アクセス
鉄道:JR・私鉄・地下鉄新宿駅からJR中央本線特急・普通乗り継ぎで約1時間50分の韮崎駅下車。一部、韮崎駅停車の特急もあり。
車:中央自動車道八王子ICから同道を利用し、韮崎ICまで約99km。同ICから市中心部まで約3km。市北部エリアへは須玉ICも利用可。
居心地のよさも格別の、こだわりマフィンの店『七曜日(ななようび)』
動物由来の食材や白砂糖を使わず、素材本来の優しい味が際立つマフィン(プレーン350円など数種)や焼き菓子の店。テイクアウトも可能だが、窓から射し込む光がまばゆい店内で、しばし日常を離れ、ゆったり過ごしたくなる。dripコーヒー550円ほかドリンクも多彩で、イートイン限定のヴィーガンメニューもある。
はるか遠き戦国の世に思いをはせる「甲斐武田家ゆかりの地」
甲斐武田家発祥の社(やしろ)であり氏神として尊崇された武田八幡宮(弘仁13年=822年創建)、始祖・信義公のものと伝わる墓塔がある願成寺(がんじょうじ)、武田信玄公の子であり最後の当主・勝頼公が戦国時代末期に築いた新府(しんぷ)城(織田・徳川の攻勢を前に築城後68日で落城)の跡など、かつてこの地を治めた甲斐武田家にまつわるスポットが各所に点在している。
伝統の味を守る市内最古のワイナリー『能見(のうけん)園 河西(かさい)ワイナリー』
大正7年(1918)創業。八ヶ岳のすそ野に広がる台地で収穫した良質ブドウを原料に、代々引き継がれた道具や製法を守って醸造している。扱うのは甲州とマスカット・ベーリーAを主体とした数種のワイン「Mont.8」(720ml 1800円~)で、八ヶ岳が描かれたラベルも印象深い。
築約50年の民家を改装したカフェ&食事処『WHITE BASE』
「土鍋で炊き上げた地元・円野(まるの)町のご飯を味わってほしい」と胸を張る定食は、定番2種と日替わり3種。テーブル・座敷・カウンター席があり、少人数からグループまでくつろげる。カフェメニューに加え、日本酒からカクテルまでアルコールも充実。ペット同伴可。
市街地にありながら隔絶された地のよう「雲岸寺(うんがんじ)」
市内を隔てる七里岩(しちりいわ)の南端に位置する寺院で、創建は室町時代の寛正5年(1464)。断崖が迫る境内には僧空海(弘法大師)自作と伝わる観音石仏や千体仏を安置した懸崖(けんがい)造りの窟(あな)観音御堂、七里岩を貫く洞窟(隧道〈ずいどう〉)があり、一種独特の風情を色濃く漂わせている。
商店街活性化の流れを生み出した韮崎市中心部のシンボル『アメリカヤ』&『アメリカヤ横丁』
韮崎駅のホームからも見える地上5階建ての『アメリカヤ』。長らく空き家だったビルに、地元出身で一級建築士事務所「IROHA CRAFT」代表の千葉健司さんが再び息を吹き込み、2018年に9つのテナントとフリースペースを備えた複合施設として復活。現在はカフェ・レストランや器を扱うセレクトショップ、アトリエなどが入居している。通りを隔てた一角には築70年の長屋をリノベーションした『アメリカヤ横丁』があり、創作料理やワインバー、クラフトビール専門店など趣向の異なる8店舗がひしめき合っている。
思いをぎゅっと詰め込んだ小さな本屋さん『YOMU』
編集・デザインから出版まで手がける土屋誠さんが、和菓子屋跡を活用し、2025年6月に書店をオープン。海外文学、エッセイ、料理本、絵本、哲学書などジャンルは幅広く、一般書に加えて個人出版のZINEまで、自らセレクトした書籍が揃う。カフェ機能を備えた読書スペースやギャラリーも併設。
地元情報に通じたスタッフが韮崎の魅力も発信『ニラサキヤSTAY』
見どころやグルメ情報の提供、さらには移住相談にも乗ってくれる「韮崎のガイドホテル」。気軽に利用できるSTAY1(全4室、シャワー・トイレ共同)とユニットバス付きのSTAY2(全6室)の2棟からなる。リノベーションを施した温かみある造りも特徴だ。
初心者からベテラン登山者まで幅広いニーズに対応『NEXT MOUNTAIN』
大手アウトドアメーカーでの勤務経験をもち、日本山岳ガイド協会認定登山ガイドでもある関根純里(じゅんり)さんが営む登山用品店。経験豊富ながら温和な人柄の関根さんが厳選したウエアからザック、シューズに至るまで、初心者でもすべての装備を揃えられるのが心強い。
至福の稜線闊歩(かっぽ)を楽しめる南アルプス北部の名峰「鳳凰(ほうおう)三山」
韮崎市西端に連なる地蔵ヶ岳・観音岳・薬師岳の総称。韮崎市側の主たる登山口は青木鉱泉と御座石(ございし)鉱泉で、途中の山小屋で宿泊するのが一般的だ。標高2500mを超える稜線からは日本第2位の高峰・北岳をはじめ、富士山・八ヶ岳・北アルプスなど名だたる峰々を一望。本格的登山のため準備は万全に。下山後は市内の日帰り湯で汗を流せる。
初めてではない土地で待っていた、新鮮な出来事
「この先に本当に店があるのだろうか」と半信半疑で枝道を進むと、ようやく目指す『七曜日』が見えてきた。窓際の椅子に腰かけ、木々の向こうに見え隠れする南アルプスの稜線を眺めていると、この旅で過ごした得がたい時間や出会いが次々と頭に浮かんでくる。
韮崎市に足を運ぶのは初めてではない。ただし、これまでは甘利(あまり)山や鳳凰三山、茅ヶ岳、瑞牆(みずがき)山などの登山口へ向かう際に立ち寄っただけで、実は知らないことだらけだと気づかされた。
甲斐武田家といえば甲府の印象が強いが、発祥の地は韮崎であり、国指定史跡の新府城跡が武田信玄の四男・勝頼が築いた城であることも初耳で、不勉強な我が身が恥ずかしくなる。新府城が置かれた細長い台地は市域を東西に隔てる七里岩の一角で、約20万年前の八ヶ岳の山体崩壊の痕跡だそう。七里岩の上を北へ進むと百年以上の歴史を誇るワイナリーがあったり、急坂を下り、釜無川を渡った先に古民家カフェを見つけたりと、どれもが新鮮な出来事ばかりだった。
『アメリカヤ』再生が活性化の起爆剤に
その七里岩の南端にあるのが雲岸寺で、岩を貫く洞窟や崖から張り出した御堂が興味深い。どうやらこの界隈が市の中心部のようだが、近くの商店街をのぞくと、個性的で感度の高そうな物件が次から次へと目に入り、すっかり驚かされた。
「経緯を知りたければ、こちらへ行くといいですよ」と教わったのが、『アメリカヤ』内に事務所を構える「IROHA CRAFT」で、事情を伝えると代表の千葉健司さんが応対してくれた。「この建物は前オーナーが亡くなって以来、15年間放置されていたんですが、私が丸ごと借り受けてリノベーションを手がけ、入居者を募って2018年に再オープンしたのが、そもそもの始まりなんです」と千葉さん。
これを機に韮崎に関心を寄せ、起業への強い思いを抱く県内外の人が一気に増え出し、空き店舗を活用した特色ある商店街へと変貌したのだとか。今回足を運んだ『YOMU』『ニラサキヤSTAY』『NEXT MOUNTAIN』はいずれも今年(2025年)開業した物件で、進化を続ける姿には感服するほかない。さらなる活性化に向け、行政も移住促進に乗り出すなど、今では官民挙げての大きな動きになっているそうだ。
ところで昨晩お世話になった『ニラサキヤSTAY』は、『アメリカヤ横丁』へ繰り出すのにも、登山の前泊にも使い勝手のよい宿だが、はしご酒と山歩きの両方を楽しみたい向きには、どちらを優先するか悩ましい一夜になるかもしれない。旅の最後に訪れた『七曜日』でそんなことに思いを巡らせていると、マフィンとコーヒーが席に運ばれてきた。せっかくなので、韮崎で過ごす特別な時間を、もう少し楽しんでいくとしよう。
【耳よりTOPIC】アートと山並みを同時に楽しむ散策路
2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞し、韮崎市名誉市民でもある大村智(さとし)博士。釜無(かまなし)川にかかる武田橋西詰から生家跡の韮崎大村美術館までの道のりは、中学生当時の通学路でもあり、受賞を記念して「幸福の小径(こみち)」と銘打った約1.8kmの散歩道として整備。周囲の山並みに目をやりながら、気軽なウォーキングを楽しめる。
取材・文・撮影=横井広海
『散歩の達人』2025年9月号より






