行き止まりの路地にあるとっておきの空間
降り立ったのは、世田谷線のほぼ中間地点にある世田谷駅。冬の風物詩「世田谷のボロ市」で知られるボロ市通りがすぐ近くにある。2両編成の電車が走るガタンゴトンという音と、人々が生活を営む音が溶け合い、なんだか心地よい。買い物客でにぎわう商店街を背に住宅地を進むと、行き止まりの路地に『喫茶 mammal』の小さな立て看板が見えた。
木造アパートの、向かって右側の白いドアを開く。玄関で靴を脱ぎ、用意されていたスリッパに履き替えると、少しずつ緊張が解けていくのがわかる。店内のレイアウトは程良く余白があり、おかげでほんのひととき、ここにいる間はリラックスモード。景色を楽しめる窓際、壁に向かって一人の世界にこもれるカウンター席、店内を見渡せる円卓など、気分に合わせて座る場所を選ぶのも醍醐味の一つだ。
元々は薬局の店舗兼住宅だったというこの空間。表にドアが2つ並んでいる謎の答えはそれで、右側が住居スペースの入り口だった。左側には店舗に出入りするための引き戸があったらしく、そこに明かり取りの小窓と、普段は開閉しないドアをはめ込んだ。日中はそこから自然光が入り込み、テーブルや床板の木目を柔らかく照らす。
『喫茶 mammal』の公式HPには、いくつかルールが書かれている。例えば、訪れる際は「お一人、もしくはお二人」で。写真撮影は手元のみ、パソコンの使用は控える。これを不便と感じる人もいるかもしれないが、すべて「静かで穏やかな空間作り」のため。あえてそうすることで、束の間、自分に帰ることができるのだ。
「決まってカウンター席に座って、読書をする常連さんがいます」「編み物をする人もいました」と店主夫妻。窓の外を眺めたり、あるいは「何もしない」という過ごし方もいい。ランチをして食後のデザート、コーヒーまでじっくり楽しんでいく人もいれば、仕事の休憩時間に立ち寄って、コーヒーを飲むだけの人もいる。忙しい時ほど、ほんの一瞬でも喧騒を離れ、ひと息つける喫茶店が身近にあるとうれしい。
お気に入りの席で浸る、プリンとコーヒーのマリアージュ
今日は、前述した小窓のそばへ。世田谷線が見え、電車が来ると、窓枠が額縁に見えてまるで味わい深い風景画みたい。庭に面した南向きの席も、目の前を走り去る電車を見ることができ、どちらにしようか少し迷った。常連客にはそれぞれお気に入りの席があり、いつも同じ席に座る人も少なくないそうだ。
メニューはどれも耳なじみがあり、親しみを感じるものばかり。プリンやコーヒー、クリームソーダなど、普遍的な喫茶店メニューが揃う。
「その中でどのようにしてオリジナリティを出すか。くり返し来てくださる方にとって飽きのこない味を作るように心がけています」
コーヒーは時季によって入れ替えつつ、中煎りを中心に2、3種類揃え、1杯ずつハンドドリップしている。
人気のカスタードプリンは、うっとりするほどなめらか。「この舌触りにするため、卵液に気泡が残らないように何度も何度も濾(こ)す」のだとか。なおかつしっかりした食感もあり、ひと口目から感じる弾力は「卵液に生クリームを混ぜているから」。そうすることで風味がさっと流れず、口の中で緩やかに留まってくれるので、コーヒーの香りとゆっくり合わさる。その余韻もまた絶妙である。
自家製シロップで作る季節のクリームソーダ
種類豊富なクリームソーダやフロートについても触れておきたい。なかでも季節のクリームソーダは、自家製のシロップが使われていてジューシーで果実味が強い。香りにも勢いがあり、ハツラツとした印象。
「果肉を砂糖に漬けて、毎日かき混ぜて様子を見ながらシロップにします。日数をかけることでさらに砂糖で味が凝縮されて、果物の個性がよりはっきり出ているのかもしれません」
そんなシロップを存分にたっぷり使っているため、氷が溶けても薄くなる心配がない。焦ってゴクゴク飲まなくても大丈夫、自分のペースでじっくり味わえばいい。終盤、アイスと混ざり合うとミルキーな甘みが生まれ、それもまた魅力。最後まで楽しめる、手間隙かけた一杯だ。
他には、ケーキやスコーンにもシーズナルメニューがあり、訪れるたび楽しみ。空腹ならナポリタンにコーヒー、食後のプリンという喫茶店ならではの組み合わせもできる。食事メニューも一つひとつていねいに作られていて、ナポリタンは濃厚な自家製ソースを使用している。
「行き止まりの場所でひっそりと、束の間のひとときをお愉しみください」
公式HPに書かれていたひとことを、改めて噛み締める。静かな空間で何にも邪魔されることなく、自分の時間を過ごす幸せ。お供には、ぜひ『喫茶 mammal』の甘いものたちを。
取材・文・撮影=信藤舞子






