お話を聞いたのは…… 澁谷正則さん(トップ写真中央)
OECマルシェ株式会社 代表 所沢ローカルファースト事業団 団長
「肉目的で所沢まで来る価値、十二分にあり!」
2003年、地元・所沢でフランス料理店を開業し、地産地消の取り組みを開始。2013年にOECマルシェを設立し法人化。さらに展開を拡大。2019年には地域資源のPRを行う所沢ローカルファースト事業団を設立した。
これが所沢の“地元肉”だ!
所沢牛
東所沢の肉牛専業畜産農家・見澤牧場が開発した、乳牛と黒毛和牛の交雑種。とろけるような肉質と、シルキーで上品な脂の風味が特徴で、その味わいに感動した澁谷さんが2018年に“所沢牛”の名を付けた。約200頭が飼育されている中から8頭が毎月出荷され、所沢ミートセンターが買い付け。現在では約30軒の店舗に卸されている。
武蔵野Z豚(ぜっとん)
2020年、所沢ローカルファースト事業団が生産者支援のために名付けた肉豚。「最も長い飼育期間を所沢で過ごし、事業団が認定した生産者に肥育され、日本食肉格付協会で等級付けされ、なおかつ事業団が確認、買戻しした豚」にその名が付く。細かなサシの入った霜降り肉には、驚くほど濃厚で力強い味わいが宿っている。
所沢ブランド肉の名付け親、澁谷さんの本拠地へ!
「所沢には、所沢牛と武蔵野Z豚というブランド肉がある」
そんな噂を聞き、食べられる店を探していると、必ず「澁谷正則」なる人物の名前が挙がってくる。どうやら澁谷さん、これらブランド肉の名付け親。所沢の地場食材のPRをすべく、飲食店経営からイベント出店など、実に手広い活動をしている人だった。ならば、お話を聞かぬわけにはいくまい!
所沢牛と武蔵野Z豚のルーツと魅力を聞きに、澁谷さんの本拠地である『所沢ミートセンター』へ向かった。
澁谷さんは、調理師学校を卒業後、フランス料理店で修業。大使館勤務や外資系企業のイベント運営なども経験し、2003年に地元・所沢でフランス料理店を開業した。
「この頃から地場食材を使おうと、地元農家との付き合いを大事にしていました」。
でも、付き合いを深めていくほど、農業の収益化の難しさを知る。
「毎年、どこかの農家が辞めていくのを目の当たりにする。なんとかしなければ、と思ったんです」。
無名の“所沢産”に名を付け、振り向かせる
より地産地消に思いを向けるようになった澁谷さんは、その後も地場食材をテーマにした飲食店舗を開業。その中で、2015年に出合ったのが所沢産の牛肉だ。
「ひと口食べて、衝撃を受けました。柔らかいし、味わいも上品で奥深い。でも、同時に『なんてもったいないんだ!』とも思いました」。
どれだけ上質な肉でも、そのまま出荷されてしまってはただの“国産牛”。それに加えてこの頃すでに、所沢で牛肉を育てている農家は2軒だけ。その希少性ゆえ、市内でしか出回らないにもかかわらず、地元民ですら、この肉が所沢産であることを知らないのだ。
「所沢の人々に、この牛肉をどこの誰が育てたのか知ってもらいたい! ならば、所沢産の牛を一頭買いして、名前を付けてブランドにしてしまおう! そのためには肉屋が必要だ!」。
そう考えた澁谷さんは、小手指(現在は所沢へ移転)に『所沢ミートセンター』を開業し、精肉の加工・卸を開始。2018年には焼き肉店『所沢牛焼肉 べこ助』を開き、このタイミングで“所沢牛”という名を付けたのだった。
「お客様の多くが『こんなにおいしいお肉が所沢にあったの?』と、驚いていました」。
現在、所沢牛の卸先は約30軒。その味わいの虜(とりこ)になり、リピートする客が非常に多いという。
「少しずつですけど着実に、所沢の人々に知られてきていると思います」。
さて、所沢産の豚肉にも名前が付けられるのは、所沢牛がその名を授かってから少し後。2020年のことだ。
すでにこの頃、さまざまな地域資源のPRを行う所沢ローカルファースト事業団を立ち上げていた澁谷さんは、地元では知る人ぞ知る有名人に。そんな中、大正から続く食品肉加工事業者から「所沢の豚で商品を作りたい」と行政を通じて依頼が来た。
「私がフランス料理店を開業した2003年には市内に10軒ほどあった豚の畜産農家が、2020年にはわずか2軒になった。年々減り行く農家を目の当たりにして『早くなんとかしたい』と思っていました」。
その後、所沢ローカルファースト事業団によって“武蔵野Z豚”の名が付けられた。冠された“Z”は希少性を意味し、同団体が設けた規定を満たした豚肉のみ、その名を名乗ることができる。
「その名とともに、多くの人々に生産者のことを知ってほしい」。
あくまで澁谷さんの行動原理は生産者支援なのだ。
所沢ミートセンター
“所沢牛”は見澤牧場から、
“武蔵野Z豚”は佐久間畜産から、
『所沢ミートセンター』へ!
所沢産専門の精肉店であると同時にセントラルキッチンも兼ね備え、新商品の開発が進められている。
弁当や総菜を常設で買うこともできるほか、精肉は基本卸のみだが、月に一度の直売会で一般販売もある。
●11:00~17:00、日・月休(直売日除く)。
☎04-2907-6510
地場農業を、持続可能な事業に
「小規模農家で牛や豚を育てるためには、繁殖・育成・出荷と、本当に大変な作業の繰り返しなんです」。
費やした時間に対して市場での単価が上がらず、なかなか事業として成り立たない。それでは、家業を継ぎたいという人も増えていかない。
「だから、所沢牛や武蔵野Z豚のように上質な畜産物、農産物にブランドという価値を付けることで市場価値を高め、多くの人々に知ってもらう。消費者にも自分が口にしているもののことを知ってもらって、地域として生産者を支えていけるようにしたい」。
そう語る澁谷さんは、現在、精肉・卸・店舗運営に留まらず、カレーやジャーキーといった商品の研究開発、イベント出店、果ては生産者である見澤牧場の牧場主・見澤孝仁さんと小学校へ赴き、授業を行うなど、留まることなく展開を広げている。驚きのフットワークの軽さ。これが生産者や行政など、多くの人を巻き込む力を生み出し、生産者を支えるコミュニティーを着実に作っている。
「給食で、所沢牛のビーフシチューを出したこともあるんですよ」。
うらやましい!
そこでぐうっと腹の虫が鳴いた。それを聞いた澁谷さん、
「たっぷり味わっていってください」
とにっこり。澁谷さんがほれ込む所沢牛と武蔵野Z豚、どのような味なのか。ああ、待ちきれない!
【所沢牛】希少オブ希少な極上の味わい。とろける瞬間を堪能したい
所沢牛焼肉 べこ助[狭山ヶ丘]
もはや説明不要の、どストレートな旨味
所沢牛の魅力を伝えるために2018年にオープンした所沢牛専門店。看板の所沢牛いいとこセットは「肉の特徴である柔らかさを味わえる部位を厳選しています」と、店長の高橋圭祐さん。炙(あぶ)る程度にサッと焼いたなら、米酢をちょいとかけ、ほおばる。まるで舌の上で溶けるような柔らかさにうっとり。サラサラの脂の甘みと米酢のかすかな酸味も相性バッチリだ。
STAR NEST CAFÉ(スター ネスト カフェ)[西所沢]
肉のポテンシャルを追求したパティに刮目(かつもく)
もとは地産地消カフェだったが、2022年に沼倉史弥さんと小林裕人さんが引き継ぎ、バーガーカフェに。看板のスターネストバーガーにかぶりつけば、サクフワ香ばしいバンズの風味が鼻腔を抜ける。所沢牛を手切り、手もみした自家製パティは、ほろりほぐれつつ驚きの弾力。さらに、溶け出した脂がテリマヨソース、アボカド、チェダーチーズと混ざり合い、後引く味わいを残す。
tocottoキッチン[所沢]
食材への愛があふれる地産地消バル
店主の小林太陽さんは、生まれも育ちも所沢。「地元民にこそ、地産食材の素晴らしさを知ってほしくて」と、店を開業。仕入れている地場食材への思い入れは深く、実際に生産者のもとで仕事を手伝うほどだ。人気は、塊でじっくり焼き上げた所沢牛のステーキ。口に運べば、しっとりとした舌触りとともに、トリュフと赤ワインソースの芳香がふわっ。凝縮した肉の味わいが後を追い、酒が進む。
【武蔵野Z豚】驚愕の濃厚風味。とことん旨味を噛みしめたい!
ツリーハウスカフェnico rico[小手指]
ほのぼの空間で肉々しいランチタイムを
広場のカフェでオーダーしたら、見晴らしの良いツリーハウスで食したい。冬季は炬燵(こたつ)が付いていて、ぬくぬくだ。ニンニク香る醤油タレが食欲をそそる豚ロースステーキ丼は「リピーターが多いんです」と、店長の笠(りゅう)ひろみさん。ご飯とともにかき込めば、しっとり食感に包まれた力強い肉の風味が次の一口を誘う。
●10:00~17:00、不定休(悪天候日は営業時間変更、臨時休業あり)。埼玉県所沢市北野1-22-22 西武池袋線小手指駅から徒歩25分。
☎04-2941-3152
JIGONA Cafe[東所沢]
郷土料理の武蔵野うどんを力いっぱいすすれ!
所沢の食材をふんだんに使ったメニューが看板のカフェ。中でも人気の肉汁うどんは、出汁にたっぷりの地場野菜と、江戸時代から続く老舗・深井醤油のつゆを使い、味の決め手は「やっぱりZ豚から染み出た脂!」と、店長の齊藤伸枝さん。コシ強い麺を肉汁に付けてすすれば、肉の脂が野菜の甘みを増幅。箸を進める手が止まらぬ!
●9:00~16:00LO、無休。埼玉県所沢市松郷143-3 YOTTOKO内 JR武蔵野線東所沢駅から徒歩12分。
☎04-2968-5414
所沢土産 だるま[所沢]
もつ鍋屋さんが作った看板二本柱
所沢市の焼き鳥&もつ鍋店『だるま』が1月に西武所沢S.C.でオープンした地産食材特化の総菜&もつ鍋店。部長の大井智理さんが「この店のために作った看板メニュー」と、胸を張るのは、Z豚の角煮まんだ。2㎝カットの極厚バラ肉はトロットロで、中華パンにしみ込むタレときたら。本店で人気のジャンボシューマイも、肉感が半端ない!
●10:00~20:00(イートインは11:00~15:00)、無休。埼玉県所沢市日吉町12-1 西武所沢S.C.B1F 西武新宿線・池袋線所沢駅から徒歩1分
☎080-6703-5766
所沢市観光情報・物産館 YOT-TOKO(よっとこ)[東所沢]
家に帰っても味わいたい所沢の肉
「おみやげも、凝ったものありますよ」と語るのは、武蔵野Z豚を担当している田川純さん。ステーキやヒレなどが並ぶ中、ひときわ目を引くのは、埼玉に工場を持つ日進ハムとコラボしたハム・ジャンボンブランだ。舌にのせればきめ細やかにほぐれ、塩味が後追う逸品。狭山茶や深井醤油など、ほかの名産とともに持ち帰りたい。
●9:00~17:00、無休。埼玉県所沢市松郷143-3 JR武蔵野線東所沢駅から徒歩12分
☎04-2968-5414
取材・文=高橋健太(teamまめ) 撮影=高野尚人
『散歩の達人』2023年3月号より