ピノ・ノワール&薬草酒の門戸を日常に開く『とも新』[桜台]
メニューをめくってテンションが跳ね上がった。ワインに続き、ヴェルモットにアブサンといった薬草酒や、ブランデーやジンと多彩な蒸留酒。お酒だけで12ページにおよぶ。
店主の木内朋(きうち とも)さんは、料理人から2007年にソムリエに転身。2012年に独立した。「ワインがボーダレスな時代だから」とフランスを中心に各国のワインを幅広く揃える。ことに、赤ワインの代表的品種、ピノ・ノワールに深い思い入れを持つ。
「初めておいしいと思った赤ワインがこの品種で。イチゴやカシスを思わせるチャーミングさが魅力です」
生産地や熟成でキャラクターが変わり、その飲み比べができるのもこの店の醍醐味(だいごみ)だ。「いろんなシチュエーションのお客さまの要望に応えたくて」と扱うお酒が増殖するが、それでもメニューに載りきらないという。目利きした良酒たちが懐に優しい価格設定なのは、「知って、飲んでもらってこそ」という思いの表れだ。
開かれた門戸を叩かない手はない。
各国のピノ・ノワールと薬草酒
ドイツ、スイス、アメリカ、オーストラリア、南アフリカなど各国のピノ・ノワールが揃う。店内では約600本のワインを品質管理して貯蔵。グラスは日々15種類890円~。ボトル3500円~。「仕事後のまったり時間にぴったり」という薬草酒は700円~。
『とも新』店舗詳細
敬愛する生産者の健やかなワインと食材を追う『肉と野菜とナチュラルワイン さとう』[江古田]
店名のまんま、ド直球を地で行く。店主の佐藤真邦(まさくに)さんは料理の世界で30年。食材を知り、自身が「心地いい」食材とワインにたどり着いた。
“ナチュラルワイン”は昔から愛飲する造り手を追う。仕入れから半年は寝かせて飲み時を計るため、スペース確保の必要もある。扱うワインの魅力を尋ねると、「おいしいから(笑)」と、答えはやっぱりド直球。
“肉”は赤身のうまみが冴(さ)える牛肉を。日本初の「有機JAS畜産」認定を受けた北里八雲牛、繁殖から肥育まで一貫する田村牧場の短角牛など、取り組みから心を動かされた希少な牛肉だ。
“野菜”は有機・露地栽培が基本。だから「おすすめは?」と聞かれたら、「全部です」と答える。
無垢(むく)のテーブルに天然素材の器。ストレスフリーな店内は、「自分のリビングだと考えて、友達が来た気分でお迎えしたいから」。ボトルを注文して、飲み終わりまでの変化を楽しむのもオツ。椅子は柔らかな材の杉製で、長っ尻にも優しいのだ。
うまみ豊かな白&まろやかなオレンジ
写真の5本のような亜硫酸を添加していないナチュラルワインが中心。ふくよかな旨味の白と皮の渋味がまろやかなオレンジの品揃えが厚く、赤は軽やかでするする飲める“薄旨系”を用意。フランス産が中心でグラスは7種、880円均一(!)。ボトル5500円~。
『肉と野菜とナチュラルワイン さとう』店舗詳細
そば前は、「火入れ・加水」か、はたまたブルゴーニュか?『蕎麦と酒処 きくち』[石神井公園]
「地味で全然映えないんですよ」
店主の菊池栄匡(ひでまさ)さんの言葉に反し、練り牡蠣をつまんだ瞬間、“滋味”が炸裂する酒肴は輝き出す。手製の生からすみは冷酒のスピードを加速させ、生海苔とブルーチーズの佃煮は激しく燗酒を呼ぶ。鯛のほぐし身入り蕗(ふき)味噌、くじらの大和煮もずいっと日本酒の世界へと引き込む。
扱う日本酒は「火入れ・加水(酒蔵で度数調整した酒)」。冷酒でも燗でもだらだら飲めて、燗冷ましも楽しめる。
そこに来て、控えめに貼られた品書きに目が留まる。ブルゴーニュの銘醸ワインがなんとグラスで頼める。
「民宿でどぶろく醸造元の『とおの』(現『とおの屋 要』)で働いていた時、4代目に飲ませてもらって。ブルゴーニュ最高峰の1つ、メゾン・ルノワのムルソーに『うっま!』と、はまってしまいました。リッチな気分になれます。注文は出ませんが」
ボトルで手を出しづらい高級ワインもグラスならハードルは低い。そんな贅沢があってもいいじゃないか。
白はもり、赤はかまあげと相性◎
日本酒はゆるゆる飲めるタイプが中心で、すべて燗が可能。1合1050円。店主自身も造っていた、岩手県の「とおののどぶろく」も用意。ブルゴーニュ産ワインは「赤はバラのような、白は樽といった日本酒にはない香りが楽しめます」。グラス1200円~、ボトル7800円~。
『蕎麦と酒処 きくち』店舗詳細
特別じゃないけど日常でもない癒やしの燗酒『かしわ屋』[練馬]
駅前だというのに、のれんをくぐると喧騒は遮断され、とっぷりとお酒に向き合える。品書きの裏には「燗酒のススメ四箇条」。ここに来たら、夏でもいつでも燗酒なのである。
なぜ燗酒か? 店主の秋本隼(はやと)さんは考えをたぐるようにこう語る。
「米を育て、酒を造り、店があってお客さまに届く。だからまた酒造りができる。その循環でお酒のおいしさを伝える役割をお燗に見出しました」
2020年から、料理は燗酒と調和し高めあう内容にシフトし、コースも提供するようになった。心身に染み入る旨さは、お酒の神様に身をゆだねているような心地よさ。毎日でも通いたいと思うけれど、「月2回くらいがいいですね(笑)」と秋本さん。
「この店は特別じゃないけど日常ではないし、季節ごとに行く高級割烹ではないけど毎日通う大衆居酒屋でもない。自分の体やパートナーをお酒で労りたい時に来ていただけたら」
弱っても『かしわ屋』がある、というお守りを手にした気分になった。
燗でおいしさの幅が広がる銘酒たち
「大正の鶴」「杉錦」「不老泉」「御前酒」「龍勢」など燗でさらに旨味が増すことはもちろん、造り手の人柄にほれ、造りの哲学に思いを寄せる酒を扱う。店主自身も通年燗酒派なのは「温めることで味の幅が広がり、食前酒や食後酒にもなり得る」との考えから。1合950円~。
『かしわ屋』店舗詳細
取材・文=沼 由美子 撮影=山出高士
『散歩の達人』2024年6月号より