かつしかけいた(達人)の記事一覧

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清瀬・東村山の水辺の風景。谷口ジローゆかりの地から空堀川、狭山湖までを巡る【「水と歩く」を歩く】
先日東村山にある国立ハンセン病資料館で「ハンセン病療養所のなかの『外国人』」という企画展が行われていることを知った。行きたいと思っていたところ、知人から空堀川や淵の森緑地といった東村山周辺の水辺の情報を教えてもらい、「水と歩く」の取材としても訪れることができそうだと気づいた。その後周辺の地域についても調べてみたところ、隣接する清瀬市には昭和初期より結核の療養施設が集中し「病院街」とまで呼ばれていたこと、谷口ジローの漫画『歩くひと』が清瀬を舞台に描かれていることを知り、東村山と清瀬を合わせて取材に訪れることにした。
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横浜・三渓園~掘割川。旧海岸線沿いに広がる、市電と埋め立ての面影に触れて【「水と歩く」を歩く】
先日、横浜美術館で開催されていた「没後110年 日本画の革命児 今村紫紅」と「アーティストとひらく 鎌田友介展:ある想像力、二つの土地」を見た。二つの展示に共通して関連するのが、本牧にある三溪園の創設者・原三溪だ。今村紫紅は原三溪の支援を得て作品を発表し、鎌田友介展では原三溪が三溪園周辺の住宅地開発と同時に、朝鮮の京城(現ソウル)でも土地取得を進めていたことが語られる。横浜はこれまで幾度も訪れているが、三溪園に行ったことはなかった。1950年代末から60年代にかけて根岸湾が埋め立てられるまで、三溪園の南側には海岸が広がっていたという。かつての海岸線を想像しつつ、三溪園を訪れてみることにした。
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表情豊かな土浦・霞ケ浦周辺へ。水路が育む往来と、歴史重なる交差点【「水と歩く」を歩く】
この連載では『散歩の達人』本誌同様、一都三県(東京、千葉、埼玉、神奈川)の街を中心に訪れていたのだけど、担当編集者さんから「今度の特集ではつくばの方も取り上げるんですよ」と聞き、茨城県でも東京から近い県南であれば取材に行きやすいことに気づいた。そこで地図を見て気になったのが霞ケ浦だ。近年は湖岸を周遊するサイクリングコースが人気で、土浦から阿見にかけては霞ヶ浦海軍航空隊などの海軍施設が多く存在した「軍都」としての歴史もある。早速、連載初の茨城県へ取材に出かけた。
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玉川上水から多摩湖へ。暮らしの水をたたえ、時代を映した貯水池までを目指す【「水と歩く」を歩く】
以前ある小説を読んでいて、東京都東大和市に空襲の痕跡を残す建物があることを知った。23区東部に住んでいると多摩地域まで足を延ばす機会が少なく、いつか行ってみたいと思いつつ行けずにいたのだが、ふと東大和周辺を地図でみてみると、多摩湖や玉川上水、道についての施設など水に関連するものが多くある。それならばこの連載の取材と称して行ってしまおうと、ほとんど「遠足」のような気持ちで出発した。
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葛西駅~新左近川~荒川中洲南端。魔法にインド、葛西沖の痕跡に出合い、時の層を感じて【「水と歩く」を歩く】
江戸川区の南端に位置する葛西地区というと、葛西臨海公園や西葛西の「リトルインディア」が有名かもしれない。もともと葛西沖と呼ばれ半農半漁の地域として栄えたが、70年代以降土地区画整理事業による埋め立てが進み、清新町、臨海町という2つの新しい街が葛西に誕生した。「リトルインディア」や最新の「文学館」といった現在の風景と、かつての葛西沖の痕跡。川と海に囲まれた葛西地区が積み重ねてきた時間を想像しながら歩いてみた。
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軍港の歴史とともに歩んだ横須賀へ。子供が指差すエイの向こうには【「水と歩く」を歩く】
前回の取材で歩いた埼玉県狭山市・入間市は、16号沿いの基地の街だった。「郊外」的な風景が広がるロードサイドとして言及されることの多い国道16号は、首都圏の基地をつなぐ軍用道路としての歴史をもつ。ふだん東京23区東部で暮らしているとほとんど意識することがない基地の存在に戸惑いもしたが、同時にそうした風景が首都東京を囲むように存在することを、もっと知らなければと思った。今回は都内から京急線一本で行ける「軍港都市」横須賀を歩いてみることにした。そこには東京の湾岸とは全く異なる港の風景が広がっていた。
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名曲生まれた川沿いの道へ。ミックスカルチャーが響き合う狭山稲荷山公園~入間川~ジョンソンタウン【「水と歩く」を歩く】
先日YouTubeを見ていたところ、これまでに閲覧した動画との関連からか、埼玉県狭山市にあった「狭山アメリカ村」の痕跡を巡る動画が表示された。1970年代初め、ジョンソン基地の周辺にあった米軍ハウスに、デザイナーやミュージシャンたちが移り住んだことから、一帯は「狭山アメリカ村」と呼ばれるようになる。細野晴臣のアルバム『HOSONO HOUSE』(1973)も当時の米軍ハウスでの暮らしから制作された。どうやら近くには入間川や霞川も流れているようだ。好きでよく聴いていた音楽がどのような場所で生まれたのか気になり、早速訪れてみることにした。
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神田川が貫く御茶ノ水・水道橋へ。江戸からの土地の記憶をたどり、新たな街の表情を知る【「水と歩く」を歩く】
通っていた高校がJR水道橋駅のすぐそばにあったので、御茶ノ水や神保町にはよく行っていたのだけれど、神田川の北側に位置する本郷や湯島の方はほとんど歩いたことがなかった。当時は書店やレコード屋にしか関心がなかったが、今あらためて地図を見てみると『東京都水道歴史館』や元町公園など、気になる施設がある。高校時代に知っておきたかったという後悔とともに、今からでも訪ねてみたいと思い、思い出の街の思い出がない場所を巡る取材へと向かった。
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吉祥寺・井の頭恩賜公園へ。神田川の源流となり、江戸へも続いた武蔵野の湧水と出合う【「水と歩く」を歩く】
これまで月刊『散歩の達人』本誌の連載「水と歩く」では、ある街を訪れ、その土地の水にまつわる場所を歩いて巡ってきた。連載も1年が過ぎたということで、そろそろ趣向を変えてみるのも良いかと思い、今回は「井の頭恩賜公園」というひとつの場所だけをじっくり見て回ることにしてみた。23区東部に住んでいるとなかなか吉祥寺に行く機会がなく、井の頭公園を訪れるのも十年ぶりくらいかもしれない。いざ公園を歩いてみると、自分の知っている井の頭公園は池の周りのほんの一部でしかなかったことに気づいた。
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京急蒲田~雑色~六郷水門。街なかに残された“水の跡”とかつての風景を訪ねて【「水と歩く」を歩く】
私の住む東京23区東部から23区南部にある大田区大森や蒲田といった街までは、京成線、都営浅草線、京急線が相互に乗り入れる一本の路線でつながっていることもあって、その距離ほどには遠く感じない。もう10年ほど前のことになるが、建築史・都市史の研究者に「火災保険特殊地図」を元にJR蒲田駅周辺を案内してもらう機会があり、はじめて蒲田をゆっくり歩いてまわった。“火保図”と目の前の風景を比較しながら街並みの変遷を解説してもらうという、とても貴重な経験だったのだが、それだけでなく蒲田駅周辺の雰囲気が私の地元の23区東部とどこか似ているように感じたことも印象的だった。工業によって栄えた低地の街に共通する空気があるのだろうか。今回はその時歩いたJR蒲田駅周辺ではなく、京急蒲田駅から六郷まで、大田区の低地を歩いてみることにした。
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