東京に残された鉄道文化と自然をめぐる

山手線を跨(また)ぐ白金桟道橋には古いレールが使用され、渋谷リバーストリートには旧東急東横線の線路支柱が残されている。目黒川で静寂を感じつつ、街の端々から感じ取れる鉄道文化に触れてみよう。

開催期間:2025年10月22日(水)~28日(火)
歩行距離:約9.3km
所要時間:約150分
スタート地点:高輪ゲートウェイ駅 北改札出口

「駅からハイキング」ってなに?

「駅からハイキング」とはJR東日本が企画する、駅を起点とした日帰りウォーキングイベント。参加費・予約は不要で、開催期間中、受付時間内にスタート地点となる駅へ行けば、誰でも参加可能。今回特別編として山手線環状運転100周年を記念し、JR社員と『散歩の達人』編集部が共同で、山手線を一周できる5つのコースを作成した。

※開催日時の詳細は「駅からハイキング」公式ホームページに掲載。

歴史という名のレールがつながる“CITY”から出発

中心の広場、Gateway Park。商業施設「NEWoMan TAKANAWA」は2025年9月12日にオープンしたばかりだ。
中心の広場、Gateway Park。商業施設「NEWoMan TAKANAWA」は2025年9月12日にオープンしたばかりだ。

高輪ゲートウェイ駅の改札を出たとたん、ガラス張りのビルに映る青空がまぶしいスタイリッシュな光景が目の前に! 2025年3月に“まちびらき”を迎えた「TAKANAWA GATEWAY CITY」は、ハイキングの幕開けにもふさわしい玄関口だ。

「100年先を見据えた実験場としてさまざまな実証実験が行われていて、無人で動く自動走行やデリバリーロボットも順次稼働しているんですよ」と話すのは、ブランディング・プロモーションを担当する一蝶(いっちょう)政博さん。5つの建物で構成されるこの街は、2026年春にグランドオープンを控えてにぎわいを増しつつある。

明治時代の鉄道開業時、実際に鉄道が走っていた場所には、レールが埋め込まれた遊歩道「高輪リンクライン」。さらに、当時海だったこの地に線路を敷設するために築かれた「高輪築堤」の史跡公開も予定されている。近未来の都市のようで、その発展の土台を支える鉄道の物語をも実感できる場所なのだ。

鉄道の歴史をたどれる「高輪リンクライン」。施設の西側を南北に通る。
鉄道の歴史をたどれる「高輪リンクライン」。施設の西側を南北に通る。
スイスイ進む自動走行モビリティに乗ってGateway Parkを散策してみるのもあり!
スイスイ進む自動走行モビリティに乗ってGateway Parkを散策してみるのもあり!
住所:東京都港区高輪2-21 ほか/営業時間:総合インフォメーションは10:00〜20:00/アクセス:JR山手線高輪ゲートウェイ駅直結

高輪ゲートウェイ駅から第一京浜(国道15号)を南下し、山手線の起点駅である品川駅を通り過ぎると、八ツ山橋が見えてくる。新橋~横浜間に日本初の鉄道が開業した明治5年(1872)、東海道が線路を跨ぐために架けられた跨線橋で、たもとには古い親柱も保存されている。

この地は武蔵野台地の突端にあたり、かつては品川の海に突き出す岬が8つあったことが「八ツ山」という地名の由来ではないかといわれている。そのいわれも納得の、「たしかに山だ」と思わせる上り坂がここから始まる。

八ツ山橋から見下ろす線路。奥には第一京浜が線路を渡る新八ツ山橋も見える。
八ツ山橋から見下ろす線路。奥には第一京浜が線路を渡る新八ツ山橋も見える。
八ツ山橋~新八ツ山橋間の上り坂。線路敷設の際は御殿山や八ツ山を切り崩した土砂を使用したそう。
八ツ山橋~新八ツ山橋間の上り坂。線路敷設の際は御殿山や八ツ山を切り崩した土砂を使用したそう。

山を越え、川に沿って、街なかの緑を前に深呼吸

御殿山庭園へと続く小道。生垣の向こうには山手線も見える。
御殿山庭園へと続く小道。生垣の向こうには山手線も見える。

八ツ山の坂を上ったら、第一京浜とお別れして御殿山庭園の脇を抜ける道へ。御殿山といえば「城南五山」と呼ばれる高台のひとつ。八ツ山のほか、花房山、池田山、島津山などの総称で、いわば高級住宅地だ。そんな山々の南側をぐるりとまわり込むように走るのが山手線の品川~五反田駅間。静けさを堪能しながら緑の多い坂を上り下りした後は、目黒川の穏やかな水面が出迎えてくれる。

居木橋から目黒川の上流方面を眺める。
居木橋から目黒川の上流方面を眺める。

大崎駅を横目に進んだら、山本橋からしばらくは目黒川のほとりを歩いてみる。水辺の公園や緑道が整備された川沿いは心地よい風が流れ、カワウやカルガモなど水鳥の姿を見かけることも。春は桜の名所としても人気だが、秋にほんのり色づく紅葉もまた風情がある。

五反田駅の南で目黒川を渡る人道橋・ふれあいK字橋は、周囲を行き交う鉄道も見どころ。下流側には山手線や埼京線が通る上目黒川橋梁、上流側には末広がりのやぐらのような「トレッスル橋脚」に支えられた東急池上線のぐっと高い高架橋と、いつまでも眺めることができる景色が楽しい。

ふれあいK字橋は、上から見るとその名の通りKの文字に見える。
ふれあいK字橋は、上から見るとその名の通りKの文字に見える。
五反田駅に出入りする東急池上線の車両。
五反田駅に出入りする東急池上線の車両。

目黒川を離れて坂を上り、目黒駅まで来たら、ぜひとも寄り道したい場所がある。それは、広大な敷地の「国立科学博物館附属自然教育園」に隣接する『東京都庭園美術館』。昭和8年(1933)に皇族・朝香宮家の自邸として建てられ、1983年に美術館として開館した。アール・デコ様式の建築の特性を生かした展示が魅力で、建物自体もひとつの美術品のよう。美しい彫刻ガラスの扉や細かなレリーフ、部屋に合わせたモチーフが粋なラジエーターカバーなど、数々の意匠に彩られた空間の多彩な表情に夢中になる。

部屋ごとにデザインの異なる照明も見事。本館・新館の観覧料は展覧会によって異なる。
部屋ごとにデザインの異なる照明も見事。本館・新館の観覧料は展覧会によって異なる。
円形に張り出した窓が特徴的な大食堂。
円形に張り出した窓が特徴的な大食堂。

また、敷地内には茶室のある日本庭園のほか西洋庭園も整備されていて、散策にもぴったり。「お昼休みに庭園だけを利用する方も多いんですよ」とはスタッフの中島三保子さん。1年を通して庭園に何度も入園できる庭園パスポート(毎年3月に販売)もあるほどだ。2014年にオープンした新館にはカフェもあり、都心とは思えない静謐(せいひつ)な緑に囲まれるひとときが待っている。

※展示や観覧料に関する詳細は『東京都庭園美術館』公式ホームページに掲載。

2025年9月27日(土)~2026年1月18日(日)の展示「永遠なる瞬間 ヴァン クリーフ&アーペル」は完全予約制。
2025年9月27日(土)~2026年1月18日(日)の展示「永遠なる瞬間 ヴァン クリーフ&アーペル」は完全予約制。

街の歩みに思いを馳せながら頬張るちゃんぽん

古レールが使われている白金桟道橋から眺める山手線。
古レールが使われている白金桟道橋から眺める山手線。

今度は線路に沿って北上開始。白金桟道橋で線路の東側へ渡り、三田丘の上公園脇の坂を上ると「恵比寿ガーデンプレイス」の広場が見えてくる。

恵比寿駅の由来は七福神の恵比寿様……かと思えば厳密には違い、恵比寿様が由来のヱビスビールにちなむというのは有名な話。ここには1988年までヱビスビールをつくる日本麦酒醸造会社(現サッポロビール)の工場があり、恵比寿駅はそのビールの運搬用につくられた貨物駅だったのだ。どんな駅も街の成り立ちと鉄道の歴史には密接な関わりがあるけれど、恵比寿駅はそのつながりや痕跡がひときわ色濃く残っているといえるかもしれない。

恵比寿駅方面から見た「恵比寿ガーデンプレイス」。
恵比寿駅方面から見た「恵比寿ガーデンプレイス」。

1994年、工場跡地に「恵比寿ガーデンプレイス」が開業してから、洗練された街というイメージが強まる一方、人情味あふれる商店街が健在で飾らないあたたかさがあるのも恵比寿のいいところ。その筆頭が、長崎出身の夫婦が営む『どんく』だ。「当時は家賃が安かったから恵比寿にしたんだよね」と笑うのは、店主の田川誠さん。「まさかこんなにぎやかな街になるなんて」と妻の慶子さんもうなずく。

看板メニューのちゃんぽんや皿うどんは、カンスイのひとつ・唐灰汁(とうあく)を使った麺を長崎の製麺所から仕入れて使う。その独特の香りはまさに本場・長崎の味で、2日間かけて煮込む豚骨スープともさすがの相性。ハイキングでおなかをすかせて向かえば、熱々のちゃんぽんと夫婦のあたたかい笑顔で心身ともに満たされること間違いなしだ。

ちゃんぽん1000円。ランチではチキンカツや唐揚げも人気だとか。
ちゃんぽん1000円。ランチではチキンカツや唐揚げも人気だとか。
田川さん夫婦。長崎の味を懐かしんで長崎出身者もよく店に訪れるそう。
田川さん夫婦。長崎の味を懐かしんで長崎出身者もよく店に訪れるそう。
住所:東京都渋谷区恵比寿西1-14-2 サンライズビル1F/営業時間:11:30~22:00(金は〜23:00)/定休日:日・祝・第2・4・5土/アクセス:JR・地下鉄恵比寿駅から徒歩2分

今まさに進化中の駅でフィニッシュ

恵比寿駅の西口からは、渋谷のビル群が山手線の向こうに見える。
恵比寿駅の西口からは、渋谷のビル群が山手線の向こうに見える。

恵比寿を出たら、再び線路に沿って北へ向かおう。途中、交差点で右折して線路から離れるのだが、その先の弧を描いた道にピンと来る人もいるはず。ここは東急東横線の線路が走っていた場所で、当時の道路と区画が残っているがゆえのカーブ。2013年に東横線の渋谷駅が地下化してからは、遊歩道や施設にその面影が見られるというわけだ。

線路跡地にできた施設「渋谷ブリッジ」は、線路のカーブを生かしたデザイン。
線路跡地にできた施設「渋谷ブリッジ」は、線路のカーブを生かしたデザイン。
かつての高架橋の柱番号が記されたオブジェも。
かつての高架橋の柱番号が記されたオブジェも。

線路跡を伝って進むと、やがて道はビルの間を縫って流れる渋谷川と並び、ともに渋谷駅へ向かう。渋谷川に沿った道は「渋谷リバーストリート」なる遊歩道として整備されていて、線路があった頃を偲(しの)ばせるモニュメントたちがそこかしこにある。高架の橋脚やレール、戦前にあった旧並木橋駅ホームの再現まで! 探究心に導かれて歩いていると、線路跡はあっという間に渋谷駅へと吸い込まれていく。

渋谷川がつくる空間の向こうに顔をのぞかせる、渋谷駅前のビルたち。
渋谷川がつくる空間の向こうに顔をのぞかせる、渋谷駅前のビルたち。

ゴールの渋谷駅は、世紀の大規模再開発中。その様子を横目に今日の道のりを振り返ってみると、なんだか歴史の一部をたどったような気分になる。道すがらには、鉄道と街が重ねてきた物語が脈々と息づいていて、山や川、線路や駅、そして街と人とがいかに関わり合ってきたかをしみじみと実感するのだ。レールに導かれて歩いた道は、過去から未来へ続く東京の旅の縮図だったのかもしれない。知れば知るほど、そして歩けば歩くほど、ちょっぴりタイムトラベルできちゃうのだから、「駅からハイキング」はやめられないのである。

【コース➀高輪ゲートウェイ→渋谷駅】の詳細はこちら!

本記事で紹介した高輪ゲートウェイ駅から渋谷駅にかけて歩くコースの、受付時間やコース行程などの詳細はこちらからチェック!

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山手線環状運転100周年スペシャルコース開催予定一覧

【コース① 高輪ゲートウェイ駅→渋谷駅】東京に残された鉄道文化と自然をめぐる
開催期間:2025年10月22日(水)~28日(火)
【コース② 渋谷駅→池袋駅】異文化の路地を歩く、世界を感じる散歩道
開催期間:2025年10月29日(水)~11月4日(火)
【コース③ 池袋駅→日暮里駅】下町情緒を感じながら文学の足跡を追いかける
開催期間:2025年11月5日(水)~11日(火)
【コース④ 日暮里駅→東京駅】名建築が交錯するモダンゾーン
開催期間:2025年11月12日(水)~18日(火)
【コース⑤ 東京駅→高輪ゲートウェイ駅】鉄道の今昔を歩く
開催期間:2025年11月19日(水)~25日(火)

参加者にはスペシャルなプレゼントも!

スペシャルコース参加時、各駅で駅ハイアプリの画面を提示するとオリジナルスタンプ帳をプレゼント!
※各コース受付時にスタート駅で配布。先着順・各コース数量限定。デザインは全て同じとなります。

取材・文・撮影=中村こより 撮影=オカダタカオ(TOP画像) 画像提供=PIXTA