Statue of stand-alone《孤立無縁仏》

公園の入り口でさっそく立派なオブジェに遭遇しました。

ガッチリとした白い鉄枠が地面から生えています。高さも静かな佇まいもまさにお地蔵さんを思わせます。

おそらく金属製の大きめで重たい看板を支えるためのあつらえだったのでしょう。緑に囲まれた場所とは対照的に直線的な金属によるストイックな人工美がまるでミニマル彫刻のようです。もしタイトル・プレートでも付いていたら確実にアート作品だと勘違いしてしまいそうです。

In through the out door《風の通用門》

こちらも同じタイプのスタンド・アローン物体ですが、かなり年季が入って塗装がところどころ剥げています。

団地の入り口で「居住者以外立入禁止」とか「犬の散歩はご遠慮ください」などと書かれた看板がかかっていたのではないかと想像されますが、その看板がなくなってしまった今、ただ風だけが通り抜けていく門柱と化しています。

The old order《残された秩序》

老朽化した看板は取り外せてもコンクリートで固められた脚は抜けなかったのでしょうか。

人の背と同じくらいの高さがあるので、お地蔵さんというよりは観音様のような立ち姿にしばし見惚れてしまいました。

柔らかいピンク色の肌合いも魅力的です。道端で誰にも気づかれることなく行き交う人たちをそっと見守ってくれています。

Townscape framer《街の風景画家》

国道沿いの歩道の上にまさに無用の長物がぽつんと取り残されていました。

これだけ目立つ場所にあるのは周辺案内地図か横断禁止看板だったに違いありません。

フレームだけになった今はその空隙に街の景色を切り取って映すだけの装置となってしまいましたが、環境芸術として見れば駅前のモニュメントより街に溶け込んだパブリックアートのような気がしてきました。

Pretty vacant《間抜け》

東京郊外の街道沿いに残された井桁の鉄骨です。大きさの割に自己主張もせず、雑然とした風景の中に溶け込んでいました。

ビルボードサイズの巨大な路上看板が外されたフォルムは愚直なまでに文字通り「間抜け」です。

露出した支柱に小さな黄色いステッカーが貼られているのに気がついて近寄って見ると「広告主募集」と書かれていました。

次のクライアントが見つかるまで体を張って営業を続けている姿に、「がんばれ」と心の中で応援しながら通り過ぎます。

Stand-alone without a tree《純粋鳥居支柱》

最後は番外です。看板ではありませんが、このあまりにも無駄な立ち方に惚れ惚れしてしまいました。

見ての通り、枯れた街路樹が抜かれた場所にそれを支えていた補強の丸太(鳥居支柱というのが正式な名称です)が残されています。まったく役に立たない純粋な存在──トマソン風に《純粋鳥居支柱》と名付けてみました。

それにしても木は伐採したのになぜ支柱だけ残したのかわかりますか?

そう、きっとまた植樹の予定があるのでしょう。新しい木が植えられるまでじっとこの場で待機しながら春を待ちます。

文・写真=楠見 清