人々の日常に寄り添い、フランスの食文化を伝えるパティスリー
オーナーシェフの永井紀之さんが、下高井戸で『Pâtisserie Noliette』を創業したのは1993年。それ以前は、日本におけるフランス菓子の先駆け・河田勝彦さんが始めた尾山台『Au Bon Vieux Temps(オー ボン ヴュー タン)』のオープニングスタッフとして、2年ほど経験を積んだという。その後フランスに渡り、パリで腕を磨いたのち、スイス、ルクセンブルグなど、ヨーロッパ各地で修業。6年後に帰国し、満を持して自分のお店を開いた。
ショーケースをのぞくと、端正で美しいケーキがずらり。フランス菓子と聞くと、芸術的なデコレーションを施されたケーキがパッと思い浮ぶけれど、『Pâtisserie Noliette』のケーキは、どちらかというとクラシカルな魅力を兼ね備えている。よくよく考えれば、日本にも「ハレ(非日常)」と「ケ(日常)」の概念があるように、フランス人が毎日のようにきらびやかなケーキやコース仕立てのフランス料理を食べているわけではない。ただ、日常の中にアクセントを取り入れるのが上手なのだ。
「フランスで暮らしてみてわかったことですが、普段の食事は簡単に済ませても、週末ごとにおいしいケーキやクロワッサンを買いに行ったり、みんな楽しみ方を知っているんです」と永井さん。多くのフランス人にとって、パティスリーに通うことは日常の一部だという。そんなフランスの食文化を伝えることで、人々の日常がより豊かになるように。『Pâtisserie Noliette』のお菓子には、そんな想いが込められている。
日々の食卓をにぎやかにしてくれるお菓子やパンが揃う
スペシャリテは、商品名に店名を冠したノリエット。しっとり焼き上げたクラシックショコラの生地に香り高いガナッシュをかけ、無糖の生クリームを絞ったオリジナルのチョコレートケーキだ。冷蔵庫から出してすぐ食べるより、常温で5〜10分置いておくといい。そうするとより口溶けがよくなり、生クリームのふわっとした舌触りと控えめなミルクの甘みが、チョコレートのコクとカカオの風味を際立たせてくれる。
店内を見渡すと、ケーキだけでなく、焼き菓子やチョコレート、コンフィズリー、さらにヴィエノワズリーと呼ばれる菓子パンなど、さまざまな商品が並んでいる。
王冠のような形をしたクグロフは、ブリオッシュ生地のパン。フランスのアルザス地方からオーストリア、スイス、ドイツのあたりでよく食べられている伝統的なヴィエノワズリーだ。ドライフルーツがふんだんに使われ、焼き上がりにシロップをかけているので食感はふんわりしっとり。頬張るとオレンジ酒の香りが舞い上がり、うっとりさせられる。
「日本では珍しがられますが、フランスのパティスリーにはパンを置いている店も多いんです」と永井さん。そう聞くと、フランス人の食生活とパティスリーが密接に結びついているというのもよくわかる気がする。『Pâtisserie Noliette』は、パンのお供でもあるコンフィチュールも種類豊富。秋頃からはクロワッサンも始めるそうで、楽しみだ。
贈り物にしやすいマカロンもファンが多い一品。日本人の味覚に合うように砂糖の量を極限まで減らしているため、甘さが控えめで、歯触りも軽い。材料のアーモンド粉は、イタリア産のアーモンドをホールで仕入れ、店内で粉にする。そのため鮮度がよく、油脂分がしっかりある品種を選んでいるため奥深い味わいや、豊かな余韻が生まれるのだ。
難しいことを抜きにして素直な心で味わいたい
「40年前、私がこの世界に足を踏み入れた頃は、日本にフランス菓子の店はまだ少なかったんです」
フレンチのレストランはあったが、大体がホテルに入っているような高級店で、カジュアルなビストロや家庭料理を提供する個人店は今ほど多くはなかったという。文献も手に入りにくく、「本当のところフランスでは何がポピュラーなのか。それを知るためには、実際に行ってみないと」と考えた。本場で暮らし、そこで出合った「日常のお菓子」が永井さんのベースにある。
変化球を使い、他と比べて目立つケーキを作ることもできる。培ってきた知識を詰め込んで格式高く仕上げることもできる。けれども、「そういうこだわりは作る側の都合」と永井さんは首を横に振る。
「食べる時に難しいことを考えたり、その答え合わせをするのでは、まるで脳みそで食べるみたいでもったいない。まずは舌で味わって、単純においしいと思ってもらえるとうれしいです」
作り手のこだわりは、その後になんとなく感じてもらえればいいそうだ。
老舗ならではの成熟されたオーラがあり、洗練された赴きもある。それでいて人を緊張させない、程良い生活感も店内に漂う。「30代で店を始めた時に思い描いていたようなお店にできているか、今もずっと試行錯誤を続けています」と、永井さんの謙虚な姿勢が印象的。地域に根差した名店『Pâtisserie Noliette』は、今日も活気あふれる商店街で店を開ける。
取材・文・撮影=信藤舞子






