【千住大橋・谷中・西日暮里の切絵図】
根岸谷中日暮里豊島辺図
切絵図は安政3年(1856)版なので、いまから約170年前になるが、ほとんど田畑である。およそ行楽地には不向きに思えるが、粋で風流を好む江戸っ子には人気だったようだ。浮世絵は切絵図にもある「道灌山」で秋の虫の鳴き声に聞き入る様子が描かれている。
切絵図右側の寺町は、現在の日暮里駅から鶯谷駅あたり。「延命院」と「大圓寺」は変わらずに、青雲寺は「青運院」、経王寺は「経王院」、天龍院は「天龍寺」と寺号が若干異なるが、同じ場所に立っている。切絵図左側には隅田川があり、左上に「千住大橋」と「圓通寺」がある。円通寺はかつて百観音とも呼ばれ、コース19の切絵図には「観音堂」と紹介されている。この寺には上野戦争で新政府軍と戦った彰義隊の墓がある。
※掲載の古地図は、江戸の町を32区画に分割して作った切絵図を使用。すべて、麹町にあった金鱗堂が出版したもので、屋号である尾張屋清七から「尾張屋板(版)」と呼ばれる。鮮やかな多色刷りが特徴。
※切絵図内の白色の部分は【大名屋敷などの武家地・御用地】、赤色は【神社仏閣】、灰色は【町屋】、黄色は【道】、青色は【海・川・池】、緑色は【山林・土手・馬場・田畑など】を示している。
【散歩コース】
スタート:千住大橋駅は京成本線で上野駅から9分・200円。
京成本線千住大橋駅→(4分/0.3km)→史跡おくのほそ道 矢立初の碑→(12分/0.8km)→円通寺→(25分/1.7km)→御行の松→(25分/1.7km)→天龍院→(すぐ)→全生庵→(2分/0.1km)→大圓寺→(9分/0.6km)→延命院→(1分/0.1km)→経王寺→(14分/1.0km)→青雲寺→(4分/0.3km)→道灌山→(すぐ)→JR山手線・京浜東北線・地下鉄千代田線西日暮里駅
ゴール:西日暮里駅からJR山手線で上野駅まで6分・160円、池袋駅まで12分・200円。
今回のコース◆約6.6km/約1時間35分/約9200歩
旅立ち地で最初の一句を詠んだ「史跡おくのほそ道矢立初の碑」
松尾芭蕉は元禄2年(1689)に深川から隅田川を船で遡り、千住大橋から『おくのほそ道』の旅を始めた。橋の北詰め(足立区側)の大橋公園には「史跡おくのほそ道矢立初の碑」が、足立市場前のプチテラスには芭蕉像が立つ。
「史跡おくのほそ道矢立初の碑」詳細
弾痕の残る黒門は上野戦争の遺構「円通寺」
延暦10年(791)、坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)の開創といわれる。慶応4年(1868)の上野戦争では、当時の住職が命がけで旧幕府方の死者を弔った。その縁から下賜された弾痕の残る黒門や彰義隊戦死者墓がある。
「円通寺」詳細
輪王寺宮が小休止された伝説も「御行の松」
初代の松は時雨(しぐれ)の松とも呼ばれ、『江戸名所図会』や歌川広重の錦絵にも描かれた。昭和3年(1928)に枯れてしまい、現在4代目が植樹されている。近くの不動堂には、初代の松を刻んだ不動明王が祀られている。
「御行の松」詳細
近代医学の祖・伊東玄朴が眠る「天龍院」
寛永7年(1630)に神田で開創。慶安元年(1648)に現在地へ移転した。切絵図には「天龍寺」とある。幕末に天然痘の予防接種である種痘を推進した蘭医・伊東玄朴の墓がある。
「天龍院」詳細
山岡鉄舟ゆかりの禅寺「全生庵」
幕末の偉人・山岡鉄舟が明治維新で国事に殉じた人々の菩提を弔うために明治16年(1883)に建立。境内に山岡鉄舟のほか、『怪談牡丹灯籠』の作者・三遊亭円朝の墓がある。
「全生庵」詳細
腫れ物に霊験ある稲荷神を祀る「大圓寺」
天正19年(1591)に開創。本堂は瘡守(かさもり)稲荷を祀る薬王殿と日蓮像を祀る経王殿が棟続きになっている。錦絵の祖・鈴木春信と江戸三大美人・笠森お仙の碑が立つ。
「大圓寺」詳細
大奥の女性から崇敬された「延命院」
徳川4代将軍家綱の乳母である三沢局が開基。社殿などの諸堂は大奥が寄進したという。樹齢600年というシイの大木は『江戸名所図会』にも描かれている。
「延命院」詳細
日蓮聖人作の大黒天を祀る「経王寺」
幕末の上野戦争で彰義隊が立て籠もったことから山門に弾痕がある。創建は明暦元年(1655)で日蓮聖人作と伝わる大黒天を祀っており、旧谷中七福神の一つだった。切絵図には「経王院」とある。
「経王寺」詳細
滝沢馬琴が供養した筆塚が残る「青雲寺」
江戸時代は多くの文人墨客が花見に訪れ、花見寺と呼ばれた。境内には『南総里見八犬伝』の著者・滝沢馬琴が建立した筆塚がある。
「青雲寺」詳細
風流人が集った月見の名所「道灌山」
JR西日暮里駅の西側に見える高台は、江戸城を築城した太田道灌が出城を構えたという伝説から道灌山と呼ばれた。『江戸名所図会』には山頂付近に舟つなぎの松という巨木が描かれ、麓の青雲寺には松の碑がある。
「道灌山」詳細
取材・⽂・撮影=アド・グリーン
『古地図であるく 大江戸散歩地図』より






