この辛さと濃厚さが、長年にわたり常連の胃袋を掴んできた
店舗があるのは、神保町のなかでも新旧さまざまなカレー店がひしめく一角。この可愛い子鹿の看板が目印だ。
店内はカウンター席とテーブル席があり、かなり広々とした印象。実はこの店舗、2020年3月に移転したばかり。席数は倍になり、グループ客でも入りやすくなった。カウンター上に貼られた居酒屋(?)メニュー的なものが気になりつつ、まずはカレーをいただくことに。
注文したのは、看板メニューのポークカレー940円。濃厚そうなカレールーとおおぶりな三枚肉の塊に、なんとも期待が高まる。まずはルーを一口……。
「辛い!」
それが第一の感想。でもただ“辛い”だけではなく、いろいろな辛さや塩味、さまざまなものが重層的に押し寄せてくるというか……いわゆる「日本式カレー」とも、「インド風スパイスカレー」とも違うテイストだ。ただ言えるのは、とにかくライスが進む味だということ。ちなみにライスは100gから400gの特盛まで同じ価格とのこと、なんとも嬉しいサービス。
このパンチの効いたカレーと合わせ、スプーンでほぐれるほど柔らかく煮込まれた三枚肉を口に入れる。いやー、このガッツリさがたまらない! 入っているジャガイモは一度茹でた後に揚げられているもので、素揚げの風味と食感がいいアクセントに。辛い、美味しい、辛い、美味しい……脳内でそう繰り返していたら、あっという間に完食。
「辛くなかったですか?」
そう声をかけてくれたのは、店主の福富さん。「辛かったです。でも美味しかったです」と伝える。この味はどうやって出しているんですか? 思い切って聞いてみた。
「うーん、そんなに特別なものは使ってないんですよね……強いて言うなら、いわゆるインドカレーのスパイスだけではなく、タイカレーに使用するような材料が入っているところでしょうか」
なるほど! この重層的な辛さの秘密が少し解けたような気がする。
実は福富さん、かつて早稲田にあった人気カレー店『メーヤウ』に在籍していた。2008年に『メーヤウ』が神保町店に移り、そして2013年に現在の『カレー屋ばんび』を開いたという経緯がある。筆者は学生時代、福富さんが居た時代の早稲田『メーヤウ』に食べに行った思い出があり(食べていたのは今回のメニューではなく、タイカレーばかりだったけど)、貧乏学生だった自分にとっては、時々食べられるごちそうでした……そんな思い出を語ると、懐かしそうに笑ってくれた。
「長く通ってくださるお客さん、多いんですよ。嬉しいですよね」
いやいや、嬉しいのは私たち客の方だ。通い続けていた店の「好きだった味」が、ある日突然食べられなくなる……年を経るごとに、そんな現実を何度も体験することになる。長くお店を続けていくことの難しさも知る。ただ、この味の中毒になってしまうと、これはもう長く続けてくれることを祈るしかないのでは? 心の底からそう思ったし、多分長年“福富さんのカレー”を求めて通い続けている人は、みんな同じ気持ちなのではないだろうか。
煮込み系のカレー店は基本のルーは1〜2種類というところが多い中で、こちらはタイカレーやバターチキンカレーなど4種類。これも『メーヤウ』時代からの名残りというが、仕込みが大変じゃないですか? と聞いてみると。
「いや、大変ですよ! 何やってるんだろう、と思うときもありますけど(笑)。それでも、ずっとこのメニューを愛してくれているお客さんがいるので、なくせないんですよね」
長年この店に通い続ける人が多い理由が、さらにわかった気がした。
夜は居酒屋営業も。バラエティに富んだメニューが魅力
こちらの店、夜は居酒屋営業も行っている。どうしても壁に貼られた居酒屋メニューにそそられるので、人気のドリンク&おつまみメニューをいただくことにした。
ローストポーク(ハーフ)500円、ラッシーハイ550円。注文すると、福富さんから「大丈夫ですか?」と確認の声が……飲んだあと、その理由がわかる。この店のカレーの辛さを和らげてくれる、あっさりしてとても美味しいラッシー。ゴクゴク飲んだあと、焼酎の濃さが割と容赦ないことに気づくも時すでに遅し。これ、かなり危険なドリンクであることは間違いない。
色鮮やかなラタトゥイユが添えられたローストポークは、肉そのものの美味しさをシンプルに味わえる。思わずここがカレー専門店であることを忘れてしまいそうな、肉好きにはたまらない逸品だ。これで500円はかなりお得!
いろいろと厳しい状況が続く昨今だが、福富さんの明るい人柄とカレーの味になんだか元気をもらったような気分になり、お店を後にする。今度はグリーンカレーを食べに来よう。外食と“飲み”を楽しめるようになったら、かつて一緒に『メーヤウ』を食べていた友達に声をかけてみようかな……そんなことを思いながら。
構成=フリート 取材・文・撮影=川口有紀