山本奈衣瑠
やまもとないる/1993 年生まれ、東京都出身。モデルとしてキャリアをスタートし、雑誌やCM、ショーで活躍する。2019 年から俳優業へも挑戦を始め、オーディションを経て主演に抜擢された今泉力哉監督『猫は逃げた』(2022)で注目を浴びる。2024 年は『走れない人の走り方』『SUPER HAPPY FOREVER』『夜のまにまに』と主演作・メインキャスト作の公開が続いている。
Instagram:@nairuuuu
11月8日全国公開の映画『ココでのはなし』。舞台は2021 年、東京の喧騒の中にたたずむゲストハウス「ココ」。山本さんが演じる、ゲストハウスに住み込みでアルバイトとして働く詩子は、コロナ禍の影響で客足が戻りきらないなかでも日々笑顔でお客さんを迎えている。「ココ」にやってくるのは、自身の生きる場所を模索し、これからの進路に思い悩む人たち。実は詩子にも、田舎を飛び出してきた過去があって——。
人に寄り添うやさしい映画にすると決めていました
——コロナ禍に影響を受けているゲストハウス「ココ」を舞台とした本作。物語が進むにつれて、「ココ」に訪れた人々が少しずつ癒やされていく様子が印象的でした。撮影で大切にしたことがあったら教えてください。
山本 こささりょうま監督とも話していましたが、「やさしい映画にする」っていうことは決めていました。悩みや暗い過去がある人に寄り添う空間や時間を作品全体で表現していこうと。
映画はコロナ禍という状況から始まるけど、それ自体を描いたものではありません。ある出来事によって、閉鎖的になってしまったり社会の見え方が変わってしまったり、そんな事態に直面した人々の気持ちそのものを描いたものにしなきゃと思っていました。
——主人公の詩子は田舎の空気感に堪えきれずに東京に出てきた過去をもち、その過去はストーリーが進むにつれて現れてきます。詩子というキャラクターを演じるうえで意識したことはありますか?
山本 主人公ってストーリーの中でいちばん描写される存在なので、役作りのうえで手がかりが多いポジションだと思っています。その手がかりを拾い集めながら、田舎パートと東京パートでは違う詩子の、二つの世界をしっかりと結びつけることを意識しました。
田舎パートでは、彼女の芯の部分を忘れずに演じようともしていました。例えば、詩子は田舎にいる時からかわいい服を着ているなと思ったんです。自分の意思で選んでいるなという感じの服。それは彼女の内側から勝手に湧いてきてしまうもので、田舎にいる時はまだ自覚はないけど、確固たるアイデンティティを詩子はずっともっているように感じました。
あと、「ココ」のお客さんからしたら、詩子はただ“「ココ」のスタッフさん”ですが、お客さんに何かがあるように、彼女にも何かがあって、この映画の中で詩子も当事者なんだっていう気持ちをもって演じようって考えていました。
散歩も旅の一つ。外に出ることで変わる思考
——作品では詩子を含め、救いを求めてどこか別の場所に向かう人の様子が映し出されているように感じました。本作で描かれる「旅」について、どのように感じましたか?
山本 旅といえば、国をまたぐような大きい行為と捉えることが多いかもしれません。私個人としては、家の中から外に出ることや散歩も、旅の一つに近い感覚です。
家の中で何かを考えることも素晴らしいけれど、体を動かして外の景色の中で考えると、アイデアがまったく違ってくることがありますよね。詩子も多分そんな場所の力を感じていて、場所が変わると、ガラリと表情ややりたいことが変わっていきました。家から外に出て自分を見つめることのパワーは、不思議でおもしろいと思います。
散歩の幅を広げたくて。近所でも、カナダでもただ歩きます
——山本さんのお気に入りの土地はありますか?
山本 散歩がすごく好きなので、家の近所がお気に入りです。いつも歩いている場所なのに、なんか楽しいんですよね。近所っていう変わらない場所があって、そこで変わっているのは私とか季節とかそういうものだけ。毎日同じ場所を見て思う何かって、自分自身のことを見ているのに近い気がします。
——最近行った旅先や、よく行く場所などは?
山本 散歩のスペシャルバージョンを実行したくて、去年の冬に友人がいるカナダのバンクーバーに行ったんです。バンクーバーではどこの観光地にも行かず、ただ歩いていました。でもそれだけで楽しいこと、見たこともないものがいっぱいあって、土地のパワーを感じました。日本とは季節の移ろいも違うし、まず街なかにある植物が違うからおもしろい。落ちている葉っぱを拾い集めて、それを額に入れた作品も作りました。
散歩の幅を広げたいと思っています。何も生み出さない、息をして歩いているだけなのに楽しい時間を過ごしたくて。それの究極がやっぱり散歩なんじゃないかなと。
——建築もお好きだとうかがいました。
山本 いろいろな建築が好きですし、特に美術館の建築が大好きです。建築物は芸術作品の規模が大きくなったものだと思うんです。作品って普通は美術館で大切に保管されていたり、手で持てたりするじゃないですか。でも大きくて、野ざらしにされている建築物は時間によってどんどん劣化したり、季節によって背景が変わったりしますよね。地球を展示空間としている作品。そういう意味でおもしろいと思っています。
——撮影が行われた『toco.』は実際に東京・台東区にある築100年の古民家を改装したゲストハウスで、建築的にも素晴らしい建物です。『toco.』でお気に入りの場所はありますか?
山本 ベタですけど、やっぱり縁側ですね。『toco.』の縁側は人や外の空気が行き来していて、道や休憩する場所、食事する場所にもなります。『toco.』自体のように、来ることも出ることも当たり前に受け入れる。そういう窓が開いたオープンな空間、人とのコミュニケーションを閉鎖的にしない雰囲気がこの縁側という場所にあるんだな、すごくいいなと思っています。
——さまざまな国の映画祭で上映されてきた本作ですが、現地の観客の反応で印象的なものはありましたか?
山本 私はドイツの映画祭に行ったんですが、まず満席で観てもらえたってことはうれしかったです。
あと、これは監督から聞いたお話で、「ココ」っていう古民家や田舎の風景など、私たちからすると普段見ている“ザ・日本の風景”が、国が違う人たちからすると、とても新鮮だったようです。縁側の設(しつら)えもその一つですよね。
——最後に映画を楽しみにしている読者に向けて、ひと言お願いします。
山本 いま、社会でいろんなことが起きているけど、正直そんなことよりも頭がもいっぱいになってしまう個人的な出来事ってありますよね。それで悩むことは社会を見ていないことにもならないし、大事な行為だと思います。そうなったときに、かするような絶妙な距離感で自分に必要な言葉をくれる人たちが「ココ」にはたくさんいるので、悩みを抱えている方の何かになれたらいいなと思っています。
おむすびをそっと差し出すような、そのぐらいの距離感で。ゆっくり咀嚼(そしゃく)していって「そういえば『ココ』で食べたおむすびの味、なんだっけ」って思い出すように、この映画のタイトルを忘れてもいいし、誰が出ていたか忘れてもいいけれど、「あ、こういう空気とかこういう味ってあったよな」ってふと思い出してもらえるような、そのくらいそっと寄り添っていく映画でありたいです。
映画 『ココでのはなし』
2024年11月8日ロードショー!
2021年東京オリンピック開催直後、舞台は東京のゲストハウス「ココ」。そこに住み込みでアルバイトとして働く戸塚詩子(山本奈衣瑠)は、元旅人でオーナーの博文(結城貴史)とSNS にハマり、ライフハック動画を配信する住人の泉さん(吉行和子)とともに、訪れる宿泊者を迎えながら、慎ましくも満ち足りた生活を送っていた。「ココ」にやってくるのは、それぞれ悩みを抱えた若者たち。「ココ」での時間と、人との交流が少しずつ彼らの心を解きほぐしていく。
監督/こささりょうま
配給/イーチタイム 出演/⼭本奈⾐瑠、吉⾏和⼦、結城貴史ほか
聞き手=『旅の手帖』編集部 撮影=武藤奈緒美
スタイリスト=横澤琴葉 ヘアメイク=ボヨン
衣装協力:インナー、ニットともに/kotohayokozawa
パンツ/ ISSUETHINGS