はじまりはなんと250年前!
都営新宿線の船堀駅から徒歩6分、『あけぼの湯』の看板が見えてくる。開業当初は船問屋。
江戸時代、川の物流は江戸と地方を結ぶ重要な役割を担っていた。
当時は川にも関所があり、夕方になると翌朝まで開かないため、船で働く人は必然的にその場に宿泊することになる。
船堀へ宿泊する人々のために、銭湯の営業がはじまった。
そんな歴史を教えてくれたのは当代店主の嶋田照夫さん。
長い時間で蓄えられたノウハウに、嶋田さんの思いが詰まっているのがこちらの銭湯だ。
もちろん江戸時代そのままではなく、時代に合わせてアップデートされ続けている。
「リニューアルにあたっては、いろんな地方のレジャーホテルを見て回り参考にしました」と嶋田さん。
浴室にはそのこだわりが満点。メインの浴槽には深さ1.2mもあるハイパワージェットがあり、立って入れるので全身に効率的にマッサージ効果が得られる。さらにその奥には、寝転んでリラックスできるジャグジーも。
「これを導入した約25年前は、ここまでハイパワーのジェットを導入している銭湯はありませんでしたし、銭湯で寝そべって入浴する文化はありませんでした」
まさに、日常の延長線上にレジャーを持ち込んだのだ。
外には露天風呂があるが、こちらに出る通路は存在しない。内湯の浴槽内を歩いて外に出る作りになっている。
この個性的な設計について嶋田さんは「設計屋さんが、露天風呂までの通路の配置に悩んでいたんです。だから私は『どうせみんな裸なんだから、湯船から行けるようにしたらいいんじゃない?』と提案して実現しました」
露天風呂へ向かってジャバジャバと歩くのもレジャー感が満載で楽しい。
1階より2階が先にできた!?
2階に上がるとサウナがある。92度ほどでサウナ初心者でも楽しみやすい。
一般的には増築して2階を作る場合が多いのだが、実は不思議な成り立ちをしていた。
「元々、この2階だけで銭湯をやっていて、1階はスーパーマーケットに貸していたんですよ。それが撤退したので1階も浴室にしました。だから、2階が先なんです」と嶋田さん。
長い歴史の中には色々な出来事があるものだ。
他では味わえない体験を
2階はサウナ以外にも、様々な湯船が並ぶ。
シンボルとなるのが壁面の巨大な絵。ここには、先代店主の思いが込められていると嶋田さん。
「他の銭湯と違うものが作りたいということで、旅行好きだった両親の思い出の場所をモザイクタイルにしてもらいました。男湯はギリシャのミコノス島の景色ですね」
そんな絵を眺めながら入れる湯船のひとつが「牛乳酵素風呂」。
嶋田さんによれば「京都の化粧品を作る会社が作っているものを取り寄せています」とのこと。
30年以上前に仕入れを始めた際に、「都内で2軒のみ」という約束をしていたたが、もう1軒の銭湯は存続が不明とのことで、都内で唯一と言ってもいい貴重なお風呂だ。
さらに2階には岩盤湯も。様々な天然鉱石を粉末状にして加工した岩盤が浴槽の底に設置されている。
半身浴でゆっくり入浴すれば、この岩盤タイルの発する遠赤外線などの効果が、肌や自律神経に好影響をもたらすとされている。
ここには富士山のペンキ絵があり、有名な銭湯絵師の早川利光さんの作品だが、ここにも嶋田さんのこだわりがあった。
「銭湯絵師の方は、それぞれ独特な絵を描かれるんですが、やはり他にないものが良かったので、こちらで写真を用意して、それ通りに描いてもらうようお願いしました。なので、普通は銭湯の富士山絵には描かれない実在した民家まで描かれているんですよ」
銭湯としての許可以外に飲食店としての許可も必要になるため、銭湯に本格的な食事処があるのは稀だ。
しかし、それでも『あけぼの湯』では食事処を用意することで、「地域の社交場」としての銭湯の機能がさらに高められている。
「15:30にオープンするんですが、常連さんはお風呂にはサッと入って、16時くらいからもう晩酌が始まってますよ(笑)。この食事処で仲良くなった人もいますし、風呂で出会って『このあと一緒に飲むか』なんて人もいます」と嶋田さん。
社会生活で知り合えば、肩書きなども気になるが、裸で知り合えば人間同士として向き合える。
歴史深さだけでなく、スーパー銭湯並みに充実した機能も魅力的だ。嶋田さんは「スーパーほど広くはないので、コンビニ銭湯ですね」と笑った。
取材・文・撮影=Mr.tsubaking