原付があれば、阿佐ケ谷の家から高田馬場の学校まで毎日乗っていける。混雑した電車に乗らずにすむし、交通費も節約できるだろう。何より、おしゃれなバイクで颯爽と通学する姿は、一部の学生から注目の的となるはずだ。気になっていた女子からtomosについて質問され、話しているうちにいつの間にか付き合っていた、なんてことも起こりうる。ならば一日でも早くtomosを買わなくてはいけない。もしかしたら今日も、出会いのチャンスを逃していたのかもしれないのだ。
焦りに駆られながら毎日ヤフオクを巡回していたある日。8~10万での出品が大半の中、5万で出品されているtomosを見つけた。色も私の欲しかった水色である。これは買いだと思い急いで入札したが、その後誰も入札してくる様子がなかった。競合がいないのは喜ぶべきことだが、あまりに誰も入札しないと不安になる。この値段で入札が殺到しない理由がわからない。備考の欄をよく見ると、「マフラー改造済み」とあった。それ以外に、他の出品との差異は見当たらない。しかしマフラーがそんなにマイナス要素になるだろうか。写真を見てみたが、普通のマフラーより少し長いものに付け替えただけのようだった。でもわざわざ付け替えるほどだから、元のマフラーよりいい物なのだろう。そのまま競合は現れずスムーズに落札することができたが、多少の不安が残った。
見た目はかわいい。だが
落札したtomosは、出品者の住所である大宮まで直接受け取りに行くことになった。大宮に行ったことはなかったが、不良漫画の舞台として見たことはある。大宮駅前にはいつもヤンキーがたむろしており、目をつけられたらカツアゲされる。駅周辺のスポットにはナンパ待ちの女性がたくさんいて、その周りを黒いワンボックスカーが毎日徘徊しているとのことだった。
少しビビりながら到着した大宮は栄えていて、パチンコ屋がたくさんあった。駅前を少し歩いた感じ、特別悪そうな人はいない。ナンパスポットはどこだろう。目で探してみたが、それらしき場所は見つけられない。駅から20分ほど歩き、ヤンキーには一人も会わないまま出品者の家に着いた。
何百回も繰り返し写真で見ていた、憧れのtomosがそこにあった。これが今日から自分のものになることが少し不思議な気がする。出品者が大宮のヤンキーで、お金だけ取られて帰ることになるのではという不安も少し持っていたが、ただのバイク好きのおじさんで安心した。お礼を言ってサドルに跨りエンジンをかけ、ハンドルのグリップを回す。その瞬間、原付とは思えない甲高い爆音が辺りに響きわたった。
それはまさにヤンキーのバイクの音だった。恥ずかしい。説明を求める顔で出品者の方を見たが、満足そうに微笑んでいるだけだったので何も言えずそのまま帰った。公道に出てスピードを上げると、さらに音は高く大きくなっていく。家まで帰る1時間ほどの間も、周囲のバイクや自転車がみんな私が発するナナハン風の爆音に振り返り、イカつい音と不釣り合いなキュートな見た目を確認して笑っている気がした。
バイクが無駄にうるさいのは、マフラーを改造しているからだった。無知だった。最初にそのことを知っていたら入札しなかったかもしれないが、買ってしまったものは仕方がない。通学定期の更新をやめ、計画通り、毎日バイクで学校まで通うことにした。
寒い+爆音+駐禁の三重苦
12月に片道30分間をバイクで往復するのは想像以上にキツかった。着く頃には体が芯まで冷え切っている。その上、爆音のストレスが常に付きまとう。もしかしたら自分は、そこまでバイクを好きでないのかもしれないと思い始めた。カッコよくtomosに跨って友達の前に現れた時もバイクには言及されず、ヘルメットが頭に対して小さすぎることだけを指摘された。バイクに乗っている意味が分からなくなっていく。
しばらくは頑張っていたが、道にちょっと停めている間に駐禁を切られることが続き、今まで浮かせていた定期代の何倍かが吹っ飛んだある日。徒労感が限界を超え、約2カ月のバイク通学生活は終わった。久しぶりに乗った地下鉄は、暖房が効いて快適だった。
乗らなくなったtomosを家の前の袋小路に放置すること数箇月。ある日、家に帰るといつもの場所にtomosがない。盗まれたのだろうか。放置車両として撤去されたのかもしれない。そんなことを考えながら、大してショックを受けていない自分に気づいた。とりあえず役所への説明や手続きなどが面倒そうだ。そのまま10年が経ち、tomosが現在どこにあるのかわからない。何の手続きもしていないので、その原付の税金を今も払っている。
文=吉田靖直(トリプルファイヤー) 撮影=鈴木愛子 撮影協力=いづみや本店
『散歩の達人』2019年1月号より