テーマパーク鎌倉をざっくりつかむ5エリア
鎌倉は意外にひろいが、一般的に散策と対象となるのは下記の5エリア。まずはその範囲と特徴をざっくりおさえておこう。
北鎌倉/建長寺や円覚寺のある静謐な寺町
鎌倉五山の建長寺、円覚寺、さだまさしが歌った縁切寺・東慶寺を擁する静謐でストイックな寺町エリア。食事処もカフェも落ち着いた雰囲気で素敵。アップダウンが厳しく、トレッキングシューズのお坊さんを見かけたりする。
鎌倉駅周辺/小町通りは原宿の賑わい
小町通り、若宮大路、鶴岡八幡宮、御成通り。つまり鎌倉で最も人が集まるエリア。買い食いの楽しめる店、食事処、みやげ物屋が多い。昼間は観光客で埋め尽くされるが、夜は仕事帰りの勤め人が小町通りの裏路地や御成通りの酒場で疲れをいやす。
大町・材木座/いわば鎌倉の良心
交通の便が悪いおかげで、観光地化されずに残った、いわば鎌倉の良心(とはいっても他が悪いわけではないが)。寺も多いが地元御用達の商店も多い。玩具店『アメリカ屋』は閉業してしまったが、コロネパンの『日進堂』はは健在。是非!
金沢街道/ツウな方はこちらへ
ツウ好みの観光地であり閑静な住宅地。竹林の報国寺、苔の杉本寺、ストイックな瑞泉寺などを擁する。観光地化されてない雰囲気を求めて観光客が押し寄せるという矛盾をはらんでいる。
長谷・由比ガ浜・極楽寺/ハワイに仏教来たってよ
江ノ電沿線の海沿いエリア。大仏とサーファーと鎌倉文士がごちゃ混ぜのカオス感にあふれ楽しい。大仏さまのおかげでザ・みやげ物屋もドンと構えている。ひとことでいうと、ハワイに仏教が伝来した感じ?
以上。どこを切っても他所にはない楽しい街の集合体、それが鎌倉なのだ。
鶴岡八幡宮とおすすめのお寺たち
鎌倉と言えば神社仏閣。とりわけボス的存在なのは鶴岡八幡宮である。源頼義が源氏の氏神・京都の石清水八幡宮を由比ガ浜に祀ったのが始まりとされ、5代後の頼朝が現在の場所に移し、幕府をひらいてからは鎌倉の街づくりの中心に据えたと言われる、揺るぎなき鎌倉のシンボルである。
国の重要文化財である本宮、静御前が舞った舞殿、頼朝が政子の安産を願って造った段葛、太鼓橋がかかる源平池など見どころ満載。白旗神社(学業)、大銀杏(健康)、政子石(安産)とパワースポットも豊富。さらに坂倉準三設計の鎌倉文華館鶴岡ミュージアムと2019年に併設されたいいカフェも必見。一日中楽しめる。
そのほかにも神社仏閣だらけの鎌倉だが、ここではいくつか特徴のあるところを挙げておこう。
長谷と言えば、大仏と長谷寺が有名だが、光則寺も捨てがたい名刹。朱塗りの山門は小規模ながら美しく、境内に入れば桜、カイドウ、ツツジ、フジとまさに花の宝庫。あじさいもオリジナルで栽培され驚くほど種類豊富に楽しめる。
苔の寺では杉本寺が有名だが、妙本寺の階段はさらにワイルド。苔とシダの掛け合いが楽しめる。
参道を江ノ電が横切る御霊神社もいい。高台にある本堂から一望できる風景は味わぶかく、「散歩の達人」の表紙を飾ったこともある。
金沢街道方面では唯一鎌倉時代の岩の庭園が残る名刹瑞泉寺にも是非。あの庭園は少々ストイックすぎる気もするが、男坂と女坂に分かれる石段の風情は一見の価値がある。本堂が美しい覚園寺で樹齢600~700年のマキも見ていただきたい。
ワイルドな切通しとハイキングコース
頼朝が鎌倉に幕府を置いたのは、山に囲まれ攻められにくい地形だったからといわれている。その山を切り開いて、的に攻め込まれぬようあえて細く造った道が切通し。この切通しがいいのである。特に鎌倉と外界をつなぐために開かれた道は鎌倉七口と呼ばれ、中世の空気を今に伝えている。
散歩的におすすめなのは、藤沢方面に抜けるワイルドな大仏切通し、古道感のある景観が楽しい朝夷奈切通し、防御のための置石もある名越切通し、勾配が急で「本当に切通したの?」と苦言を呈したくなる化粧坂切通しの5つ。
七口ではないが、釈迦堂切通しは中世の手掘りトンネルで、どこかの惑星のようなすごい景観だが、がけ崩れで道が閉鎖中なのが残念無念(再開通熱望!)。
また鎌倉は山に囲まれた地形を生かしたハイキングコースが整備されている。
特におすすめなのは天園ハイキングコース。建長寺から天狗のいる半蔵坊、絶景の勝上献、十王岩、百八やぐら、大平山(鎌倉最高峰地点)から瑞泉寺へと降りる全長5㎞のコースだ。
葛原岡ハイキングコースもおすすめ。浄智寺から葛原岡神社を経て、源氏山公園、化粧坂切通し、錢洗弁財天、佐助稲荷、そして大仏(高徳院)とおいしいところ取りの約3㎞。ハイキングしながら名所めぐりできるのも鎌倉のいいところ。
徒歩ときどき江ノ電
鎌倉の移動手段としてもっとも使えるのは徒歩である。バスは本数も多いし、網羅度も高いが、鎌倉の道は込むから、休日は時間が読めない。もちろんタクシーも同様。だがしかし、江ノ電だけはやはり捨てがたい魅力がある。
江ノ電がいい理由。それはまず車輛のデザインである。「佇まい」という言葉をあえて使いたくなるほどの擬人化された顔。
そして車窓からの景色。稲村ケ崎から腰越あたりまでの海沿いを走る景色は圧巻。鎌倉高校前や、七里ガ浜の踏切などフォトスポットも豊富だ。
歩いた方が早いのではと思うようなスピード感もいい。和田塚や腰越あたりの民家を縫うように走るとき、本当に散歩してる気分になる。
都電荒川線も東急世田谷線もいいが、江ノ電が相手では分が悪い。
うまいものも多いよ!~グルメ&カフェ
鎌倉グルメは多すぎて選べない。いかにも観光客向けの店から、地元民御用達の定食屋や中華、やや高めの和食やフレンチまで、とにかく数も種類も多い。ここでは朝昼晩と時間帯に分けて編集部厳選のおすすめを。
まず朝食。レンバイ(鎌倉市農協連即売所)にあるベーカリー『パラダイスアレイ』なら間違いない。極上のハードパンのモーニングが600円でいただける。江ノ電を見ながら厳選卵かけご飯や絶品干物を楽しむ『ヨリドコロ』も最高だし、『福日和カフェ』で発酵朝食やおむすびプレートもいい。
ランチ。最近の鎌倉はなぜかカレーの旨い店が多い。『香菜軒 寓』は店内3席+テラス席という秘密基地のような店。植物性食材のみのインドカレーとプーリーの相性が抜群。和田塚の『鎌倉バワン』は、ビリヤニも日替わりカレーもバカうまい本格派。『Latteria BeBè kamakura』のピッツァもおすすめだ。チーズ工房併設で、薪釜で焼き上げる正真正銘のナポリピッツァを楽しめる。
せっかく鎌倉なんだから和食をという向きには、北鎌倉の『こころや』。旬の刺し身や食材を使った料理がたのしめ、一つひとつがしみじみおいしい。日本酒も店主自ら酒造を回って見つけてきた銘柄が揃う。『和処 大むら』は地元民御用達。ランチは海鮮丼、とんかつ、魚フライ盛り合わせ、どれもうまくでボリューム満点で大満足。夜はコース中心となる。
カフェも多いが、やはり北鎌倉の『喫茶ミンカ』は外せない。昭和初期の古民家を改装し、無駄なものを廃した鎌倉らしい質素な空気感。小町通り脇の『ヴィヴモン・デモンシュ』は日本のカフェ文化をけん引してきた一軒。スペシャルティコーヒー、トロトロオムライス、ブラジル音楽、タイル張りの床と、いつも完璧でいつも込んでいる。
北鎌倉『綴』は白日夢のような店。駅徒歩10分程度だが、住宅地を抜け、急な階段を上っていく……のだがなかなか着かない。「本当にこんな場所にあるのかな」と思ったころに到着する個人宅を改装した空間で飲むコーヒーは銀座の名店さながらに本格派なのだ。
文学と映画の芸術の街
鎌倉文士という言葉があるとおり、古くから文学者に愛された街である。大佛次郎、里見弴、小林秀雄、川端康成、江藤淳、澁澤龍彦、吉田秀和、立原正秋、高橋源一郎、柳美里と枚挙にいとまがない。おかげで古本屋も多いが、その代表格は由比ガ浜大通の『公文堂書店』。地元で仕入れて地元の顧客に売る、いまや貴重な普通の古本屋さんである。対局にあるのが『鎌倉_今小路ブックストア』や『古書 アトリエ くんぷう堂』などニュータイプの古書店。どちらも鎌倉らしさがある。『島森書店』『たらば書店』などの地元の新刊書店が頑張っているのは頼もしい。
出版社も二つあり、鎌倉文士が協力して伊藤玄二郎さんが創業した鎌倉春秋社、学術書出版社出身の上野勇治さんが創業した港の人。どちらも商業主義に偏らない良本を送り出している。
小津安二郎、原節子など映画人が暮らしたことも有名。東宝東和を設立し、数多くの名作を日本に紹介した川喜多長政、かしこ夫妻の旧居は『川喜多映画記念館』となっている。
ほかにも、里見弴の旧居は『西御門サローネ』、美人画家・鏑木清隆の旧居跡は『鏑木清隆記念美術館』となっていて、熟年層に大人気のスポット。
鎌倉に住むということ
鎌倉な人たち
鎌倉は人気の高い住宅地でもある。しかし、鎌倉は果たして住みやすいだろうか。
地価は東京都内の住宅地とほぼ同等かちょっと安いぐらい。オフィスからの通勤を考えれば、異常な高さと言っていいだろう。観光地だから物価も高いし、休日はどこもかしこも激込み、休日の国道134号などは渋滞がどこまでも続いている。私の知り合いの鎌倉在住者は車でコンビニまでタバコを買いに行くのに2時間かかったと笑っていたが、私は笑えなかった。
もっと笑えない話がある。
とある音楽プロデューサーが長年鎌倉に憧れを持ち続け、ついに一大決心しローンを組んで鎌倉に移住、建築家住宅を建てた。しかし、やや偏屈な彼は鎌倉の地になじめず、数年後には家を売って引っ越してしまった。「鎌倉に絶望したそうです」とは共通の友人の弁。何があったのかはよくわからないが、まあまあ借金が残ったらしい。誰もが住みやすい街とはいかないようだ。
それでも人は鎌倉に住みたがる。
それは多分、鎌倉が絶妙な場所だからだろう。海や山が外界を隔て、歴史の教科書に出てくるようなスポットがゴロゴロある。切通し、やぐらなどの魅惑的な結界も多い。なんだか京都に似ているが京都ほど敷居は高くないだろう。東京駅から1時間弱というのはギリギリ通える距離だし、なにより仕事だけが人生じゃない。僧侶からサーファーまで普段接点のなさそうな人種が集っていて、夜な夜な飲み屋で盛り上がる。テーマパークを去るとき、人は一抹以上の寂しさを感じるが、もしあれがないとしたら……?
いつか夢から覚めるのかもしれない。でも考えてみれば、どんな人生も終わってみれば夢のようなものじゃないか。
取材・文=武田憲人(統括編集長) イラスト=さとうみゆき
文責=さんたつ/散歩の達人編集部