もともとは工場の町
亀戸駅の周辺はさすがににぎわっているが、そこから3駅離れた小村井駅周辺は静かなものだ。かつては町工場が建ち並ぶ「工場の町」でそこで働く職工さんのための飲食店や銭湯が多くあったが、工場がなくなるにつれ、にぎわいも消えていった。
『かめぱん立花本店』は、その小村井駅からしばらく歩いたところ、曳舟から続く、曳舟たから通り沿いにある。下町らしい親しみやすさと上品さがうまくバランス取っている店舗。
人通りこそ多くないが、切れ目なく人が入っていく。つまり、「地元の人は知っている」うまい店だ。
中に入ると、あんぱんやカレーパンなど基本のものから惣菜系にハード系と、さまざまなパンがそろう、全方向的なラインナップ。そこかしこに遊び心があり、すみだカレー番長というボリュームあるカレーパンもある。ずいぶんゴツいイメージだが、これが食べてみるとコクがあって優しい味わいのフィリングで、いい意味で裏切られる。店舗の雰囲気と同じく、親しみやすい味わいのパンなのだ。
きっかけはバボちゃんパン
そんな『かめぱん』は終戦直後、多くのベーカリーがそうだったように、初代の佐伯信安さんが配給の小麦粉を預かって、パンを作ることから始まった。その後、1952年に今の地で店をかまえる。付近には工場が多かったため、かなり繁盛したそうだ。
しかししばらくして、自分の店でパンを焼くことをやめ、仕入れたパンを売るように。ちなみに仕入先は今の『山崎製パン』。しばらくはパンの販売で店を続けていたが、やがて80年代になるとスーパーやコンビニができ始め、同じパンがどこでも買えるようになってしまう。
そこで差別化を図るため、再び自分たちでパンを作る、焼き立てパンの店に戻したのだが、当初はなかなかうまくいかなかった。当時は、パンだけでなくお菓子やジュースなども売っていたため、お客さんにも急な変化にとまどいがあったようだ。
しかし、徐々にパンのおいしさが伝わってお客さんは増え始め、フジテレビが放送するバレーボール大会のマスコットを模した「バボちゃんパン」を作り、同局の『めざましテレビ』で紹介されたところ、大ヒット。これをきっかけに店は完全に軌道に乗った。
店は変わってもパンは変わらない
その後、2005年に向島にテラス席を備え、石窯を導入した向島店をオープン。飲食店の少ないエリアだったこともあって開店当初は苦戦したが、こちらも近隣の人たちの支持を得て、軌道に乗ったそうだ。
そして2010年に、『立花本店』を現在のかたちにリニューアル。町工場の跡に新しいマンションが建ち始めた立花に若い世帯の流入が増えたこともあり、幅広い層に支持されるベーカリーとなった。
3代目の佐伯信郎さんに聞くと、『かめぱん』では「かっちりしっかり焼くパンより、しっとり口溶けがいいパンを目指している」とのこと。フランスパンがベースのしらすチーズフランスを食べたが、外側はしっかりバリッとしているが、中のクラムはしっとりめ。しらすとチーズという和洋折衷なフィリングもそうだが、日本人の舌になじみやすいパンになっている。
店舗の雰囲気もそうだが、『かめぱん』のパンはどれも食べやすい。なんというか、スッと舌になじむ感じがするのだ。食べるときにドキドキするような流行りのパンもいいけれど、長く愛されるのは、こういうパンなのだろう。
戦後の工場の町から、若い世帯が暮らす町へ。70年の間、小村井という町でしっかり根を張って生き抜いてきたベーカリーのパンは、やはり、ひと味、違うのだ。
取材・撮影・文=本橋隆司