コーヒーの香りで時の流れをゆるやかに
ふらっと暇つぶしに入り、新聞や雑誌をめくりながら一服。書斎代わりにしている作家が「いつもの席」でコーヒーを飲みつつ執筆し、タバコで頭を切り替えたという話も聞く。そこがビジネス街なら打ち合わせに使ったり、猛スピードでランチを食べ終えたサラリーマンが、時間ギリギリまで煙をくゆらせる。「コーヒーとタバコはセットで楽しんだよね」と、御茶ノ水駅からほど近い『喫茶 穂高』の粟野芳夫さんは証言する。
様相が変化したのは90年代後半。『スターバックス』『タリーズ』などいわゆるシアトル系のコーヒーチェーンが日本進出し、深煎いりのエスプレッソベースで作るカフェラテや、トッピングを追加したアレンジコーヒーが流行した。また、これらの外資系チェーンとは別軸でキャラ立ちした個人店のカフェが増加し、2000年前後、全国的なカフェブームに。好奇心旺盛な若者たちは、さらに古きよき喫茶店の魅力を再発見したいと行動範囲を広げ、行きたい店に印をつけた案内本を片手に喫茶店&カフェ巡りをした
一方、健康増進法が施行された2003年を境に、喫煙エリアが制限される流れも。2018年に改正健康増進法ができ、2020年に全面施行されると飲食店などあらゆる施設で原則屋内禁煙に。喫茶店は喫煙者の安息地ではなくなってしまった。
「でも、おかげでようやく来られたって言ってくれる人もいたんです」と、『喫茶 穂高』の粟野のり代さん。山小屋のような店内に入ると、御茶ノ水駅周辺の喧騒が一気に遠のく。2004年に改装はしているが、カウンターの上のレリーフなど使えるものは大事に再利用し、雰囲気は昔のまま。バリアフリーにしたことでベビーカーが入りやすくなり、「近くに病院があるんですけど、その帰りに車椅子で寄ってくれる人もいるんです」と話す。
今では上野『古城』のような喫煙可能店は希少だ。「新しいものに敏感な大正モダンボーイで、愛煙家だった創業者・松井省三さんの気配を残すため」と松井祥訓さん。90年代以降、変化したのはメニュー構成で、かつては界隈(かいわい)の重役がコーヒーを飲みに来るのが中心だったので、フードはミックスサンド、トーストぐらいしかなかった。若者が来店するようになってナポリタン、カレーライスなどの料理を増やしたという。
1998年3月号の第2特集「喫茶店かくあるべし!!」では、「意外なつながりを持つ兄弟店」として『邪宗門』を取り上げた。当時、同名の喫茶店が全8軒あったが、チェーン店ではない。最初にあったのは国立で、門主(『邪宗門』では店主をこう呼ぶ)の名和孝年さんはコーヒーを淹れる腕はピカイチ、そして本職は手品師。元常連の作道明さんは名和さんに惚(ほ)れ込み、コーヒーと手品の手ほどきを受け、脱サラして『世田谷邪宗門』を開店した。国立の次に古い荻窪の『邪宗門』が再開発で移転を余儀なくされ、野方で再開予定だが、現在営業中なのは都内だと世田谷だけになってしまった(2026年3月現在)。
暇つぶしの場所から目的地に
2015年、清澄白河に『ブルーボトルコーヒー』の日本1号店ができ、コーヒー豆にこだわるサードウェーブが押し寄せた。自家焙煎に注力する個人店が急増し、豆の販売とテイクアウトが中心のコーヒースタンドも出現。ライフスタイルや流行の変化、世代交代の波が喫茶店に及ぼす影響は大きい。閉店する店も相次いだが、その中で朗報もあった。
下北沢の名店『ジャズ喫茶マサコ』がかつてのスタッフによって、約10年ぶりに再開されたというニュースが届いたのが2020年。moeさんは、高校時代から旧「マサコ」に通い、大学に入学した1995年にアルバイトを始めた。お世話になった2代目の福島信吉さんから引き継いでみないかと言われ、閉店後はスピーカーやレコードを保管していたそうで、新生『マサコ』ではそれらをまた大事に使っている。2025年、同じく下北沢の老舗「カフェ・ド・パルファン」跡地に2号店『ジャズ喫茶マサコ パルファン店』をオープンさせ、常連客はその日の気分に合わせて使い分けるという。
「学生時代は『荻窪邪宗門』や『それいゆ』(西荻窪の老舗喫茶店)に通っていました」と語ってくれた西荻窪『喫茶閃光』の亀田真希さん。喫茶店好きが高じて『それいゆ』で働くようになり、阿佐ヶ谷のバーで間借り営業を経験した後、2024年、念願だった自分の店をオープンした。
徹底された世界観の中に身を置くと、「昭和レトロ」なコンセプトカフェとは一線を画す、喫茶店への強いリスペクトを感じる。むしろよりブラッシュアップされた喫茶店の概念を感じ取ることができて、なんだかわくわくする。
ちなみに、『古城』に入ると「いらっしゃいませ!」と若いスタッフが元気よく迎えてくれる。客層に合わせてスタッフも若返らせたそうで、みんな舞台役者やバンドマンのような個性的なファッションをしていてかっこいい。『世田谷邪宗門』の建物はアニメ『境界の彼方』の写真館のモデルになっていて、ファンが聖地巡礼に来ることが増えた。「みんないい子で、荒らしみたいなへんな人はいませんよ」と作道裕明さん。形が変わっても、喫茶店が誰かにとって居心地のいい場所であることはこの先もきっと変わらない。
代々熟成された空気に酔いしれる『ジャズ喫茶マサコ』【下北沢】
1953年の創業以来、下北沢のオアシス。再開発に伴い2009年に閉店したが、2020年、かつてのスタッフ・moeさんが現在地に場所を移し、満を持して再開した。旧「マサコ」でも使われていたスピーカーがでんと構え、それに向かって席を配置。降り注ぐ音に包まれ、浸れる。
『ジャズ喫茶マサコ』店舗詳細
アットホームな空間でほっとひと息『喫茶 穂高』【御茶ノ水】
店主の粟野芳夫さんが妻・のり代さん、娘の奈津子さんと営む。創業者は芳夫さんの母だが、「女性がしっかり者だから自分は婿だとお客さんに思われてる(笑)」。改装してはいるが使えるものは再利用し、1955年開業当初の懐かしさが随所に。コーヒーの味も当時のまま。
『喫茶 穂高』店舗詳細
ヨーロッパの古城を模した夢の世界『古城』【上野】
階段を下り、地下とは思えぬ広い店内にびっくり。光るステンドグラスが圧巻で、シャンデリアも優雅さを演出している。現店主の松井京子さんの父・省三さんが自らデザインし、1963年に創業。長年愛されてきたミックスサンドは、手作りマヨネーズのコクと塩気が絶妙。
『古城』店舗詳細
築60年の店内に門主の個性が凝集『世田谷邪宗門』【世田谷代田】
御年91の門主(店主)・作道明さん。国立にあった元祖『邪宗門』で修業し、1965年に開店。現存するのれん分け4軒のうち「門主が健在なのは親父だけになりました」と息子の裕明さん。モカベースのコーヒーを垂らして食べるあんみつコーヒーは作道さんのオリジナルだ。
『世田谷邪宗門』店舗詳細
あふれ出す、喫茶店へのリスペクト『喫茶閃光』【西荻窪】
ミントグリーンのテーブルにメニューが並ぶと、物語が始まったよう。メレンゲの白鳥が羽を休めるレモンゼリーは、甘酸っぱさにときめく。大学時代、自室で喫茶店を再現し、手作りケーキで友人をもてなしていた店主の亀田真希さん。ここは喫茶店好きの憧れそのもの。
『喫茶閃光』店舗詳細
喫茶店の歩み
1953年6月
『ジャズ喫茶マサコ』 オープン
1955年ごろ
『喫茶 穂高』(御茶ノ水)オープン
1963年
『古城』(上野)オープン
1965年
『世田谷邪宗門』(世田谷代田)オープン
1996年8月
日本初の 『スターバックス』が銀座にできる
2000年ごろ
「喫茶・カフェブーム」 が起こる
2009年9月
『ジャズ喫茶マサコ』(下北沢)閉店
2012年ごろ
「昭和レトロブーム」 が起こる
各メディアで喫茶店が取り上げられるように
2015年2月
『ブルーボトルコーヒー』
日本1号店(清澄白河)オープン
以降 「コーヒーサードウェーブ」 に
2015年12月
『村田商會』(西荻窪)立ち上げ
喫茶店の家具・雑貨を販売
2020年4月
『ジャズ喫茶マサコ』(下北沢)再オープン
2024年11月
『喫茶閃光』(西荻窪)オープン
取材・文=信藤舞子 撮影=井原淳一
散歩の達人2026年4月号より








