地下鉄茅場町駅の11番出口を出て徒歩3分圏内が、いまおもしろい。木造建築で営む北欧発のクラフトビール店や洗練されたパティスリー。東京証券取引所の裏手には、ホテルと飲食店からなる4階建ての複合施設があり、おしゃれな若者や親子連れが通りを行き交っている。この変化は「日本橋兜町・茅場町再活性化プロジェクト」として、兜町で創業70年以上の平和不動産が進めた再開発によるもの。でも、なぜ兜町を活気づける必要が?
「1999年の株の電子化などにより東証の株券売買立会場が閉鎖されました。以来、それまで兜町にあふれていた証券マンの姿が減ってしまったんです」と平和不動産の伊勢谷俊光さん。
古いビルをホテルに変えたら証券マンが消えた街に人々が
街に活気を取り戻そうと2011年から再開発について議論を開始。大きな転機となったのが当時築90年ほどの建物の購入だ。同社の山根拓馬さんは「パネルで覆われ、一見普通の建物でしたが、一部から大正時代の意匠が垣間見えて可能性を感じました。今はもう建築できない建物は街のレガシーとして残すべきだと考えたんです」と、スクラップアンドビルドではなく耐震補強工事を伴うリノベーションを選択。
ホテルにする案は、兜町の端っこという地理的な問題をクリアするためだった。「多くの人に兜町の端まで来てもらうためには、魅力的な目的が必要でした。その一点から街の回遊性を広げたかった」(伊勢谷さん)。ホテルの企画や運営、ブランディングに精通する3社(Backpackers’Japan、Media Surf Communications、Insitu Japan)によって2020年2月に『K5(ケーファイブ)』が開業。「この館の持つ時の重なりに敬意を表したうえで、100年先にも思いをはせながら、無垢の杉や銅といった長く付き合える素材を採用し、新しい命を吹き込んでいます」とK5・広報の大倉皓平さんは語る。
プロジェクトの第2段階では、K5の近くに5つの飲食店を誘致。各店主や関係者は同年代が多く、自然と交流が生まれたという。山根さん曰く「年末にみんなで餅つきをしたり、昭和のような人づきあいがある一角に」。
K5
五感を刺激するマイクロ複合施設
「都市における自然との共存」がテーマの地下1階・地上4階に、ホテルと飲食店が入る。ストックホルムを拠点に活動する「CLAESSON KOIVISTO RUNE」(クラーソン・コイヴィスト・ルーネ)がリノベーションした和×北欧の空間や約200鉢の植栽が五感を刺激。宿泊はもちろん、朝昼晩のリフレッシュに訪れるのもおすすめだ。
『K5』詳細
SWITCH COFFEE(スイッチコーヒー)
コーヒーの飲み比べやカクテルも充実
目黒と代々木八幡で営むコーヒーショップの3号店。各国の生産者から直接買いつけたコーヒー豆を使用。シングルオリジンは週ごとに味を楽しめる。同じ豆で淹れたエスプレッソとミルクコーヒーの飲み比べなども。
●8:00~17:00(コーヒーのカクテルは11:00から)、無休。
Ao
渋沢栄一の人生をたどる図書館一体型サロン
渋沢栄一の書斎をテーマにしたライブラリーバー。日本の歴史や文化に関する本を読んでくつろげる。ゴールデン街でレモンサワーバーを営む田中開氏と、受賞歴を持つバーテンダーの野村空人氏がプロデュース。
●17:00~翌1:00(土・祝は15:00~、日は15:00~23:00)、無休。
B
世界的なクラフトビールと名店のタコスを堪能
1988年創設のクラフトビールブランド『ブルックリン・ブルワリー』の世界初の旗艦店。日本でここだけのビールも多数。名店『北出食堂』監修のタコスは毎朝生地から手づくり。500円以下のフードも。
●16:00~22:00LO(土・日・祝は13:00~20:00LO)、無休。☎03-6661-0616
令和の兜町を彩る5店主の肖像
2020年夏、兜町8番と9番に開業した5つの飲食店。互いの店を行き来するなどゆるやかにつながり、その空気感が心地よい。目と鼻の先で店を営む『ease』の大山さんと『Neki』の西さんは、フランス東部のレストランで共に修業した12年来の仲間。路地裏には、70年間鰻(うなぎ)屋だった建物にワインショップ『Human Nature』とコーヒースタンド『SR』が同居し、もとは同じ鰻屋だった隣の木造建築にはビールスタンド 『Omnipollos Tokyo』がある。その道を極めた店主たちがひしめき合い、食文化的に豊かな一角が誕生。ハシゴするのも楽しい!
ease
職人の魂を肌で感じるパティスリー
大きなオープンキッチンから、菓子の素材や製法、デザインまで創意工夫にあふれるパティスリー。星つきレストラン『シンシア』のシェフパティシエを務めた大山恵介さん率いるスタッフたちが目の前でつくったケーキやパン、焼き菓子が並ぶ。「兜町で働いて一番驚いたのは、近隣企業からのケーキの大口予約注文。スケールが違うなと」。“金融家”の意味を持つフィナンシェは手みやげにも。
『ease』店舗詳細
Neki
兜町に燦然と輝くカジュアルフレンチ
「兜町にはビストロの印象がなく、お客さんが来てくれるか未知でした」とシェフの西恭平さん。いまでは、長年シェフを務めた渋谷の『ビストロ・ロジウラ』からの客や、新規の客でにぎわう。フランス料理に和食などの要素をかけ合わせた独創的なメニューは、アラカルトとコースのどちらもあり。「前菜で複雑さや驚きを、メインで素材の味を引き出すシンプルなおいしさを届けたい」。
『Neki』店舗詳細
Human Nature
各国のナチュラルワインが300種
ナチュラルワイン専門の角打ち兼酒屋。店主の高橋心一さんは「コロナ禍による不安で心細くなってしまい、友人である『SR』の加藤さんを誘って今の業態に。結果、お互いの客が行き来してにぎわい、一緒にやって本当によかったです」と語る。ナチュラルワインの魅力は「味や香りの幅が広いこと」。自作のZINEや海外のワイナリーとコラボしたTシャツなどから、ナチュラルワインへの興味が広がる。
『Human Nature』店舗詳細
SR
ブラジルで厳選したコーヒー豆を
2人の焙煎士からなる『ストックホルムロースト』の直営店はスウェーデンとここだけ。ドリップコーヒーは5、6種類ある豆のどれを選んでも540円。「中でもブラジルの豆はおすすめ。焙煎士が年に2回ブラジルの農園を訪れ、400回近いテイスティングを経て厳選しています」と店主の加藤渉さん。自家製のクッキーやブラウニー、金曜限定の代々木上原『カタネベーカリー』のパンも。
『SR』店舗詳細
Omnipollos Tokyo
北欧発のクラフトビールで心を解放
醸造家とグラフィックデザイナーからなるストックホルムのクラフトビールブランドがアジア初出店。ジェラートマシンで提供するデザート感覚のビールなど、その発想は奇想天外。「床や壁のブルーは空を、木造の屋根裏の色は土を表現し、店内は天地が逆転したような世界。インテリアデザイナーの『さまざまな認識の境界線を溶かす』というコンセプトです」と店頭に立つ澤本佑子さん。
『Omnipollos Tokyo』店舗詳細
取材・文=川端美穂(きいろ舎) 撮影=丸毛 透
『散歩の達人』2021年5月号より