ただの通過点じゃない。個性的な駅たちは地域のハブ
「それはもうお祭り騒ぎで、いままでの人生の中で一番うれしかったですね」とは、長陽駅にあるシフォンケーキの専門店『久永屋(ひさながや)』の久永操さん。
「ディーゼルカーにこんなに人が乗るのかとビックリしました」と語るのは、中松駅でおもちゃ&おやつカフェ『ひみつ基地ゴン』を営む高嶋千恵さん。
ともに南阿蘇鉄道(通称“南鉄”)が全線で運転を再開した2023年7月15日を振り返っての感想だ。
ご存じのように2016年の熊本地震により、運転休止を余儀なくされた南鉄。同年7月に中松~高森間で運転再開したものの、立野~中松間には7年3カ月もの間、列車が走ることはなかった。
それだけに全線再開への思いは熱く、阿蘇白川駅のカフェ『75th st.(セブンティフィフス ストリート)』のキザキ真理子さんは「鉄道の再開が復旧復興のシンボルですから」と語ってくれた。
南鉄には、無人駅の駅舎内で営業するカフェや古本屋が多く、それぞれの店主を“駅長さん”と呼ぶことも。震災前はそれほどでもなかった駅長同士の付き合いも、震災後は「南鉄の復興にかける気持ちは一緒」という思いから、何度も話し合うなかで絆が深まったという。
全線再開してからはメディアにも取り上げられ、通学通勤客だけでなく全国各地から乗客が訪れ、2023年度の利用者数はおよそ20万4000人と前年度の2.5倍近くに。駅売店の売り上げも好調で、23期ぶりの黒字となった。
駅長さんたちも観光客のリピーターを増やすため、駅に列車が到着したときに独自色を生かしたお出迎えをしたり、将来の利用者となり得る子どもたちに南鉄を好きになってもらえるよう、駅に工夫を凝らしたり、大学生と協力して企画列車を走らせたりと奮闘する。
駅長さんたちに共通するのは、「駅はみんなのもので、誰が来てもいい訳だし、情報のハブステーションだ」という考え。
確かに3人の駅では、農家の方が採れた野菜を持ってきたり、駅長さんと会話するために訪問してきたり、列車に乗らない子どもたちが遊びに来たりと、地元の人たちとの結びつきがかなり強い。
このように鉄道の存在感や駅のもつ意味を十分理解し活動を続ける3人の目標も、いみじくもまた一致していた。「今回の南鉄ブームが一過性で終わるのではなく、これからもずっと続いていってほしい」と。
そのために彼らはできることを無理せず、地道に活動を続けていくという。南鉄と駅のこれからに注目だ。
アメリカ帰りの店主が作るこだわりの異国空間『75th st.』
南阿蘇の有機野菜や自家栽培の食材を使い、調味料なども自家製にこだわったオーガニックスタイルのカフェ。アメリカのアンティークや雑貨類も店内で展示販売している。
特撮ロボット大集合! 南阿蘇から勇気を届ける『ひみつ基地ゴン』
戦隊ヒーローが大好きな店主が始めたカフェ。コーヒーやハーブティーなども水を厳選し、作り方にも工夫を凝らしている。店内にはマンガやおもちゃがいっぱいの子ども部屋もある。
老いも若きものんびりくつろぐ明るい居場所『久永屋』
国産の無漂白小麦を石臼で碾(ひ)き、奄美大島産のサトウキビを100%使用して焼き上げたシフォンケーキは、常時5種類の味を用意。南阿蘇の伏流水を使ったかき氷は一年じゅう味わえる。
取材・文・撮影=山﨑友也
『旅の手帖』2024年10月号より