東京都の記事一覧

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開発真っ盛りの下北沢。シモキタらしさを追求した、線路跡に広がるコミュニティ
公園や複合施設になるのが常だった線路跡だが、昨今は街らしさを追求し、憩いとにぎわいを併せ持つストリート化現象が始まっている。鉄道の記憶を刻む下北沢の線路跡を端から端までズズズイッと歩いてみた。今回訪れたのは、小田急線跡の東北沢→下北沢→世田谷代田間。複々線化事業および連続立体交差事業に伴い2013年に地下化。約1.7kmの線路跡は下北沢を中心に、各駅周辺エリアの特色を生かした街に変身中。2016年に始まり、2022年3月ごろまで開発が進められていく。
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池袋西口の『PIZZA BORSA(ボルサ)』本格窯焼きピッツァ専門店の平日ランチがお得すぎる!
池袋駅西口から立教大学方面へ6分ほど歩いたところに、本格ピッツァの店『PIZZA BORSA』はある。行列ができるほどの人気の秘密は、窯焼きならではのもちっ、サクッ、ふわっとした食感とこだわり食材にあるが、その背景には、ピッツァの魅力に取りつかれたスタッフたちの並々ならないこだわりがあった。
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市場で仕入れた新鮮食材で作る池袋『定食 美松』の絶品定食は、味も栄養バランスも100点満点!
おふくろの味を想起させる魚の定食が食べたいと思っても、都心ではなかなか味わうことができない。味付けが濃すぎたり野菜が欠けていたり、栄養バランスがイマイチだったりと、100%の満足は得られないのだ。だが、池袋西口の『定食 美松』は違う。母の料理を思い出すやさしい味に、健康維持のために摂っておきたい食材がこれでもかと詰め込まれているのだ。
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日本一小さな植物園『渋谷区ふれあい植物センター』は地域のハブの役割も果たす“渋谷の庭”だった!
若者の街、センター街、スクランブル交差点を行き交う人たち……。「渋谷」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、そんな繁華街のイメージだ。しかし渋谷駅から徒歩圏内に、実は植物園がある。都心にありながら100円という破格の入場料で楽しめる植物園が、“日本一小さな植物園”こと『渋谷区ふれあい植物センター』だ。渋谷駅と恵比寿駅のちょうど中間くらいに位置する同園。周りの渋谷東エリアは、渋谷川を中心に、どこかのんびりした生活感のある雰囲気が魅力だ。いつもは街を路上園芸目線で散策するこの連載だが、今回は渋谷の穴場的スポットともいえる『渋谷区ふれあい植物センター』の実態と魅力を探るべく、園長の宮内元子さんに話を伺った。
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繊維問屋街、日本橋久松町の『BonTin Cafe』で自家焙煎本格コーヒーとプリン
人形町から馬喰町のあたりは、東京大空襲のあとに繊維問屋の集まる街として復興した。令和になった今もいくつもの問屋が集まる。『BonTin Cafe』を手がけるのもゆかたや半纏を中心に扱う老舗企業だ。
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味も量もコスパも譲れないグルメ。自家製手ごねハンバーグ専門店池袋『三浦のハンバーグ』
サンシャインシティ地下道入り口からほど近いビルの2階を見上げると、「ハンバーグ480円」の文字が目に飛び込んでくる。目を凝らせば、ライスセット220円(おかわり自由・味噌汁付き)とも。安い店には人が集まる。しかし、腹ペコ族の胃袋を支えるハンバーグ専門店『三浦のハンバーグ』の魅力は、コスパの良さだけにとどまらない。一度入った人は高い確率でリピーターになる、人気の秘密はどこにあるのか。さっそく探ってみよう。
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肉の旨味がたまらない! 池袋『No.18』のハンバーガーは焼き加減もオーダーできるステーキ肉100%の絶品グルメ
JR池袋駅東口から歩くこと8分。商業ビル街を抜け、首都高速5号線を超えた路地裏に、『No.18』はある。なんばーじゅうはち。一風変わった名前の店は、外観や内観もシンプルかつ独特で、アートな印象すら与えるが、SNS映え度が高いと評判のハンバーガーもまた、個性あふれる絶品だ。おいしさの秘密は、ステーキ肉を100%使った独自の調理法にあるという。さっそく、その魅力を探ってみよう。
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【閉店】板橋駅そばの小さな食堂『taverna minimo』で贅沢ランチ。ウニたっぷりのペペロンチーノに驚く技アリイタリアン。
板橋の『taverna minimo(タベルナ ミニモ)』では、山盛りのウニを堪能できるペペロンチーノが看板メニュー。これでもかと押し寄せる芳醇なウニ味わいとモチモチの生パスタに、ノックアウト間違いなし。ちょっとひねりのあるメニューと全国から取り寄せるフレッシュな野菜も美味。小さな空間ながら、何度訪れても発見がある実力派イタリアンだ。
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駅から徒歩1分。西荻窪の『今野書店』には誰にもうれしい「普通」がある。
西荻窪はアンティーク・ショップが多いことで知られてきた。そして本好きなら、古書店が充実していることも周知の事実だろう。いわば「古いもの」=時代の先端とはまた違う文化を大切にしてきた街である。そして駅から徒歩わずか1分という絶好の位置に、誰もがうらやむ理想の書店『今野書店』がある。
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人気の“台湾カステラ”の新店! 焼きたてぷるぷるをライブで楽しむ『黄白白 日式名菓』~黒猫スイーツ散歩 原宿表参道編⑧~
カフェ・スイーツ・パンケーキのお店を年間約1000店ぶーらぶらしているミスター黒猫です。特にパンケーキは日本一実食していると自負している黒猫が、気になる街や好きな街を散歩しておすすめのお店を紹介していきます。今回は、そんな黒猫スイーツ散歩の原宿・表参道編の第八弾です。
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落語家・古今亭駒治と都電 ~都電愛に満ちた自作の舞台・上野~日本橋間を歩く~
二ツ目時代から鉄道落語を作り続ける駒治さんの傑作『都電物語』。舞台となった上野~日本橋間を、思い出と共に現場検証する鉄道散歩。出発進行!
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いつでも「発見」できる棚づくり、谷根千のうれしい路面書店『往来堂書店』
谷根千(やねせん)といえば、地域雑誌の名前がそのままエリアの名称として受け継がれたことを知る人も多いだろう。森まゆみ、山崎範子、仰木ひろみの手によって1984年に創刊された「谷中・根津・千駄木」は、この地域に住む人たちへの聞き書きの試みとして話題になり、地域を超えて大きな評価を得た。
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高円寺『アンドビール』で自家製クラフトビールと本格カレーを楽しもう。
『アンドビール』は、高円寺と阿佐ケ谷の中間に2017年にオープンした。マイクロブルワリーとして自家製のクラフトビールをメインに、そのお供にぴったりなカレーなどのスパイシーフードを提供する店だ。
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いったい誰が描いてるの? 東京駅のホワイトボード職人に会いに行ってきた
東京駅の丸の内口でも八重洲口でもない、すこし静かな新幹線改札口に設置された案内板。あの車両イラストはいったい誰が描いているのか。会いに行ってきました。
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山口晃氏の細密画が巨大なステンドグラスに! 日本橋地下通路に輝く『日本橋南詰盛況乃圖』
一見、普通の街の絵。でもよく見るとビルの間に江戸時代の商人が歩き、工事現場にはクレーン。「何だ、この絵は!?」。日本橋地下通路に7月1日から輝き始めた巨大なステンドグラス。原画は時空を超えた細密画で知られる画家の山口晃氏だ。
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今夏リニューアルしたアンテナショップ、新橋の『奈良まほろば館』で柿づくし!
中銀カプセルタワービルに住んでいる。新橋駅に向かって歩いていると、ある日突然アンテナショップができていた。入り口前には、せんとくん。聞くと、再開発の事情で日本橋からリニューアル移転してきたのだそうだ。「奈良=大仏&鹿」のイメージだけど、どんな美味しいものが眠っているのだろう。
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三宿『せたパン』。大正時代から街の人達に愛されてきた気取りのないおいしさ
国道246号線、玉川通りを渋谷から三軒茶屋方面へ車で走っていると、三宿のあたりで「Seta.Pan」という目立つ看板を見かける。世田谷のパンで『せたパン』。なんだか老舗っぽいけど、親しみやすいネーミング。ところが聞いてみると、これが堂々たる歴史を持つベーカリーだったのだ。『せたパン』の正式名称は『世田谷製パン株式会社』という。地名のついた店はだいたい古いものなのだけれど、『せたパン』が創業したのは、なんと大正12年。現社長の宮川正太郎さんの祖父が、この地でパン屋を始めた。
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上野駅が終着駅だった頃~『あゝ上野駅』『津軽海峡・冬景色』『暦の上ではディセンバー』の舞台を歩く【街の歌が聴こえる】
上野駅が始発・終着駅だった頃、東北地方から上京してきた若者たちは、このホームに到着した夜行列車を降りると、コンコースから真っ直ぐに歩いて改札を出て、東京の第一歩を踏みだした。そんな彼らの心情を唄った『あゝ上野駅』が発売されたのは、昭和39年(1964)5月のことだった。
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美は街路に宿る、〈まちかどアンデパンダン展〉開幕
芸術の秋ということで各地の美術館では秋の大型展が開幕していますが、まちかどの無言板にもアート作品と見まがうばかりの傑作があります。ちなみに無審査で誰でも出展できる展覧会の形式をフランス語でアンデパンダンと言い、日本でも1960年代の読売アンデパンダン展からネオダダと呼ばれる前衛芸術が脚光を浴びました。現代ではそのアナーキーで自由奔放な表現は美術館の中ではなくストリートのグラフィティや無言板に見られるのではないか──そんなことを考えつつ、今回は〈まちかどアンデパンダン展〉と名付けて作り人知らずの傑作を鑑賞していきます。
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不忍池が田んぼに姿を変えた3年間。食糧難の時代、庶民のために奔走した人物がいた
42歳厄年のフリート横田と申します。『散歩の達人』編集部からはじめて仕事を依頼されたのは確か14、5年前。20代後半でした。当時から古びたもの、じいちゃんばあちゃんたちの昔話が好きでしたが、立ち飲み屋や大衆酒場などの渋い飲み屋さんにはまだそれほどなじみがなく、編集部の「取材してきて」の声に背中を押されて、おっかなびっくり出向くようになったものでした。あのころが昨日のことのように思い出されます。中年とは、すぐ過去を懐かしむ生き物です。おかげさまで今では夜の街が大好きになってしまい、飲みに行ったら仕上げにスナックで一曲ママとデュエットしないと終電に乗り込めない体にまで成長してしまいました。ありがとうございます。このたび、そんな大恩ある散達のウェブマガジン「さんたつ」で連載スタートできますこと、うれしく思います。あれから僕は何かを信じてこれたかなぁと振り返ると、ひとつ確信をもつに至った感覚がありますね。ここ数年、古老の聞き取りから本を書いたりしながら実感する、じいちゃんばあちゃん世代の生きた証しは、そのまま「記録されない戦後史そのもの」だな、ということ。加えて、あの時代の人々の躍動を描いた回想録や手記、記録を読むことにも、話を聞くことと同じくらいの教えがあります。読むことで、昔話が実話だったのだ、と答え合わせになったりもしますね。この連載では、路地での現実の出会いか資料上での出会いか、有名無名かも問わず、昭和の街や人と記憶、思いを、私なりに書いていこうと思います。
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