新宮ってこんな町
名所にもいろいろ、なんで?
市街地は平坦な道が多く、レンタサイクルが便利。そんな情報を入手し、向かったのが新宮駅前にある新宮市観光協会だ。
「ここでは4種の自転車をお貸ししていますが、遠出されるならスポーツタイプの電動自転車、10段変速のE-bike(イーバイク)がおすすめです」と観光協会の事務局長・山本大輔さん。
ペダルを一回こぐだけでグッと進む、軽快な走りに探検欲を駆り立てられ、まずは高野坂(こうやざか)へ遠出。海沿いの高台を越える約1.5㎞の区間には、なぜかむかしの遺構が集中して残っている。
北側の登り口から入ると、徒歩10分ほどで江戸時代中頃に建てられた御手洗(みたらい)の念仏碑3体が現れ、さらに進むと、江戸時代初期のものと推定される孫八地蔵が。南側の三輪崎口まで進むと、美しい石畳が現れた。脇にある斜めの溝が気になり調べてみると、むかしの排水路らしい。
町なかに戻り、次は新宮城跡を冒険。城跡には珍しく、地下を鉄道(紀勢本線)のトンネルが貫通しているほか、ケーブルカーの廃線跡もある。新宮の花街で芸者をしていたもんちゃん・みっちん(下記参照)によると「むかし、城跡には旅館『二の丸』があって、そこに上るためのケーブルカーがあったのよ」。
明治時代から昭和50年代まで城跡は民間所有だったので、いろいろと自由がきいたのだろう。
山のほうへ行ったり、海を見たりしながら。町なかもスイスイ
熊野川舟下りで、上皇や貴族の熊野詣を追体験
熊野川舟下り
☎0735-44-0987(川舟センター)
10:00・14:30出航の一日2便、要予約。4950円
乗船場の『道の駅 瀞峡(どろきょう)街道 熊野川』へは、
JR紀勢本線新宮駅から自転車1時間6分(下船場から乗船場まではマイクロバスでの送迎あり)
少し遠出して、優美な桑ノ木滝へ
熊野三山の一つ、熊野速玉大社
鮮やかな朱塗りの拝殿が空の青と木々の緑に映える。拝殿奥の第2殿には主祭神の熊野速玉大神(=伊弉諾尊〈いざなぎのみこと〉)のほか、熊野夫須美大神(=伊弉冉尊〈いざなみのみこと〉)の夫婦神も祀られており、縁結びのご利益も。
熊野速玉大社
☎0735-22-2533
5:00~17:00、無休。無料
熊野神宝館(宝物館)は9:00~16:00、無休。500円
和歌山県新宮市新宮1
JR紀勢本線新宮駅から徒歩18分
「ゴトビキ岩」横からの絶景を
熊野速玉大社の元宮・神倉神社は「ゴトビキ岩」がご神体。参道入口から続く、538段の自然石を登りきると現れる。岩の横から新宮の町並みが一望できる。
神倉神社
☎0735-22-2533(熊野速玉大社)
境内自由
和歌山県新宮市神倉1-13-8
JR紀勢本線新宮駅から徒歩15分(神社参道入口)
お菓子屋さんが多い。なんで?
第9代藩主・水野忠央(ただなか)が和菓子製造を奨励したという新宮は、おいしい和菓子・洋菓子店が多い。創業100年以上の老舗が点在し、市民に長く愛される銘菓もある。
昭和30年代に誕生した鈴焼が名物の『香梅堂』に向かうと、出てくるお客はどの人も袋に鈴焼がどっさり。フルーツがたっぷり入った『南海堂』のUFOパイは、贈答だけでなく自分用のお菓子として買う人も多いという。
『菓子 朝の音(ね)』の松本咲恵さんがここで開業する決め手となったのは、周囲においしい食材が豊富だから。
「母が料理に使っていた那智勝浦町色川の平飼い卵がおいしくて、それで洋菓子を作ろうと思ったんです」
町の人たちの推しは?
『南海堂』の「UFOパイ」と「はちみつ生ロール」
『香梅堂』の「鈴焼」
『南海堂』新宮初の洋菓子店で謎のパイを発見
大正8年(1919)に新宮初のパン店として創業し、昭和26年(1951)から洋菓子も提供。当時、2代目が考案したのが看板商品のUFOパイ。リンゴやオレンジジャム、スポンジケーキなどを詰めたパイは、地元の人々を虜に。
☎0735-22-2920
9:00~20:00、火休
和歌山県新宮市大橋通3-2-1
JR紀勢本線新宮駅から徒歩15分
『香梅堂』新宮の手土産といえばこれ!
昭和30年代後半に3代目が考案した鈴焼が名物。なるべく水分を飛ばさずに焼いた、しっとりふんわりの生地を頰張れば、バターの風味と和三盆の上品な甘さが広がる。瀞峡(どろきょう)などを描いた熊野名所せんべい10枚500円も。
☎0735-22-3132
9:00~21:00(日は~17:30)、火休(不定休あり)
和歌山県新宮市大橋通3-3-4
JR紀勢本線新宮駅から徒歩14分
『松葉屋』到着困難? 住宅街にひそむ名店
創業は昭和23年(1948)頃。当初は卸中心で看板を掲げておらず「小売りメインになっても、商品数が少ないし看板を出すまででも……といまに至っています」と3代目。名物は大納言を炊いて蜜に漬け、寒天で固めた天の川。
☎0735-22-5435
8:30~18:00(日・祝は~15:00頃。なくなり次第終了)、不定休
和歌山県新宮市船町2-6-2
JR紀勢本線新宮駅から徒歩17分
『菓子 朝の音』おいしさもやさしさも詰め込んで
那智勝浦の平飼い卵や、減農薬のお米など体にいい食材を大切にした洋菓子店。ココナッツオイルと米粉で作るゴトビキクッキー4個220円や、古道を意識した抹茶シュークリームの苔玉330円など、新宮らしいお菓子もある。
☎080-4327-1447
木・金または木・土の週2日、12:00~16:00(8月は15・16日以外、木・土曜営業)
※営業日はInstagram(@asanone__)で要確認
和歌山県新宮市丹鶴1-1-1
JR紀勢本線新宮駅から徒歩6分
おいしいお店がいっぱい。なんで?
食材が豊かなため、当然飲食店のレベルも高い。
『焼肉 ひげ』では、熊野市の下岡精肉店から仕入れた熊野牛をメインに提供。店主の榎本宏一さんいわく「自社牧場で育てたこちらの熊野牛は、脂の旨さが絶品。新宮市には食肉処理場があるので、新鮮なホルモンも入手しやすいんです」。
串本・尾鷲(おわせ)・那智勝浦からいい魚が集まるし、太地町(たいじちょう)からはクジラも届くと教えてくれたのは、『東宝茶屋』の松原郁生さん。熊野川のアユなどで作る発酵食・馴(な)れ鮓(ずし)は唯一無二の味わいで、これのために関東から来るお客もいるそう。
『うなぎ料理 鹿六(しかろく)』も、香ばしいうなぎを目当てに遠方から訪ねるファンが。こちらのうなぎは関東風の背開きながら、蒸さずに焼く関西風。しかも串打ちせず箸で裏返す独特の焼き方だ。ここに、どこからも遠い新宮という立地が透けて見える。
「いまでこそ交通も便利になりましたけど、新宮はなかなか外に出かけにくい町でした。だからこそこの町の中で、いいものがずっと受け継がれているように思います」と若女将の浦中理沙さん。
ああ、とここでずっと疑問に思っていた謎が氷解する。観光協会のスタッフに始まり、南海堂の店主や先代女将、東宝茶屋の店主夫婦に至るまで、とにかく親切でサービス精神が旺盛だったのは、紀伊半島の端のほうまではるばる来た旅人を、もてなそうとする心だったのか。
『うなぎ料理 鹿六 新宮店』紀州備長炭の香りもごちそう
100年以上続く老舗で、タレは創業以来の注ぎ足し。紀州備長炭の強力な火力で蒸さずに焼くうなぎはカリッと香ばしく、甘さ控えめのタレが次のひと口を誘う。築約70年の建物は、2階お座敷の欄間や床の間が風情あり。
☎0735-22-2035
11:00~14:00・17:00~20:30(なくなり次第終了)
月(祝の場合は翌日)休
和歌山県新宮市元鍛冶町2-3-5
JR紀勢本線新宮駅から徒歩15分
『中華そば 速水(はやみ)』店主は和歌山の超名店『井出商店』で修業
豚骨を丁寧にあく抜きしながら8時間煮込み、チャーシューを煮込んだ醬油をかえしに使うスープは、とろりと濃度があり味わい深い。修業先の『井出商店』と同じ製麺所から仕入れるストレートの細麺がスープによく絡む。
☎0735-21-6007
11:30~13:45LO・17:30~19:45LO、不定休
和歌山県新宮市緑ケ丘1-10-47
JR紀勢本線新宮駅から徒歩16分
『焼肉 ひげ』主演・熊野牛を筆頭に怒濤の肉劇場
脂の融点が低く口の中でとろける熊野牛をはじめ、地鶏、豚ホルモンなど圧巻の品数。店主は研究に余念がなく、今年は熊野牛の旨味を凝縮させた熟成塩カルビ、松阪の鶏焼肉を意識したうま味噌焼きなどを開発!
☎0735-21-3488
17:00~22:30LO、火休
和歌山県新宮市神倉4-3-19
JR紀勢本線新宮駅から徒歩17分
『東宝茶屋』本物の郷土の味を大切に77年
名物は先代から続く馴れ鮓。1年塩漬けしたアユやサンマをご飯と一緒に3週間~30年本漬けした発酵食で、酸味とチーズのようなあと味が酒肴(しゅこう)に最高。ほかにもクジラ・イルカ料理、めはり寿司など郷土の味覚が並ぶ。
☎0735-22-2843
11:30~14:00・17:00~21:30LO、木休
和歌山県新宮市横町2-2-12
JR紀勢本線新宮駅から徒歩12分
大王地を見てきた芸者姉妹、もんちゃん・みっちんに聞く 新宮の思い出ばなし
昭和30年代まで、木材の集積地として栄えた新宮。上流の十津川(とつかわ)村や北山村から木材を運んできた筏(いかだ)師や、木材業の旦那衆が豪遊したのが花街・大王地(だいおうじ)だ。
「『ほほえみ』のあるいまの薬師町から西側が大王地で、お座敷遊びのできる大きな旅館や料亭が並んでいました」と、10代から芸者として花街を見てきたもんちゃん・みっちん。当時は100人近くの芸者がおり、お客3人に芸者30人が付くこともあった。
「旦那衆以外にも、勝新太郎や横綱・大鵬も来たし、健次もよく飲みに来てくれたのよ」
思い出の品を見せてもらうと、新宮出身の芥川(あくたがわ)賞作家・中上健次をはじめ、文豪たちとの写真や詩人・西條八十(やそ)からの手紙も!
「大王地以外の場所に呼ばれることもありました。瀞峡の遊覧船に乗って、名所案内もしましたよ」
下瀞(しもどろ)十六丁・上瀞(かみどろ)二十丁・奥瀞七里の間を瀞峡と申します―。
当時のセリフを淀みなく再現してくれたみっちん。最後に新宮の好きなところを聞くと「ずっと住んでる街だから、よくわからん」らしい。
隣で聞いていたみっちんの娘さんが、こうフォローしてくれた。「二人にとって、80年見てきた新宮の美しい海・川・山は“当たり前”にあるものなんです」。
『ほほえみ』ここで二人に会える!!
みっちんの娘・由紀さんの店。現在、もんちゃんは木曜、みっちんは水・土曜にここで会える。興がのると、もんちゃん・みっちんが太鼓を叩きながら正調新宮節を披露。
☎0735-21-3195
19:30~24:00、日休
和歌山県新宮市薬師町6-15
JR紀勢本線新宮駅から徒歩16分
自転車はここで借りよう!
普通車7台とクロスバイク3台に加え、電動自転車2台、E-bike(写真)16台を用意。高野坂や桑ノ木の滝などへ遠出するなら、電動系がおすすめだ。ヘルメットも無料で貸してくれる。MAPなどの観光情報もここで入手。
新宮市観光協会
☎0735-22-2840
9:00~17:00(自転車の貸し出し時間も同じ)、無休
レンタサイクルE-bike:3時間まで1500円、1日3000円ほか
和歌山県新宮市徐福2-1-11
JR紀勢本線新宮駅下車すぐ
取材・文・撮影=鈴木健太 協力=新宮市観光協会
『旅の手帖』2024年9月号より