日本そば店からスタートし、菓子店を経て少しずつ中華料理店へ

専大交差点からさくら通りに向かうと、すぐ目に入る真っ赤な幌に『中華 成光』と書かれた看板が見える。昔懐かしい“中華そば”ののれんも町中華らしい風情があって、外観を見ただけでお腹が減ってくる。近頃、こうした町中華が減っていて寂しい思いをしていたので、砂漠でオアシスを見つけたような感動があった。ホント砂漠には行ったことはないのだが……。

町中華のお手本のような外観!ドラマにも登場したことがある。
町中華のお手本のような外観!ドラマにも登場したことがある。

店内に入るなり、壁一面に掲示されたメニューがドドーンと目に入ってくる。そうそう、この感じがすごくイイ! キョロキョロしていたら、現店主で3代目の花田高広さんが対応してくださった。歴史ある町中華というと店内にも少し年季が入った雰囲気があるが、こちらはとても手入れが行き届いている。

パイプ椅子に朱色のテーブルがフォトジェニック。壁もテーブルもピッカピカだ。
パイプ椅子に朱色のテーブルがフォトジェニック。壁もテーブルもピッカピカだ。

「祖父の代からこの地で続く店なんです。始まりは詳しくわからないのですが、会社の登記をしたのが1955年。でも、どうやら戦前から営業をはじめ日本そば店からスタートし、そのあとお菓子の量り売りをしていて、途中からラーメンの販売も始めたようです」と、高広さんは語る。

子供の頃から祖父の高一さんを手伝っていた父・勲さんが跡を継ぐのは自然な流れだったのかもしれない。1977年には菓子の取り扱いはなくなり、『中華 成光』としてラーメン店になったそうだ。そして、高広さんも小さな頃から店の様子を見て育った。

本棚には『ゴルゴ』、『味平』、『喧嘩ラーメン』。スマホを置いて今こそ読みたいラインナップ!
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「私も小さい頃から当たり前のように『自分が店を継ぐんだな』と思っていました。高校時代はこの店でアルバイトしていましたしね。高校を卒業したあとは、東京會舘や神保町交差点にある新世界菜館で中華の修業をしていました」。このように高広さんは中華料理の見聞が広い。これはおいしいものが食べられそうだ。

万人にウケる、シンプルながら温かみのあるラーメン&チャーハン

ズラリと並ぶメニューの中、どれを選んでも外れないだろうと思ったが、あえて壁のメニューに“おすすめ”のポップアップがついていた、半チャンラーメン860円をオーダーした。

上段は麺類にご飯もの、下段に移って炒め物や前菜など。おいしそうなものばかり。
上段は麺類にご飯もの、下段に移って炒め物や前菜など。おいしそうなものばかり。

高広さんはまず、チャーハンから取りかかる。中華鍋にラードを熱し、卵、ご飯、ネギやチャーシューなどの具材の順に入れ調味料を加えればあっという間に出来上がり。鮮やかなお手並だ!

先に炒めた卵と固めに炊いたご飯をなじませる。
先に炒めた卵と固めに炊いたご飯をなじませる。
リズミカルに鍋を振り、面白いようにチャーハンが踊る。鍋で煽られるチャーハンと一緒に筆者の食欲も小躍り。
リズミカルに鍋を振り、面白いようにチャーハンが踊る。鍋で煽られるチャーハンと一緒に筆者の食欲も小躍り。

「いやあ。普通ですよ。栃木のコシヒカリを、パラパラにしたいから固めに炊いたご飯を使っているんです。ただパラパラでも米をふっくら仕上げたいから、仕上げに酒を入れています」。

注文から10分ほどで着丼。朱色のテーブルによく映えるチャーハン&ラーメンは、アクリルスタンドにしたいくらいだ。
注文から10分ほどで着丼。朱色のテーブルによく映えるチャーハン&ラーメンは、アクリルスタンドにしたいくらいだ。

初代から変わらない味のラーメンは、鶏ガラ、トンコツ、厚切りのカツオ節や昆布、野菜類で作った醤油スープには中太のストレート麺がよく絡む。醤油で煮た豚肩ロースのチャーシューは、柔らかくて脂と赤身のバランスが良く食欲をそそる。

このチャーシューはチャーハンにも入っている。米の一粒ずつに卵とラードが絡んでいてパラパラとしているが固すぎず、ラーメンのスープとも好相性だ。

あっさり、淡麗な醤油ラーメン。ズルズルッと音を立てて一気に麺を吸い込む。
あっさり、淡麗な醤油ラーメン。ズルズルッと音を立てて一気に麺を吸い込む。

化学の数式みたいに計算しつくされたラーメンでなく、かつ有名な高級中華店では食べられない、昔から食べ慣れたこんな半チャンラーメンが恋しくなる。ああ、この味ほっとするなあ。

昭和レトロな雰囲気がSNSでも注目を集める

『中華 成光』は、学生よりもサラリーマンの常連が多いという。近年の昭和レトロブームで、ファッション雑誌やドラマのロケ地として撮影依頼があるそうだ。

「その影響もあって、若いお客さんが増えたんですよ。一周まわって今の若い子たちには新しく見えるみたいで。SNSを見て『昔っぽいのがいい』と来てくれる人も多いんです。すると半チャンラーメンとか、ギョーザとかを食べていきますよ。ただ、本当にうちは普通の店ですから。この人気も一過性のものですかね(笑)」と謙遜する高広さんだ。

絶えず人が行き交う神保町。大通りから一本入ったさくら通りは、個人店が並び、歴史を感じる建物も点在する通りだ。子供の頃からここで育った高広さんにとって神保町はどんな街なのだろう。

店は専大通りとさくら通りが交差する角にある。
店は専大通りとさくら通りが交差する角にある。

「本と喫茶店のイメージが強いです。うちでも買ったばかりの本を開きながらラーメンを食べるお客さんの姿を見かけましたね。学生街でもあるし、大手の出版社があってその関連の会社も周りにいっぱいある。それで、出版社に勤めている人は遅くまで働いているから、この周辺では遅くまで開けている店が多かったですね」。

遠くからでもよく目立つ赤い看板。
遠くからでもよく目立つ赤い看板。

『中華 成光』のオーソドックスなメニューは先代から引き継いだものが大半だが、マーボー麺や坦々麺、味付け玉子などは代を継いでから高広さんが考案したものだそう。

「以前のように会社帰りのサラリーマンが複数名で来ることは少なくなりましたが、炒め物やギョーザをつまみに1人飲みする方が増えました。ちょっと飲んで帰りたいという人には、うちみたいなのがちょうどいいみたいですね」。

店は高広さんが鍋をふり、奥さんがホールを担当。ランチが忙しいときはお母さまや近くに住むお姉さんが応援に来てくれることも。家族ぐるみで店を経営しているところも、古き良き町中華って感じだなあ。

朱色のテーブルと黒の丸いパイプイスのコントラストと壁の木目がいいカンジ。
朱色のテーブルと黒の丸いパイプイスのコントラストと壁の木目がいいカンジ。

早い、安い、ウマい! それでいて実家のリビングのような温かみがある。改めて町中華の素晴らしさを、ありがたみを肌で感じた。次はニラ玉炒め&瓶ビール、シメはマーボー丼にしようかなぁ……。

住所:東京都千代田区神田神保町2-23/営業時間:11:15〜15:00・17:00〜21:00(土は11:15〜15:00)/定休日:日・祝/アクセス:地下鉄神保町駅から徒歩1分

構成=アート・サプライ 取材・文・撮影=パンチ広沢