究極の3択! オムライスソースで海より深く悩む
ランチタイムに食べられるオムライスは、オムライストマトケチャップ ランチ(カップスープ・ミニサラダ付)990円とオムライスデミグラスソース ランチ(カップスープ・ミニサラダ付)1180円の2種類が基本。秋・冬限定(10~3月)でオムライスホワイトソース ランチ(カップスープ・ミニサラダ付)1180円が登場する。
ああ、これは迷う。トマトケチャップかデミグラスソースか、はたまたホワイトソースか。人気を伺うと「だいたい女性はデミ、男性はケチャップが多いかな~」とサービスマネージャーの志田礼子さん。そこにオーナーシェフの志田耕作さんが「でも男性がいちばん多いのはホワイトじゃん、意外と」と口を挟むと、礼子さんがすかさず「そう。冬はね~」。
息の合った掛け合い漫才のように、ポンポンと切り返し返される愉快な店主ご夫婦である。ちなみに春・夏(4~9月)の限定は、トマトソースとなるのだそうだ。
さて、どうするか。玉子をまとったチキンライスに絡む、濃厚なデミグラスソースの芳醇な深い味わい。玉子の甘みに酸味とコクを与える魅惑のトマトケチャップ。今限定で味わえるホワイトソース。海より深く迷ったが、初訪問である。まずは王道のトマトケチャップをオーダーした。
運ばれてきたオムライスを見た瞬間、思わず「わぁ!」
オーダーが通ると、まずセットのミニサラダとスープが運ばれてきた。シャキシャキの生野菜と、ニンジンや大根が入ったやさしい味のコンソメスープだ。そしてほどなくして、オムライスの登場である。
その姿を見た途端、「わぁ!」と子供のように思わず口を突いて出てしまった。美しい曲線を描くアーモンド型。ポッテリとしたフェルトのような艶消しの玉子。その上に、トロリとかけられたトマトケチャップ。この鮮やかな色彩美と優雅なフォルムは、まさしく麗しのオムライス!
ずっと眺めていたいほどの完璧なオムライスを前に「どうしよう、どこから食べよう……」という筆者のつぶやきに「真ん中から食べてください、真ん中から!」と、礼子さん。「え、いいんですか!?」と躊躇するも、礼子さんの「もちろん!」という言葉にケチャップのかかっている真ん中にスプーンをエイッ。
チキンライスの具は、鶏ムネ肉と玉ネギ、マッシュルームにグリンピース。チキンライスを包むしっとりとした玉子は、Mサイズの卵3つに20ccもの生クリームを加えた卵液で作られている。
表面がプルンとして、内側にトロトロが少し残る絶妙な仕上がりだ。たっぷりかかったケチャップは塩味も酸味もほどよく、あっさりめのチキンライスとバターの風味がきいた卵と絡み、滋味あふれる味わいにしてくれる。
たっぷりのバターで手早く具材を炒め、仕上げに振りかけるワインのためかサイコロ状に切られた鶏肉は、ムネ肉とは思えないほどジューシーでふわふわ。味も食感もケチャップとのバランスも、決して家庭ではマネできない職人技だ。
戸越銀座商店街で20年。常連が通う街の洋食屋さん
全長1.3kmに約400のお店が軒を連ねる戸越銀座商店街は、地元民が日々の買い物に訪れる日常使いの商店街であり、お総菜からスイーツまで食べ歩きが楽しめる観光客ウェルカムな観光商店街でもある。『洋食工房 陶花』は、そんなにぎやかな商店街で地元民に愛されて20年を超えた。
百貨店系のレストランの厨房で27年間、腕を磨いた耕作さんがお店をオープンしたのは2001年のこと。耕作さんは戸越銀座のお隣、大崎広小路の出身。独立するなら自分の地元近くにと考えていた。
「やっぱり店をやるなら住宅街よりも、商店街がいいなって。戸越銀座って、人が多いじゃないですか」と、この地に店を構えた理由を語ってくれた。オープン当初はもう少し中原街道寄りのビルの2階だったが、2011年に今の場所に移転した。
今では2世代、3世代で通う地元の常連客も増えた。「小学生だったお子さんが大学生や社会人になって来てくれたり、両親に彼女を紹介するのにウチを使ってくれたりね」と耕作さんが言うと、「でも反抗期の年頃にはぱったり来なくなる。ご夫婦だけで見える時期を経て、また一緒に来てくれるんです。どこのご家庭もそうですよ」と礼子さんが笑う。
礼子さん自身も現在小学生のお子さんを背中に背負いながらお店に出ていた時期もあった。「本当にもう昭和みたいですよね、子どもおぶってお客さんにお料理運んでました(笑)」と屈託なく言う礼子さんは、コロコロと明るく笑う。その横に、やさしく微笑みながらうなずく耕作さんがいる。
オムライスがおいしい洋食屋さんとしてTVや雑誌などのメディアでも紹介される有名店だが、ほかにおすすめや看板メニューは? と聞いてみた。
「本当はハンバーグとかカニクリームコロッケとかっていうのもいいんだけど、オムライスがいちばん得意っていうのもあるのかな。結局、オムライスだったんだよね、みんな」と笑う耕作さん。すると、礼子さんがこう続ける。
「何がおすすめとか看板とかって自分たちで決めるんじゃなくて、どっちかっていうとお客さんが決めてくれたという形かなぁウチは。はじめからオムライスもハンバーグもカニクリームコロッケもナポリタンもあったけど、なかでもお客さんが支持してくれたのがオムライスだったんですね」と。そして「お客さんにおいしく食べていただければ、それがいちばんうれしい」とも。
『洋食工房 陶花』は、温かくておいしいお料理が食べられるだけじゃなく、ずっとかわらない温かい笑顔で迎えてくれる、素敵なご夫婦がいる街の洋食屋さんだ。次はデミグラスソースのオムライスを食べよう。そしてまたこのお2人に会いにこよう。そう思いながら、午後の戸越銀座商店街を後にした。
取材・文・撮影=京澤洋子(アート・サプライ)