異文化の路地を歩く、世界を感じる散歩道
かつて東京オリンピック選手村だった代々木公園をはじめ、国内外の切手や文具を所有する『切手の博物館』や、近代建築の巨匠による『自由学園明日館』など多様な文化が根づく国際都市・東京で異文化を体感しよう。
開催期間:2025年10月29日(水)~11月4日(火)
歩行距離:約10.4km
所要時間:約150分
スタート地点:渋谷駅 南改札外
「駅からハイキング」ってなに?
「駅からハイキング」とはJR東日本が企画する、駅を起点とした日帰りウォーキングイベント。参加費・予約は不要で、開催期間中、受付時間内にスタート地点となる駅へ行けば、誰でも参加可能。今回特別編として山手線環状運転100周年を記念し、JR社員と『散歩の達人』編集部が共同で、山手線を一周できる5つのコースを作成した。
※開催日時の詳細は「駅からハイキング」公式ホームページに掲載。
最新文化渦巻く谷から、100年前の叡智が育てた森へ
渋谷駅のハチ公口を出ると、まぶしさに思わず目を細めてしまう。日差しのせいではなく、エネルギッシュな空気に圧倒されるからだ。
若者文化やトレンドの発信地としてにぎわってきた渋谷の街は、海外でも名の知れた日本の街のひとつ。いつも各国から集まった観光客でひしめき合い、多言語が飛び交っている。谷底の渋谷駅を擁する渋谷の街には、今や世界各国のトレンドが流れ込み、渦巻いているのかもしれない。このスクランブル交差点は、人だけでなくカルチャーも交差する地点というわけだ。
線路に沿って北へ進み、国立代々木競技場のそばを通ると、原宿駅が見えてくる。カルチャー発信地として渋谷に負けずとも劣らない竹下通りや表参道でにぎわう駅東側に対し、西側に広がるのは広大な森。代々木公園と明治神宮が織りなす都会のオアシスだ。
明治神宮は、明治天皇と皇后の昭憲皇太后(しょうけんこうたいごう)を祀って大正9年(1920)に創建された神社。その周囲に広がる深い杜は、創建当時原野だった場所につくられた人工の森だ。自然の力で成長する「永遠の杜」、つまり自然林に近い状態をつくるべく計画した叡智の結晶で、その多様な生態系は世界からも注目を集めるほど。2011年に行われた調査では約3000種もの動植物が確認され、絶滅危惧種も何種かいるとか。
南参道の神橋の脇には、森との親和性を意識した建物の『明治神宮ミュージアム』も立つ。ここでは、神事の道具や植樹作業のジオラマ、宝物殿から引き継いだ明治天皇ゆかりの御物などを見学できる。
インターナショナルタウンを歩けば海外旅行気分
明治神宮の北参道を抜けて、内苑と外苑をつなぐ裏参道へ。ここで、首都高の高架下にかわいらしい公衆トイレを発見! 銅製の屋根や端正な石垣など日本の伝統建築の趣きもありながら、先進的でスタイリッシュな要素もあるデザインだ。実はこのトイレ、マーク・ニューソン氏デザインの「THE TOKYO TOILET」の1つ。
高架をくぐり、踏切を越え、見えてくるのは新宿の高層ビル群。新宿駅は、乗降者数の多さでギネス記録を持つ大ターミナルで“世界一の駅”とも呼ばれている。その周辺は文化のスケールも桁違いで、多国籍かつグローバルな地域でもある。
新宿駅前の喧騒を抜け出し、線路脇をたどって新大久保駅に近づくと「おやっ?」と思う。明らかに街の雰囲気が変わってくるからだ。
新大久保といえば韓国、というイメージを持つ人も多いだろう。特に駅の東側一帯はコリアンタウンで、日本最大級の韓国カルチャー発信地。韓国食材店や焼肉店、コスメショップなどが軒を連ね、看板やポップにはハングル文字が目立つ。若者たちが憧れの韓国を訪れた旅行者さながら目をキラキラさせて歩くのを見ると、まさに日本で韓国旅行ができる街といっていいのかもしれない。
その一方、特に駅の西側に多いのが、イスラムの戒律によって食べることが許されているハラル食品を扱う店。そもそも新大久保にはタイ、ネパール、ベトナムなどアジア系の留学生や労働者も多く、韓国だけにとどまらないインターナショナルタウンなのだ。なかでも『ネパール民族料理アーガン新大久保店』は、多民族国家ネパールの本場の味を味わえる。
この店で提供しているのは、ネワール族とタカリ族の料理。特にタカリ族の料理はおいしいと評判で、ネパール国内でもタカリ族の料理を出すレストランが多いのだとか。アーガンスペシャルタカリセットは、まずギー(バター)をごはんにかけ、カレーを混ぜ、ダル(豆)のスープをかけ、トマトのアチャール(漬物)も加え……と混ぜて食べ進めよう。多彩な味の変化が楽しく、スパイスの風味もくせになる。辛いものに自信がなくても、「これがおすすめ! いちばん人気」と店主が話すマンゴーラッシーを合わせれば、ぺろりと平らげてしまう。
静かな住宅地の一角で、生きた名建築に出合う
インターナショナルな雰囲気はまだ続く。さらに北上して、隣駅・高田馬場駅周辺もまたアジアの文化が花咲くエリアだ。特にミャンマー出身者のコミュニティが形成され、リトル・ヤンゴンと呼ばれるようになって久しい。学生街であることも相まって、渋谷や新宿とは一味違った活気のある街並みだ。
目白駅に近づくと、にぎやかな路地とは打って変わって閑静な通りが続く。目白~池袋駅間で線路の西側を走る道には、「F.L.ライトの小路」という名がついているようだ。F.L.ライトとは、近代建築の巨匠フランク・ロイド・ライトのこと。どうしてまたその人の名前が? と思いながら道をたどっていくと、住宅地のなかに『自由学園明日館』の品格のただよう姿が現れた。
大正10年(1921)、フランク・ロイド・ライトの設計の『明日館』は、羽仁もと子・吉一夫妻が創立した自由学園の校舎として建設された。自由学園が東久留米市に移転してからは一時取り壊しも検討されたものの、歴史的・芸術的価値が評価されて重要文化財の指定を受け、一般公開されるように。その大きな特徴は、建物を使いつづける“動態保存”にこだわっているということだ。
「今後100年は使えるようにと、耐震化も含めた保存修理が行なわれました」とは、広報担当の岡本真由美さん。「どう使いたいか、どう使えるのか、試行錯誤しながら活用の幅を広げてきました」。現在は講座や結婚式、コンサートに利用されていて、見学可能日には館内を自由に見学できる(建物見学料500円。2025年11月1・2日、4日は見学不可)。
※見学可能日の詳細は『自由学園 明日館』公式ホームページに掲載。
床や天井の段差で空間を区切った内観が立体的で、見る角度によって印象も変わるからおもしろい。日本文化の影響を強く受けていたフランク・ロイド・ライトがつくりだす空間は、和と洋、双方の要素を感じることができるのも魅力だ。
岡本さんは「学校だった建物なので、触れないなどの制限が少なく、じっくり見ていただけると思います。ぜひお気に入りの場所を見つけて帰ってくださいね」と話してくれた。
街角に息づく異国の文化は、人の思いと熱意があってこそ
池袋駅に近づくと、再び多彩なにぎわいが顔をのぞかせる。「昔は中国系が多かったけど、ミャンマーやネパール、バングラデシュの人も増えてきた印象です」と話すのは、日本初のマレーシア料理専門店といわれる名店『マレーチャン』の店主・福澤笙子さんだ。
福澤さんが『マレーチャン』をオープンしたのは1994年のこと。大学教授だった夫の教え子にマレーシアからの留学生が多く、彼らに故郷の味を食べさせてあげたいと立ち上がったのだ。当時日本ではハラル料理を食べられる店はなく、ハラルという言葉自体もあまり知られていなかった頃。勉強を重ね、現地に何度も足を運び、食材もマレーシアから仕入れて提供する『マレーチャン』の料理はムスリムにも好評だ。とはいえなじみのない味ではなくむしろその食べやすさに驚くが、日本人に合わせたアレンジはせず正真正銘本場の味だという。
「多民族国家のマレーシアでは、中国やインドの食文化も受け入れて進化しているので、誰でも食べやすく日本人の味覚に合うものも多いんですよ。エスニックのひとつとして、もっと広めていきたい」と福澤さん。2024年には東池袋に2号店もオープン。池袋は、まだまだ知らないマレーシアの魅力に出合える街でもあるのだ。
約10kmの道中に詰まった色とりどりの文化。じっくり歩いてみると、その多様性とルーツの奥深さに驚かされる。異国の文化を堪能した後は、日本らしさも「海外からの視点」で捉えることができて、新鮮に感じることができたり新たな発見があったりするのもおもしろい。
ゴールの池袋駅に向かいながら、ふと我に返る。山手線の一部を歩いたはずだけど、気づけば世界を一周してきた気分だ。これって、ハイキングという名のワールドツアーだったっけ?
【コース➁渋谷駅→池袋駅】の詳細はこちら!
本記事で紹介した渋谷駅から池袋駅にかけて歩くコースの、受付時間やコース行程などの詳細はこちらからチェック!
山手線環状運転100周年スペシャルコース開催一覧
【コース① 高輪ゲートウェイ駅→渋谷駅】東京に残された鉄道文化と自然をめぐる
開催期間:2025年10月22日(水)~28日(火)
【コース② 渋谷駅→池袋駅】異文化の路地を歩く、世界を感じる散歩道
開催期間:2025年10月29日(水)~11月4日(火)
【コース③ 池袋駅→日暮里駅】下町情緒を感じながら文学の足跡を追いかける
開催期間:2025年11月5日(水)~11日(火)
【コース④ 日暮里駅→東京駅】名建築が交錯するモダンゾーン
開催期間:2025年11月12日(水)~18日(火)
【コース⑤ 東京駅→高輪ゲートウェイ駅】鉄道の今昔を歩く
開催期間:2025年11月19日(水)~25日(火)
参加者にはスペシャルなプレゼントも!
スペシャルコース参加時、各駅で駅ハイアプリの画面を提示するとオリジナルスタンプ帳をプレゼント!
※各コース受付時にスタート駅で配布。先着順・各コース数量限定。デザインは全て同じとなります。
取材・文・撮影=中村こより





