800坪ワンフロア、というぜいたく空間
JR立川駅を降りると、まずその規模に圧倒される。北口には大きなペデストリアンデッキが張り巡らされ、髙島屋に伊勢丹、丸井、ルミネ、IKEAまである。これはもはや一つの都市だ。東京の中の一つの街には違いないけれど、東京とはまた違う場所に来たような思いにとらわれる。
そして数ある商業ビルの一つ・パークアベニューの3階に『オリオン書房ノルテ店』はある。『オリオン書房』は現在都内に9店舗。「オリオン」とはむろん、星のオリオン座から来ているが、サイトには「オリオン書房の創業は昭和23年12月。開店時、師走の夜空に一番星として君臨していた星です」といううつくしい説明がある。昭和23年(1948年)というと人間なら団塊の世代にあたり『ノルテ店』は2022年で21年目だから、祖母・祖父と孫くらいの時間の差がある。それだけ長く地域に愛されている証拠だろう。
さて店内に入るとまあ、広い広い。なにしろ800坪ワンフロアである。そこに、人文書に各種専門書、ビジネス、実用書、参考書、児童書・絵本、芸術書、マンガ、新書に文庫、あらゆるジャンルが網羅された総合書店である。そして雑誌はもちろん、文具も豊富。
都心の書店だったら、こんな広大なワンフロアを1つの書店が占有するのは不可能ではないだろうか。
大木幸二店長にお話をうかがう。
「私は元々ここのオープニングスタッフでした。それからあちこちの店に行ったり、別の業務経験を積み、また店長として戻ってきました。戻った際に感じたのは、なにしろ800坪ありますから、たくさん本を並べられるのはいいけれど、どうしても全体がのっぺりとした空間になってしまうな、という反省でした。そこでいろいろ工夫を始めたんです」
巧みなディスプレイで惹きつける
その工夫とは、広いフロアの中にキチンとメリハリをつけること。
「非常に細かい部分まで、ディスプレイを考えました。高低差を付けたり、面出しを増やしたり、各ジャンルでお客様に目を留めてもらえるような立体的な見せ方をしています。また私が店長になってから文具のボリュームも増やしています」
背表紙しか見えない書棚だけでなく、カバーが正面から見えるようにする「面出し」は、最近はほとんどの書店で定着しているとはいえ、ここ『ノルテ店』では、最新刊の面出しは当然として、各ジャンルでそれぞれテーマ別に本を集めて、popの付け方などもいろいろ変えて見せる、いわば編集作業が日常的に行われている。
こうした見せ方があると、普段は人文科学しか見ないけどあっちの生物学も面白そうだとか、純文学ばかり買ってしまうけどミステリもこんなふうに見せてくれると興味が湧いてくるなとか、そんな印象を与えることも可能になってくる。
そして、ミステリといえば、フロアの一角にある『本棚珈琲 ノルテ店』(ここはノルテ店の中にあるが独立店舗としてカウントされていて、冒頭に9店舗と書いたうちの1つである)では、取材時、「クリスティーズカフェ」なる試みが行われていた(3月25日まで)。これはアガサ・クリスティ原作の映画『ナイル殺人事件』の公開に合わせたもので、クリスティ作品にまつわる期間限定メニューが味わえる。近年、ブックカフェが増えてきているが、クリスティという1人の作家だけでメニューを展開し、しかもカフェの壁を書棚にしてしまう発想は他に類を見ない。
広いという魅力は、ともすれば単調に見えかねず、また「とても回り切れない」疲れの印象をもたらすこともあるかもしれない。しかしこれらの工夫に満ちたディスプレイの編集棚があれば、あちこち回遊しても新鮮さは失われない。
これらはさながら、800坪をドライブするための、それぞれ個性に満ちた「道の駅」のようだ。
豊富なイベントで飽きさせない
ディスプレイの工夫に加えてもう1つ、力を入れているのがイベント。これもスペースに余裕があればこそできる特長だろうか。
「『子どもたちといっしょに70年。福音館書店70周年記念展』と題したイベントを2022年5月8日(日)まで開催しています。福音館書店さんはすばらしい絵本をずっと出し続けてこられた版元さんでファンの方も多いですから、こちらからオファーして実現させました。コロナ禍の中、書店から足が遠のいている方も少なくないと思いますが、こちらはぜひ小さな子さんも含め、ご覧いただきたいです」
あの本も、この有名な絵本も、大木店長の言葉通り、福音館書店は多くの児童書を出版し続けてきた。その全貌が見られるとはめったにない機会である。会期中はあの『ぐりとぐら』の原画展をはじめ、林明子さんのエスキース(下絵)原画展、新刊『はるのにわで』(澤口 たまみ 文/米林宏昌 絵)のパネル展も同時開催される(※それぞれの会期は店のサイトでご確認ください https://libroplus.co.jp/shop/1017/)。
そしてレジカウンター近くでは、いくつもの机をつなぎ合わせて設けた大きな長方形の台座があり、取材時にはそこに下の写真のように、びっしりと、こけしが並んでいた。「恋するこけし」と題した展示である。
「このスペースでは、およそ45日サイクルくらいでさまざまなイベントを行っていますす。こけしの次は、『本のある生活』と題して、本や読書まわりの文具などを並べ、また本について書かれた本、“本の本”を置く予定です」
どこまでも広がる水平の規模と、さまざまな工夫や見せ方でその都度立ち止まって眺めてしまう垂直の棚の魅力。その両方に加えて豊富なイベントの数々が待っている。
立川という場所にこれまで縁のなかった人にも、できればたっぷり時間に余裕のある日に、ぜひとも訪れてみてほしいと思う。
取材・文・撮影=北條一浩