横丁をセレクトしてくれたのは——倉嶋紀和子
くらしまきわこ/雑誌『古典酒場』の創刊編集長。酒場を日々飲み歩き、テレビ出演など酒をテーマにしたさまざまな活動を展開。2022年度に「酒サムライ」の称号を叙任。
櫻山横丁はここ!
東北新幹線盛岡駅からバス9分の県庁・市役所前[盛岡市]下車、徒歩2分
城跡とともに盛岡を象徴する、地元の大切な横丁
その不思議でなつかしい空間は、盛岡駅からぶらりと歩けば20分ほど。小ぎれいなビルが立ち並び、多くの観光客でにぎわう街なかを過ぎた先、盛岡城跡の北側にある。
昭和風情の残る木造建築がみっしり集まる商店街。通りの入口に立つ鳥居をくぐると、いまどの時代にいるのか、眩暈(めまい)を感じるほどだ。あたりは夕闇が迫り、小さな店の明かりが点き始めた。
ここは通称・櫻山横丁と呼ばれる、櫻山神社の参道とその周辺に店舗が密集する商店街。居酒屋など約70もの飲食店が軒を連ね、ほかにも美容室に雑貨店……。櫻山横丁の初期からある店と、若い人が営む比較的新しい店が混在している。
横丁の始まりは、昭和29年(1954)に神社の参道を横切る道路ができて往来が増えたことから。近隣の人々が自家製の野菜や日用品、雑貨を持ち寄って売るために集まってきた。やがて、料理を出す屋台も現れて市場のようになり、簡易的な店も立ち商店街の形になった。
再開発による横丁消滅の危機を救った人たち
日が暮れると、盛岡はさらに冷え込む。さっそく暖簾(のれん)をくぐったのは、盛岡三大麺の一つである盛岡じゃじゃ麺の元祖『白龍(パイロン)本店』。ここには、学生の頃から40年以上も通っているという人も多く、「なじみのお客さんのためにも味を変えない」と3代目店主の高階岑子(たかしなみねこ)さんは話す。
店で隣り合った地元の人が語るには、盛岡を離れて別の土地から久しぶりに櫻山横丁を訪れると「帰ってきた」と感じるという。
「新しい店も増えたが、地元の食材を大事に扱う店が多いので、盛岡・岩手の味をここで集中して楽しめます」と話すのは、櫻山横丁のある東大通商業振興会の会長・颯田淳さん。
居酒屋の『〼(ます)~かまどのある家・酒をよぶ食卓~』では、南部杜氏(とうじ)が醸す酔右衛門(よえもん)など岩手の地酒が豊富にそろい、酒の質に合わせ、冷蔵庫の温度を3段階に分けて保管するこだわりよう。
「米」をテーマにしており、カウンター席に座ると目の前で湯気を上げている竈(かまど)が見える。岩手の契約農家が合鴨農法で育てた無農薬米を竈で炊いたご飯のおむすびは、米の旨味がしっかりある、締めにふさわしい味わいだ。
「国指定の史跡の中にある商店街は全国でもここだけだから、大切に守りたい」。櫻山横丁の店主たちの多くが、口をそろえて誇らしげにそう語る。
かつて、櫻山横丁界隈を盛岡城跡内の観光地として再開発する計画が盛岡市からあがったことがある。だが、地元のみならず全国から3万3000名以上の反対署名が集まり、計画は見直しとなった。
旅先の土地柄を知る近道は、こうした地元の人たちが愛してやまない、いわば“ホーム横丁”で一献傾けることだ。見知らぬ土地で見知らぬ人と肩を寄せ合って語り合う、そんな奇跡の時間を過ごせば、冬の旅もあったかいものとなる。
盛岡っ子のソウルフード発祥の店『白龍 本店』
初代店主の高階貫勝(かんしょう)さんが旧満州で食べた炸醤麺(じゃーじゃーめん)を、盛岡人に合うよう試行錯誤して生み出した、盛岡じゃじゃ麺の元祖。モチモチ平打ち麺にキュウリやショウガがのり、秘伝のひき肉入りじゃじゃ味噌の味がクセになる。
『白龍 本店』店舗詳細
竈で炊いたご飯の深い味わい『〼~かまどのある家・酒をよぶ食卓~』
三陸産の新鮮な海産物や岩手県産の肉・野菜を中心に素材を生かした料理が自慢。昼は定食、夜はお酒と肴(さかな)がメインの居酒屋。ほとんどのメニューでハーフサイズがあるので一人でも多彩な料理が楽しめる。味噌にもこだわりあり。
『〼~かまどのある家・酒をよぶ食卓~』店舗詳細
やわらかく上質な「岩手がも」に舌鼓『808 盛岡桜山』
宮古や釜石から直送の魚など、新鮮な岩手県産の食材を軸とした料理が評判の居酒屋。なかでも田野畑村から仕入れる特産の「岩手がも」は、豊富な地酒にも合う逸品だ。鴨せり鍋は締めに盛岡の老舗そば店のそばが付く。
『808 盛岡桜山』店舗詳細
老舗の紅茶専門店でクラシカルな一杯を『ティーハウス リーベ』
昭和レトロな調度品に囲まれ、ゆったりとした雰囲気の盛岡では珍しい紅茶専門店。土曜は23時までの営業なので、冷え込む盛岡の冬の締めにおすすめだ。凝ったかわいいティーカップやポットなどの食器にも注目。
『ティーハウス リーベ』店舗詳細
音楽談議に花が咲く隠れ家のような空間『珈琲 酒 米山』
やわらかい口調と物腰の店主・米山徹さんの趣味にあふれた店内は、レコードや本などがところ狭しと並ぶが不思議と落ち着く。コーヒーやお酒と一緒に、1960年代のブラックミュージックを中心とした多様な音を味わおう。
『珈琲 酒 米山』店舗詳細
取材・文=蛙子舎H 撮影=坂井良隆
『旅の手帖』2024年12月号より