フレンチ出身シェフが丼の中に詰め込んだ至高のフルコース
『神田勝本』は、「京都全日空ホテル(現・ANAクラウンプラザホテル京都)」で総料理長を務めた松村康史さんが、55歳で立ち上げたラーメン店、水道橋『中華そば 勝本』の2号店。本店は中華そばがメインだが、『神田勝本』はつけそばを中心に展開している。
ホテル出身の総料理長と聞くと、どんな料理を思い浮かべるだろうか。じつは松村さんは、高級フレンチを手がけてきた一流シェフ。長年ホテルで腕をふるった末、松村さんが残りの料理人生を捧げる対象に選んだのは、一杯1000円以下のラーメンだった。
松村氏が目指しているのは、フレンチでいうフルコースを丼の中に詰め込むラーメン作り。一般のラーメンは、かえしを入れて油を足してスープを注ぎ、そこに麺を加えて作るが、松村氏のラーメン作りにこの定石はない。一般的にラーメン店とは縁遠いような食材を使ったり、かえしを用いず、塩気や旨味、まろやかさなどを緻密に計算した上でスープを作り、そこに麺を加えて食べるという、斬新なメニューも。
このような究極のラーメンは、系列店の『銀座 八五(はちごう)』で食べることができるので、興味がある人はぜひ足を運んでみてほしい。
さて、『神田勝本』の話に戻そう。
この店の名物は、つけそば(つけ麺)だ。目で見てわかる特徴といえば、個性の異なる2種類の麺をひとつの丼に盛った2種盛りだが、じつはスープにも並々ならないこだわりが宿っている。
材料の選び方からしてユニークだ。ベースとなる煮干しひとつとっても4種類ほど使っているし、鶏肉にいたっては、名古屋コーチンなど数種類の鶏を使い分けつつ、あらゆる部位を投入して味を調節しているという。
細麺と平打ち麺、2種類の麺で名物の清湯つけそばを味わう
おすすめは、清湯(しょうゆ)つけそば。注文すると、玉子とチャーシュー、メンマ、ミツバ、ネギ、なるとが入ったスープと2種盛り麺の丼がカウンターに並んだ。
スープは煮干しや鶏の旨味が溶け込んださっぱり醤油味。出汁の風味も満点だ。白い丼に盛られているのは、平打ち麺と博多ラーメンに使われるような細麺、食感も喉ごしも異なる2種類の麺。
まずは平打ち麺のモッチリとした食感とつるっとした喉ごしをたのしみ、間髪入れずに細麺をすする。こちらはけっこう硬め。つけ麺というとほどよく汁が絡む太麺が主流だが、そばのつゆに近い淡麗スープにはこの細さが絶妙にマッチする。一通り堪能したところで、2種類の麺を混ぜてみると、これまた印象がガラリと変わる。
麺をたいらげ、スープを飲み干そうと思った矢先、スタッフから声をかけられた。
残ったスープは、昆布と鰹節でとった出汁で割って、スープ割りとして飲み干すのが『神田勝本』流だという。追加で出てきたスダチを絞れば、さわやかな味わいに。
2種類の麺でたのしみも2倍と浮かれていたが、2倍どころではなかった。このおトク感、クセになりそうだ。
スープは生き物。じっくり味と向き合えばまだまだおいしくなる
『神田勝本』の店長を務めるのは、野呂田彰さん。『勝本』で仕事を始めて3年になるが、その間に味は確実に進化しているという。
「業者と相談しながら、その時その時でおいしい食材を厳選しているせいか、同じ分量で同じように火を入れても、前の日と同じ味になるとは限りません。『スープは生き物だ』ということを日々実感させられています」
最高の食材から最高の味を引き出そうとしても、ブレは生じてしまう。だが、これをあらゆる角度から修正していくうちに、おいしさに磨きがかかる。進化の秘密はここにあるのかもしれない。
『神田勝本』店舗詳細
構成=フリート 取材・文・撮影=村岡真理子