右も左もわからない、手探りの就活
就活を始めたのは専門学校の3年生のとき。
私が通っていた学校は、よく言えば常識にとらわれない、悪く言えば世間知らずな校風で、就活をする風潮がなく、教員も就活のやり方を知らなかった。ある先生に「就活ってどうやるんですか?」と聞いたら「さぁ。バイトから潜りこむんじゃない?」と言われたくらいだ(私の代を最後に経営陣が変わったので、その後はもっと就活に詳しい先生もいたかも)。
そんな環境の中、私は手探りで就活を始めた。誰も教えてくれないので、ネットで就活の方法を調べる。インターン制度を取り入れているような会社もまだなく、リクナビからエントリーシートを送って一次試験を受けるのが当たり前だった。
私は「好きだから」というだけの理由で文芸を学ぶような学生で、就職に役立つ専門的スキルをなにひとつ持っていない。それに、希望する職種も将来のビジョンも、考えてもさっぱり浮かんでこない。
とりあえず、都内、中小規模、学歴不問の会社にエントリーしまくった。
私が受けた会社はどれも、オフィス街の中の普通のビルに入っていた。大きくも小さくもなく、きれいでも古すぎもしない、よくあるオフィスビルだ。
当時はスマホがなく、プリントアウトした地図を持って目的地を目指した。たまに「〇〇の向かい」などと目印を書いてくれている会社があり、親切だなと思う。
オフィス街は似たようなビルばかりで、目的のビルを見つけるのは難しい。私はよく迷ったが、遅刻するほど決定的な迷子にはならなかった。道に迷うことを見越して早めに家を出るし、「迷ってはならない!」と集中して地図を見るからだ。
目的のビルを見つけると、リクルートスーツ姿の学生たちが入り口に吸い込まれていく。みんな、私と違って余裕でビルを見つけている(ように見える)。すごいな。きっと私より優秀なんだ。
そんなことを考えるからか、私はほとんど一次試験で落ちた。惨敗続きだ。自分には無理なんじゃないかと思っていても、実際に無理だと傷つく。
何十社も落ちて心が折れてしまい、秋から卒業までいったん就活をおやすみした。
面接に向かう途中で迷子になった
卒業してすぐ、就活を再開した。新卒枠じゃなくても、第二新卒を対象とした中途採用枠はけっこうあった。
ある日、なんとなくよさそうな会社を見つけた。本社が大阪で、新橋に東京支社ができたばかりの会社だ。さっそく応募し、面接の予定を取りつけた。
いつものように時間に余裕を持って出て、新橋駅からは地図をこまめに確認し、慎重に慎重に歩く。
しかし、なぜか目的のビルに到着できない。何度も来た道を戻って再スタートするが、どうしても見つからないのだ。
どうしよう……。
面接の時間が迫ってくる。焦りと不安で心臓がバクバクして、春だというのに汗びっしょりになった。
こうなったら仕方ない。立ち止まり、向かっている会社に電話をかけた。
「恐れ入ります。本日13時から面接を受ける吉玉ですが、ただいま道に迷っておりまして……」
すると、電話の向こうの男性が言った。
「あぁ、リクナビに載せた地図、あれ間違えてるんですよ~。すみません。場所、説明しますね……」
えぇ!
説明されたとおりに歩き、なんとか目的のビルを見つけた。少しだけ遅刻。
小さなオフィスに入るとおじさんと若い男性がいて、口々に「いやー、ごめんごめん、迷ったでしょ~」と言った。「ホントですよ~」とは言わなかったが、そう言いたい気持ちだ。
面接は限りなく素の状態で受けた。迷子になった焦りでいっぱいいっぱいで、自分を繕うことを忘れてしまったのだ。
そして、数日後には合格の電話が来た。
迷子になって遅刻したら面接に受かるジンクス
しかし、ようやく入社できたその会社を、私は数ヶ月で辞めてしまった。
私に根性がないせいなのだが、なにかと雑な会社の体質が合わなかったこともある。たとえば、地図の間違いに気づいていながら訂正の連絡をしてくれないところとか、それを悪びれないところとかも。
会社を辞めて、私はフリーターになった。山小屋が営業している時期は山にいて、閉まっている時期は下界でバイトをする。バイト先はコールセンターが多かった。
とあるコールセンターの面接を受けに行ったとき、またもや道に迷って先方に電話をかけた。そのときも少しだけ遅刻してしまったが、あっさり面接に合格した。
なんだろう、私には「迷子になって面接に遅刻したら受かる」というジンクスがあるのだろうか。もしかしたら採用側は、遅刻を伝える電話の受け答えを評価したのかもしれない。
わからないけれど、遅刻しても受かるときは受かるらしい。
逆に、遅刻しなくてもダメなときはいっぱいあったしね。
だから、もしもあなたが大切な場面で迷子になってしまったら、どうかこのエピソードを思い出して心を落ちつけてほしい。
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