訪れるたびに様相が変わる、再開発で新旧入り混じった街並み
改札を抜け駅前の広場に出ると、視界がパッと開ける。近年、駅周辺の景色は大きく変わった。以前は入り組んだ路地にこぢんまりした店が無秩序に軒を連ね、まるでカオス。その中を多種多様な人が行き交い、昼も夜もえも言われぬ強いエネルギーが満ちていた。
下北沢の再開発が本格化したのは、2010年代に入ってから。2013年、小田急線が地下化したことで、ある意味名所だった「開かずの踏切」が消えた。旧駅舎にへばりつくようにして立っていた、戦後の闇市がルーツの駅前食品市場も下北沢の象徴とされる場所だったが、2017年に取り壊されてしまった。
そしていよいよ2026年3月末には、2018年から続いていた工事が終わり、下北沢駅前広場が完成するという。
昔ながらの街並みと最新スポットが混在し、まさに激変の途中にある下北沢。とはいえ、商店街にはまだ古い建物が残っているし、路地にはかつてこの街で暮らした人たちの痕跡を見ることができる。なお、現在「下北沢」というのは正式な町名ではない。明治時代までこの辺りにあった「下北沢村」から取った呼び名だ。
前述した通り、そう呼ばれているエリアは決して広くはなく、気軽にぐるっと徒歩で回れるのがうれしい。立ち並ぶ古着屋に次々入ってみたり、目的の一枚を探し求めてレコードショップをはしごしたり、カフェ巡りをしたり、歩き方は無限大である。
ジャンルが多岐にわたる下北沢ならではの音楽シーン
下北沢を歩いていると、レコードショップの袋を提げている人や、ギターケースを担いだ人とすれ違うことが少なくない。カフェや大衆食堂には、購入したレコードを見せ合うグループ、ライブ前の腹ごしらえをしているバンドマンの姿も。
店ごとにロック、パンク、オルタナティブ、ジャズ、ポップス、フォーク、クラブミュージックなど、ジャンルはさまざま。つまり、普段は入らない店に気まぐれに足を踏み入れると、知らない音楽に出合うチャンスがいくらでも落ちているのだ。
レコードショップは、安定の『disk union 下北沢店』、40年以上の歴史を誇る『フラッシュ・ディスク・ランチ』をはじめ、ダンサーからの信頼も厚い『Jazzy Sport Shimokitazawa』、サニーデイ・サービスの曽我部恵一さんが営み、パスタが評判のカフェでもある『CITY COUNTRY CITY』など、10数軒が揃い踏み。筋金入りのレコードマニアだけでなく、昨今の昭和レトロブームからレコードに興味を持った若者まで、間口は広い。
ライブハウスやライブバーは、実に30軒以上。かつてインディーズバンドとしてステージに立ち、そこから全国区に上り詰めたという、いかにも下北沢らしい逸話がそこかしこに転がっている。
シーンを牽引する立役者のような店もあり、90年代後半、『下北沢SHELTER』は伝説的バンドのHi-STANDARDによってメロコア、メロディパンクのハコとして広く名を知られるようになった。2025年に30周年の節目を迎えた老舗『BASEMENTBAR』は、あえてジャンルを縛らないオールアラウンドなブッキングで、バンド同士の交流にも一役買い、海外のアーティストが出演する日や、高校生バンドと一緒に企画を作ることもある。
フォーク、ロック、ポップスなどのアコースティックサウンドが中心の『440』は、同ビルの地下にある老舗『CLUB251』の系列店として2002年に開業。通りに面した壁一面がガラス窓になっていて、店先でライブの音漏れを目当てにたむろする人々は、下北沢の名風景の一つとなっている。
他にも、ライブハウスとクラブの二毛作で営む『LIVE HAUS』、下北沢駅前の新しいランドマーク「SHIMOKITA FRONT」に入っている、ロフトプロジェクトが手掛けた『Flowers Loft』など、2020年以降にオープンした店も話題に。下北沢では、毎日どこかでライブが行われている。
そして、下北沢を語る上で欠かせないのがジャズだ。この街にジャズを根付かせたのは、1953年創業の「ジャズ喫茶 マサコ」。2009年に再開発の影響で惜しまれつつ閉店したが、2020年、かつてスタッフとして働いていたmoeさんが、店名を引き継ぎ再オープンした。
同じく下北沢を「ジャズの街」たらしめたバー「LADY JANE」のオーナー・大木雄高さんは、かつての『ジャズ喫茶 マサコ』に若い頃よく出入りしていたそう。当時は演劇青年で、ジャズを聴きながら自ら主宰する劇団の台本を練っていたとか。
2025年には、その「LADY JANE」も創業50年の歴史に幕を下ろした。しかし、1973年から続く老舗『Jazzhaus POSY』は2代目が店を引き継ぎ、今も健在。さらに、頻繁にライブを行うバー『No Room For Squares』、音響機器にとことんこだわるジャズ喫茶『tonlist』といった新世代による動きが活発で心強い。
下北沢を出身地のように語る演劇・映画関係者がいる理由
言うまでもなく、下北沢は「演劇の街」でもある。中心的存在の本多劇場グループは、1981年に鈴なり横丁の2階で始めた『ザ・スズナリ』、若手劇団の登竜門でもある『本多劇場』など、この界隈だけで8軒の劇場を運営している。下北沢には小劇場が多く、演者と観客の距離が近いため、独特の臨場感が味わえると評判。前衛的な演劇、実験的な企画、コント、朗読劇、トークショーなど入れ替わり上演され、当日券が出る公演もあるので、ふらっと入ってみたら思わぬ推しが見つかるかもしれない。
酒場で演劇談義に熱中する役者、スタッフとおぼしきグループを見かけることもある。上記の「LADY JANE」では、大木さんが元演劇畑だったこともあり、夜な夜な深い話がくり広げられていたと聞く。
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新旧2つのミニシアター、『K2』『下北沢トリウッド』も重要な存在。『下北沢トリウッド』は「映画館より気軽に観られる映像のライブハウス」をモットーに、若手監督のアニメーションを柱の一つに据え、1999年にスタートした。新海誠監督の商業デビュー作『ほしのこえ』が初公開された場所ということもあり、中高生や、最近ではインバウンド客も増えたようだ。
一方の『K2』は、再開発に伴い新しくできた下北沢駅南西口の複合施設「(tefu) lounge」の2階にオープン。界隈の劇場やライブハウスを巻き込んだ「文化のハブ」を目指す。2024年には「BONUS TRACK」内に、映画の台本やシナリオを読める系列店のカフェバー『下北現像所』もでき、新たな映画ファンの入り口となっている。
レアなビンテージも初心者に挑戦しやすいものも揃う古着の街
ここ数年でさらに古着店が増えた。2020年頃まで100軒ほどだったが、今では200軒以上になったという。『HOOCHIE COOCHIE』『NEW YORK JOE EXCHANGE』『BIG TIME Shimokitazawa』など、元々あったビンテージのセレクトショップに加え、『古着屋JAM』『グリズリー』といった関西を中心に展開する大型店が続々出店。駅周辺には、手が届きやすい価格帯の店が集まり、若者やインバウンド客で活気づいている。
下北沢が「古着の街」として湧いたのは、2004年の「東洋百貨店 本館」開業がきっかけ。ワンフロアの中に、個性が強い古着店、雑貨店といった雑多な店が渾然一体となり、多種多様な「下北沢らしさ」の重要な一つを形成していった。2025年3月、ビル建て替え工事に伴い閉店したが、その少し前、2022年には高架下の複合商業施設「ミカン下北」内に『東洋百貨店 別館』をオープンさせている。本館開業当初からある、オリジナルのサッカーユニフォームに特化した『SMOG』、レディースの国産古着をメインにレトロなデザインのものを集めた『3びきの子ねこ』など、おなじみの店が営業中だ。
単なる「懐かしい」とは違う、貫禄ある老舗たち
変わっていく景色もあれば、変わらない景色もある。神保町の名店『カフェ・トロワバグ』でネルドリップに魅せられた松崎寛さんが、修業期間を経て、下北沢で『トロワ・シャンブル』を始めたのは1980年だ。天井の太い梁、松の一枚板で作られたカウンターなど、ほとんど開業当時のままだという。1977年創業の『いーはとーぼ』では、年季の入った調度品が味わい深く、本棚には古い蔵書がぎっしりと並ぶ。ジャズやロックが大きめの音量でかかっているのも、昔から変わらない。
1964年から続く老舗町中華『珉亭』も、「下北沢といえば」と言われる一軒。先代のこだわりがそのまま受け継がれた江戸っ子ラーメンや、ひと目で珉亭のものだとわかる特徴的な色をしたチャーハン、通称「赤チャーハン」は地元のソウルフードだ。若かりし日の松重豊さんや甲本ヒロトさんがアルバイトをしていた場所でもあり、壁にはゆかりの有名人のサインがずらり。
名所ともいえる老舗が次々と閉店していくなか、この『珉亭』や、かつての常連客が2代目として店を継いだカレー店『茄子おやじ』がにぎわっているのは、心底うれしい。
再開発が大詰めを迎えた下北沢は、今まさに過渡期。通りが整備され、例えば『くらうま しもきた』のようなカフェ、スイーツなどの新しいスポットがどんどんとでき、人の流れが大きく変わった。老舗と新スポットの印象にはギャップがあるが、その雑多さ、選択肢の多さもまた街の魅力。毎年10月の「下北沢カレーフェスティバル」などイベントを開催すれば、街を挙げて盛り上がる。
変わってしまうのはさみしくもあるけれど、せっかくならだた憂うだけでなく、新時代の幕開けだと期待したい。どこにでもある景色ではなく、新たな「下北沢らしさ」が、ここからまた形成されるのだと信じて。
取材・文=信藤舞子 イラスト=杉崎アチャ






