たんですけど、道が斜めに入り組んだり、めちゃくちゃたくさんお店があるっていうのが、最初気に食わなかったんですね。
でも、だんだん仕事で行く機会が増えてきてからは、いい街だなと思うようになりました。なんとなく地理も覚えてきましたし。おいしいお店が多いですよね。
―― 昨年の「キングオブコント」優勝後は、純情商店街のアーケードに「鈴木もぐらさんおめでとう!」という横断幕が掲げられましたね。
もぐら すれ違った人に『おめでとうございます』とか『頑張って』とか言っていただけて。ありがたいですよね。
かたまり 高円寺が、一番声をかけていただく機会が多い気がします。多分、あんまり声をかけることに抵抗がない感じなのかなと思います。なんばの劇場に時々行くんですけど、雰囲気近いなと思いますね。下町っぽさというか、人の距離感が。
もぐら 大阪の大国町に近いと思います。大国町とアメ村を足した街、それが高円寺ですね。
取材・文=村田あやこ 撮影=逢坂 聡
『散歩の達人』2022年11月号より一部抜粋して再構成。