屋敷直子
1971年、福井県生まれ。2007〜16年まで、『散歩の達人』で街の書店を紹介する連載を担当。17年、連載をまとめた『東京こだわりブックショップ地図』を上梓。
ベストセラー本の悲喜こもごも——90年代
1997年、池袋駅東口に『ジュンク堂書店 池袋本店』が開店した。当時、道をはさんで向かいには「リブロ」、西口には「芳林堂書店」、『旭屋書店』があり、それぞれに特色をもち住み分けができていた。
「池袋本店が立つ横の東通りは、かなり寂しい通りでした」。開店時のスタッフだった大内達也さんは話す。「2001年に増床して2000坪になるんですが、開店時はその半分で、1階はレジと雑誌だけ。ベストセラーを積んで売るのではなく、専門書を極限まで揃えるタイプの店でした。増床して棚が増えると、より専門性が高い本を後先考えずに仕入れて圧倒的な品揃えに」。
ジャンルを一望できる見事なラインアップは、ここに来れば探している本があるという信頼につながり、増床後は1階のレジが大行列になることも多かった。
同じ97年、現在『本屋Title』の店主である辻山良雄さんは、『リブロ』に入社する。最初の配属先は大泉店(大泉学園駅)。「当時売れていたのは、『五体不満足』(乙武洋匡)、『失楽園』(渡辺淳一)など、誰もが共通の話題として知っている本。世の中の動きと、本屋さんの店頭がリンクしている時代でした」。
だがベストセラーだからといって、どの店にも入荷するとは限らない。新刊は出版社から取次を経て書店に届くが、店の規模や販売実績によって入荷冊数は調整され、必ずしも希望通りではないのが出版流通の常。
大江戸線中井駅すぐに店を構える『伊野尾書店』の伊野尾宏之さんは、「99年、24歳のときに実家の本屋で働き始めたんですけど、『五体不満足』はほんとうに入ってきませんでした。お客さんから注文を受けても入荷するのは10〜14日後で、その間にもどんどん注文が入る。入荷してきたものをお客さんに手渡すだけで、店の棚に並ぶことはなかったです」。
古書店の『よみた屋』が吉祥寺に店を開いたのも97年。92年に西荻窪、95年に阿佐谷に続いての開店で、「品揃えとしては軽い小説やエッセイが半分近くありました。高い値がついたのは、70年代に刊行された『ジャガーバックス』などの子供向けサブカルチャー。妖怪、宇宙人など、おどろおどろしいタッチのイラストで描いた大百科シリーズです。当時は、質はともかく本の量はたくさんありました」と店主の澄田喜広さんは話す。「新刊の出版動向が、古本界に表れてくるのに約20年かかるというのが僕の考えです」。
今から30年前、1996年は出版物の販売金額がピークだった。1冊当たりの発行部数も多く、同じ本が大量にある状態で、それがブックオフのような新古書店を生むきっかけとなる。そこへインターネットの大波がやってきた。
ハリー・ポッターとインターネット——00年代
2000年、Amazonが日本で開業、02年にはマーケットプレイス(マケプレ)が始まる。とはいえ、ネット通販がすぐに浸透したわけではなかった。なにより00年代は、ハリー・ポッターシリーズの時代だ。『伊野尾書店』は本を確保すべく、04年に中小書店が集まって共同仕入れをするグループ「NET21」に参加。「『世界の中心で、愛をさけぶ』(片山恭一)が38冊入荷して感動しました。忘れられないです。ハリー・ポッターは新刊が発売されるとテレビのニュースになって、うちも朝8時から店頭で売りました」。
当時、リブロの「福岡西新(にしじん)店」に赴任していた辻山さんも、開店前に店頭販売し、飛ぶように売れたという。予約は800件を超えた。「本が社会現象になるとは、こういうことなんだと思いました」。
一方、『双子のライオン堂』の店主、竹田信弥さんは、00年代前半、高校生の頃からネットで古本を売っていた。ブックオフで100円の棚から自分の好きな本を買い、紹介文を書いて自分のサイトで売る、というものだ。「ぜんぜん売れませんでした。いつかリアルの店舗を開きたい、そのために土日は本屋をやってるという気持ちでやっていたんです。自分のメンタルの安定のために。でも08年くらいにマケプレに登録すると、すごく売れ始めた。知り合いからの買い取りやセドリで在庫も増えてきたんですけど、ただ売ってるだけで“自分の店”ではないと感じ始めました」。大学時代、就職してからもネット古書店を続けていた竹田さんは、13年4月、白山に『双子のライオン堂』を開店する。
00年代は、不忍ブックストリート一箱古本市(05年〜)を皮切りに、各地でブックイベントが開催され、店主の意志や嗜好(しこう)を映した独立系書店が生まれ始めた時期でもある。一箱古本市は開催マニュアルが共有されて広がり、参加したことで本を売る楽しさに目覚めた人が、のちに自分の店を開く。10年代に入ると、独立系書店の紹介記事や、店主が書いた本など情報が増えたことで、新たな店が次々に生まれていった。
雑誌の衰退と試行錯誤——10年代
16年1月、18年勤めたリブロを退社した辻山さんは『本屋Title』を開く。「リブロが入居していた西武百貨店との間で契約更新ができず、15年7月に「池袋本店」が閉店しました。諸事情ありましたが、こんなつまらないことでお店がなくなるのであれば、小さい場所でも自分でやれば本を売り続けられるかもしれないと思った。14年に母が亡くなって、生き方を見直す機会でもありました」。
『リブロ』で積み重ねてきたことを生かし、一冊一冊に目が行き届いた品揃えは安心感がある。開店して10年。「万人受けする本はあまり売れないように思います。情報誌より、より踏み込んだ内容の本が売れる。この10年で、雑誌に載っているような情報はインターネットで無料で得られるようになりましたしね」。
伊野尾さんも「00年代はまだ本が売れる時代でした。10年代になると、まず雑誌が売れなくなります。スマホが普及して画面を見ている時間が増えるし、紙媒体は速報性に劣る。雑誌の立ち読みが減り、文庫とコミックも、ゆるやかに売上げが下がっていく。14年春にリニューアルして雑誌を減らし、児童書と人文書を増やしました」と話す。
それぞれの挑戦が広がる未来——20年代
現在、かつてのような社会現象になるほどのベストセラーは減り、売れるものが細分化している。たとえ刊行時にSNSでバズっても2カ月後には誰も話題にしない。情報はつきることなく自動更新されていく。そうした高速回転の時代である。
『伊野尾書店』は26年3月末日で閉店を決めた。同じ場所で、トランスビューという出版社の書店として再開し、伊野尾さんは店長となる。
一方でジュンク堂書店の齊藤加菜さんは、「当店が担う役割がすこし変わってきています」という。「書店さんの数が減ってきたので、専門書だけでなく話題書も置く間口の広さが必要になってきました。10年前に比べると、1階の話題書売場が広がり、展開の工夫にも注力しています」。
『双子のライオン堂』の竹田さんは、「本屋として読むことに責任をとりたい」という。
「うちでは読書会を相当数、開いています。本を売って終わりじゃなくて、アフターケアとして後押ししたい。読むことは考えることとイコールだと思うんです。読むことで本自体の価値が上がる。次の10年は、読書から本屋をつくり直したい」。
出版・書店市況は、30年前からずっと未曽有の危機である。だからこそ、書店員は孤軍奮闘し、ときに連帯し、本を売り続けてきた。いま、書店だけでなく出版社も取次もミニマムな組織が増えてきて、本を取り巻く場は多様化している。一冊の本が発する小さな声を聞きに、書店へ足を運びたい。
書店での体験の価値を上げていきたい『ジュンク堂書店 池袋本店』【池袋】
専門書を愚直に揃え続け、長くお客さんの信頼を得ている。1階の“ツインタワー”はアカデミックとカルチャーの棚があり、入荷する新刊から選び抜かれた本が並び、いまを知るためのよすがになる。2026年は創業50周年。現在、記念グッズやイベント参加料が割引になるジュンク堂書店応援サポーターを募集中(店頭で受付)。
時代との“ずれ”を大切にしていく『本屋 Title』【荻窪】
店は荻窪と西荻窪の間、青梅街道沿いにある。「店全体の空間から、いろいろなものを買ってもらいたい」と辻山さんは話す。2階のギャラリーでは原画展などを開催。駅からすこし歩き、店内をすみずみまで見ることで呼吸が深くなり視界が鮮明に。本を選び、読む体験が自分のなかに積み重なっていくことに気づく場だ。
夏からは新たな店として再出発『伊野尾書店』【中井】
開業は1957年。店主の伊野尾宏之さんの父が始めた。商店街の一角にあり、地元の人たちが雑誌や新刊を日々買っていく。2026年3月31日に閉店。同じ場所で6月から「BOOKSHOPトランスビュー 大江戸中井店」として開業。出版社であるトランスビューの本のほかに、一般書籍も並ぶ予定。新たなスタイルの書店になるはずだ。
読むことで、本の価値を上げていく『双子のライオン堂』【赤坂】
店主の竹田さんは、100年先に本と本屋を残したいという思いで店を開いた。作家や批評家による選書と、竹田さん自身の選書で、店内の棚はぎっしり。読書会、文芸誌の発行、選書サービス、イベント参加など、100年残すための試行錯誤が続く。入居する建物の建て替えで2026年末で閉店。現在、次の場所を探している。
世情を映した本を次世代へつなぐ『よみた屋』【吉祥寺】
開店を待ちかねたように、お客さんが入店、数冊の本をレジへ。店頭の均一棚をのぞきこむ人が途切れない。そうした光景が日々くり返されている。幅広い分野が系統立てて棚に納まり、さながら図書館のような光景だ。店主の澄田さんいわく「昔の映画を観るように、30年、50年前の世情が分かるのが、古本屋の機能です」。
取材・文 = 屋敷直子 撮影=高野尚人
『散歩の達人』2026年4月号より







