草加市の谷塚駅から足立区を目指す
東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)の谷塚(やつか)駅からシェアサイクルに乗り、足立区花畑にある「桑袋ビオトープ公園」へと向かう。足立区花畑地域へは足立区にある竹ノ塚駅よりも埼玉県草加市にある谷塚駅の方が近いため、都県を越えるスタートとなったのだ。スカイツリーラインと並行するように走る東京都道・埼玉県道49号足立越谷線はかつての日光街道にあたり、道沿いには富士塚のある瀬崎浅間神社やビジネス旅館など、街道として賑(にぎ)わっていた時代を思い起こさせる場所が残っている。
足立越谷線を南に下り、途中で左に曲がって記念体育館通りを東に進む。70年代くらいに建てられたと思しき古いマンションがあり、おそらく東京郊外の住宅地としてそのあたりの時期から東武伊勢崎線沿線の人口も増え始めたのではないかと想像する。あるいは東武線と営団地下鉄日比谷線との乗り入れが始まり松原団地ができた60年代初めくらいからだろうか。その辺の歴史は『草加市歴史民俗資料館』に行けば詳しく知ることができると思うのだが、今回は立ち寄る時間がなかったため、またの機会に訪れてみたい。
そのまままっすぐ進むと左手に『エネクルスポーツアリーナSOKA(スポーツ健康都市記念体育館)』の建物が見えてくる。記念体育館通りの名称はここからとられたようだ。そのすぐ先にある伝右川を渡ると足立区花畑8丁目に入る。
東京都足立区と埼玉県草加市の区市境(都県境)はおおよそ毛長川を境に南が足立区、北が草加市と分かれているのだが、足立区花畑8丁目は町全体が毛長川の北側に位置している。町の大半は伝右川と綾瀬川に挟まれた三角地帯にあり、さらに綾瀬川を渡った側にも少しだけはみ出している。
川に挟まれた三角地帯にある「桑袋ビオトープ公園」
伝右川を渡り川沿いに南下した三角地帯に最初の目的地「桑袋ビオトープ公園」がある。区立桑袋小学校跡地に造られた公園で、人の手によって生物を持ち込むのではなく、生物が生息しやすい環境を整えて自然に集まるような場所を目指して運営されている公園だ。公園の目の前にシェアサイクルのポートがあるため、谷塚駅からもアクセスしやすかった。
公園は草地、林地、ため池などのエリアに分かれていて、各環境の特色がでるように管理されている。また、園内に『あやせ川清流館』という施設があり、公園に生息する魚や虫、蛇なども展示されているので、あわせて訪れてみてほしい。公園の隣を流れる綾瀬川は私が子どものころ(1980~90年代)は汚い川として有名で、あまり近づきたいと思わなかったくらいなのだが、「綾瀬川ルネッサンス21」とよばれる浄化活動などにより水質もかなり良くなってきているそうだ。桑袋ビオトープ公園の南にあった桑袋浄化施設も綾瀬川の水質が改善したために既に閉鎖、撤去されている。
園内にある「サンクチュアリ」と呼ばれるエリアは自由に出入りすることはできないが、施設の方に声を掛ければ案内してもらうことが可能だ。この日は解説員の方の説明を聞きながら、ため池にいるカワセミ、タヌキが繰り返し糞をする「ため糞場」などを見ることができた。
こうした自然を感じられる場所に来るとつい「東京23区とは思えない」と表現してしまいたくなるが、それは23区のイメージを限定し過ぎているのかもしれない。足立区花畑の桑袋ビオトープ公園の風景もまた東京23区らしさのひとつだ。
都県境の河川合流地点から、あちこちで用水に出会う八潮市へ
桑袋ビオトープ公園のある三角地帯の先端は毛長川、伝右川、綾瀬川の合流地点となっている。3つの流れがひとつに集まる様子はなかなか壮観だ。対岸には用水路もあるため、それを含めると4つの流れの合流地点でもある。用水の出口の辺りでは水辺ギリギリまで下りて釣りをしている人も見かけた(立ち入り可能なのかはわからない)。
綾瀬川に架かる桑袋大橋を渡り埼玉県八潮市内に入る。正確には橋を渡ってすぐの場所はまだ足立区花畑8丁目だが、50メートルも進めば八潮市西袋だ。この辺りには建材を扱う会社や物流センター、倉庫などが多く、先ほどまでいた桑袋ビオトープ公園とは打って変わってインダストリアルな風景が広がる。私の育ったまちも都市計画法上「工業地域」や「準工業地域」に分類される地域だったので、工場や倉庫の建ち並ぶ荒涼とした風景はどこか馴染(なじ)みがある。
八潮市は東を中川(なかがわ)、西を綾瀬川、南は垳川(がけがわ)、大場川(おおばがわ)に囲まれた、水との関わりが深い街だ。また市内には葛西用水と八条用水の2つの用水があり、どちらも耕地へ水を安定供給するために江戸時代に整備された。街を歩くとあちこちにむき出しの用水路や蓋をされて歩道になっている暗渠(あんきょ)をよく見かける。もともとは地域の隅々まで水が行き渡るように設けられた分水路だったのかもしれない。都区内では開渠(かいきょ)のままの用水路はあまり見かけなくなっているので、こうした光景が新鮮に感じる。
八潮市は中川低地とよばれる沖積低地に位置し、洪水に悩まされてきた歴史がある。私が育った東京低地の葛飾区とも隣接していて、民俗・風習的にも連続性を持つ地域だ。八潮では家の敷地内に水害時の避難場所として塚の上に蔵などを築く「水塚」や、避難用の「水害予備船」を家屋に設置したりする習慣があったそうだが、葛飾区内でも同様の風習が行われていたと聞いたことがある。葛飾区を含む23区東部の低地と河川や用水によって結ばれ、水にまつわる記憶を共有している地域と言えるかもしれない。
そんな水の繋(つな)がりを示すもののひとつに先ほども言及した葛西用水がある。葛西用水は埼玉県羽生市で埼玉用水から分水され、そのまま南下して八潮市を経て足立区、葛飾区にも流れているためその名前には馴染みがあるのだが、都内の区間は暗渠化され親水水路・親水公園として整備されているため、用水と言われてもあまりピンとこなかった。八潮市内を開渠のまま流れている様子を初めて見て、これが葛西用水本来の姿か!と少し感動してしまった。かつて足立葛飾を流れていた暗渠化される前の(都市化によりドブ川と化す前の)葛西用水もこのような風景だったのだろう。
首都高につくばエクスプレス、交差する「流れ」は水だけじゃない
葛西用水沿いを南に進むと、首都高速6号の高架が見えてくる。かっこいいのでつい見上げて写真を撮ってしまう。
明治時代以降、鉄道の敷設や道路整備が進み、各地で舟から鉄道へと輸送方法が切り替わっていったが、八潮市では煉瓦製造の製品・資材の輸送や、下肥の運搬などの需要が高く、舟運が長い間利用されてきた。陸上輸送においては1960年代以降トラック輸送の発展にともなって鉄筋コンクリート橋の架橋や道路の拡幅、舗装などの整備が進み、1985年に首都高速6号三郷線が、1992年には東京外郭環状道路が開通する。一方で鉄道の開通は長らく実現せず、2005年のつくばエクスプレス開業によって初めて市内に駅が設置された。こうしたインフラの移り変わりも、現在の八潮の風景を形作っている。
首都高をくぐり歩き進める。葛西用水沿いにはビニールハウスもあれば住宅、マンション、倉庫や工場と思しき建物もあり、農・工・住が揃った風景が広がっている。私の育った葛飾区よりは郊外的な風景だけれど、やはり地続き(川続き)の地域なので、こうした風景はどこか身近に感じる。もしかしたら自分が街を歩く時に「基準」にしている風景はこういうものなのかもしれない。都市の風景に対する感覚がゼロの状態にリセットされるようで、大袈裟(おおげさ)ではなく「心が洗われる」気がする。
ふたたび葛西用水に沿って歩くとつくばエクスプレスの高架が見えてくる。用水路、道路、鉄道の3つの「流れ」が交差する風景だ。学校帰りの小学生たちが道ばたの石ころを拾っては用水に投げ入れて遊んでいた。
八潮駅周辺を歩いていると地面が深く掘られた大きな空間をいくつか目にした。大雨の際に一時的に水をためて河川が溢(あふ)れないようにするための調整池だ。市街地の中になにもない巨大な空間がぽっかりと存在しているので、妙な解放感がある。自分が子どもだったら夜中にこっそり入って駆け回ってみたいと思うかもしれない。
そのまま南下するとつくばエクスプレス八潮駅が見えてくる。駅前にはロータリーと商業施設があり、高架下のスペースにも最近になって新しく飲食店がオープンしたようだ。都内に通勤するのであれば、駅前である程度買い物や飲食を済ませることができて便利な環境に思える。駅前の公園では学校帰りの高校生たちがスマホでおそらくTikTokかなにかのショート動画を撮影していた。
再び都県境を跨ぎ、垳川沿いの遊歩道を歩く
八潮駅からさらに葛西用水沿いを南に行くと、垳川との交差地点が見えてくる。ふれあい桜橋を渡ると足立区六木(むつぎ)だ。八潮駅から10分ほど歩いただけで足立区に入る。ふれあい桜橋はつくばエクスプレス開業に合わせて2005年に竣工した比較的新しい橋のようだ。足立区側から八潮市側まで親水水路に沿って一本で行けるので近隣の住民にとってはかなり行き来が便利になったのではないか。以前自転車で足立区側からこの道を通った時、八潮市ってこんなに近いのかと思った。水運が盛んだったころは八潮と江戸の間の移動も船でそれほど遠く感じなかったのかもしれない。
ちなみに垳川の「垳」の字は国内では垳川と八潮市垳の地名を表記する以外は使われないレア漢字だそうだ。
橋を渡り足立区側に入ると垳川に沿って「神明六木遊歩道」が整備されている。遊歩道の入り口からしばらくは道も細く両サイドに草木が繁っていて、本当にこのまま歩いて大丈夫だろうかと思ってしまうが、少し進むとベンチが設置されたスペースもあり視界も開けてくる。道沿いにはケヤキ、ムクノキ、スダジイ、シラカシなどの木が植えられていて、中でも立派に育った大きな木には「保存樹木」と書かれたプレートが巻かれていた。
遊歩道を中川に向かってしばらく歩くと、右手の開けたスペースに水車と煉瓦の構造物が見えてくる。昔スペインのセゴビアで見たローマ時代の水道橋の遺構を思い出し、ローマ帝国の版図は足立区にまで及んでいたのか、などとくだらないことを考える。後で確認したらセゴビアのローマ水道橋は石造りだった。
中川のパノラマ、流れついた八潮のハラール屋台村
ローマ足立遺跡を過ぎると垳川と中川の合流地点も近い。遊歩道が終わるころには正面に中川の対岸にある大場川水門が見えてくる。左手のかわいらしい建物は稲荷下樋管(いなりしたひかん)だ。
通りに出ると視界いっぱいに中川のパノラマが広がる。新大場川水門、稲荷下樋管、遠くにはスカイツリーも見える。垳川、中川、大場川の3つの流れがここで合流している。大場川水門の右手は葛飾区西水元だ。
埼玉県草加市に始まり、足立区花畑〜埼玉県八潮市〜足立区六木と川の流れを追いながら3回ほど都県境を跨いだ。距離にして数キロに過ぎないが、八潮市周辺だけでこれほど多くの川や水路、調整池や排水機場など水にまつわる施設を見ることができる。今回はルート外のため紹介できなかったが、別の日に訪れた『八潮市立資料館』では「水と生活」というテーマに沿った常設展示があり、中川低地の成り立ちや水を利用した地場産業などの歴史について学ぶことができるのでおすすめだ。
ちなみに八潮を歩くと決めてから楽しみにしていたことがある。八潮市周辺には元々中古車ビジネスに携わるパキスタン人が多く、八潮市内にはイスラームの礼拝所『八潮マスジド』もある。パキスタン料理の店も何軒かあると聞いていたので、八潮で取材をしたら必ず行こうと決めていた。
八潮駅から北に8分ほど歩いたところに「ハラール屋台村 八潮スタン」がある。ハラールに対応した食事を提供する、いくつかのお店が入ったフードコートのような施設で、となりにはスーパーが併設されている。注文は店内入ってすぐのところに設置されているタッチパネルで行う。英語やウルドゥー語(パキスタンの国語)ができなくても問題なくメニューから選ぶことができる。
店ができてから数年経っているので既にネット上に訪れた人の体験記などがいくつもあり、それを参考に「チキンボンレスタワ」と「ロティ」のセットを頼んだ。
「タワ」とは鉄板を意味するらしく、鉄板で調理した骨無しチキンの煮込み料理のようだった。初めての味だったがスパイシーでとても美味(おい)しく、ロティにつけてあっという間に食べてしまった。綾瀬川から葛西用水、垳川、中川、最後はインダス川に合流して今回の川の流れを追う散歩を終えることにした。
取材・文=かつしかけいた 撮影=かつしかけいた、さんたつ編集部
【参考文献・URLなど】
草加市HP「市の歩み(草加市史)」
https://www.city.soka.saitama.jp/li/040/090/040/index.html
足立区桑袋ビオトープ公園
https://www.ces-net.jp/biotop/index.html
SDGsガイド「生き物のために良い環境ってなに? 桑袋ビオトープ公園」
https://sdgsguide.com/2021/09/30/%E7%94%9F%E3%81%8D%E7%89%A9%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AB%E8%89%AF%E3%81%84%E7%92%B0%E5%A2%83%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%AA%E3%81%AB%EF%BC%9F%E3%80%80%E8%B6%B3%E7%AB%8B%E5%8C%BA%E6%A1%91%E8%A2%8B/
八潮市立資料館
https://www.city.yashio.lg.jp/kurashi/shisetsuguide/shiryokan/index.html
八潮市立資料館『川に抱かれて―八潮の歴史アルバム―』 八潮の歴史文化ナビ『れきナビ―やしお歴史事典』
http://yashio-rekinavi.com/reki-navi/index.php?title=%E5%B7%9D%E3%81%AB%E6%8A%B1%E3%81%8B%E3%82%8C%E3%81%A6%E2%80%95%E5%85%AB%E6%BD%AE%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%A0%E2%80%95
『八潮市立資料館』第49回企画展『水のカタチ-統べる・活かす・うるおう-』展示パンフレット
玉置標本 「埼玉県八潮市に誕生した「八潮スタン ハラール屋台村」の楽しみ方」 『デイリーポータルZ』
https://dailyportalz.jp/kiji/yashio_stan-halal_yatai_mura