座談会参加メンバー(本の紹介順)

小野晃平……『散歩の達人/さんたつ』の新人編集部員。小さい頃にお年寄りから戦争の話を聞くことはあったので、今回は大人になる前に読んでいた本や絵本を中心に選んでみた。音楽が好き。

渡邉恵……さんたつ編集長。散歩も読書も、その街/場所/土地の歴史の層を感じられる瞬間が好き。自分が生まれた頃はまだ戦後40年くらいだった、ということを思い出すたびに衝撃を受けている。

武田憲人……散歩の達人MOOK編集長。月刊『散歩の達人』創刊から編集部歴29年。戦争関係本とは無縁のつもりだったが、本棚を見ると『昭和16年の敗戦』(猪瀬直樹)や『戦後史7つの謎』(保阪正康)があって、まあそんなものかと。

桑原茜……暑い土地で生み出された文学に興味があり、よく読む。以前は雑誌『旅の手帖』編集部におり、取材で沖縄を訪れた際にいまだ残る戦争の影を改めて実感。それ以来沖縄戦にまつわる本を意識的に手に取っていた。

阿部修作……広島平和記念日(8月6日)生まれ。学生時代を送ったシンガポールでは、同地の戦争遺跡に触れる機会もあり、座談会を通してそのことを振り返っていた。

今回の企画のルール

  • 本をおすすめする相手をくじ引きで決める。その相手に「戦後80年に読んでもらいたい本」(絵本や漫画もOK)を1人3冊セレクト。
  • おすすめされた編集部員は、座談会当日までに3冊の中から1冊選び、読んでくる。
  • 座談会では、3冊を選んだ思いと、おすすめされて読んでみた感想について、編集部5人で座談会。
  • おすすめする人⇒おすすめされる人(小野⇒武田、渡邉⇒阿部、武田⇒渡邉、桑原⇒小野、阿部⇒桑原)

堕落するのが人間の本性?/坂口安吾『堕落論』

小野から武田へ、読んでほしい1冊

坂口安吾『堕落論』(新潮文庫)。
坂口安吾『堕落論』(新潮文庫)。

戦後間もない1946年に発表された坂口安吾の代表的随筆・評論『堕落論』。第二次世界大戦後の混乱する日本社会にあって、彼は誰よりも冷徹に時代を解剖し、戦時中の体験を踏まえながら、終戦直後の日本人が自らの本質をかえりみるためには「堕落」こそが必要だと説き、世間をにぎわせた。

小野 中学か高校のときに、現代文の授業で読んで、「こんなことって言ってよかったんだ」と衝撃を受けた文章です。当時私は、戦争に向き合った人たちの存在は、“美学”として語り継がれるべきものだと思い込んでいたのですが、それを痛快に批判していたことにかなりの意外性がありました。武田さんはこの本に対してどんなことを思うのか聞いてみたく、選びました。

武田 40年ぶりぐらいの再読、正直最初に読んだときは難解でした。当時はバブルの頃だったこともあって、感覚的に何一つ理解できなかったと思う。いろんな解釈ができるし。

阿部 自分も20歳くらいのときに読んで、よくわからなかった記憶があります(笑)。

武田 内容をひとことで言ってしまうと「敗戦でそれまでの価値観、道徳心が地に落ち、戦争未亡人が新たに男をつくったり、特攻隊員が闇商売したりしている。だがそうやって堕落するのが人間の本性なのだから気にすることはない、どんどん堕落しなさい」。単純だがその周縁で語られるエピソードや主張が深く面白い。

若くして自殺した姪への思い、戦没した英霊たちは本当に気の毒なのか、激しい空襲の中で感じた自由——「爆撃のない日は退屈ね」には驚いた——そして「人は正しく堕ちる道を堕ち切る必要がある。そうして自分自身を発見し救わなければならない」と。

まあとにかく多少は理解できるようなってよかったよ。

阿部 おふたりの話を聞いていたら、読み返したくなりました。

【こちらの2冊も!】高木敏子『ガラスのうさぎ』/たなべまもる 文 かじあゆた 絵『そして、トンキーもしんだ』

右から、高木敏子『ガラスのうさぎ』(金の星社フォア文庫)・たなべまもる 文 かじあゆた 絵『そして、トンキーもしんだ』(国土社)。
右から、高木敏子『ガラスのうさぎ』(金の星社フォア文庫)・たなべまもる 文 かじあゆた 絵『そして、トンキーもしんだ』(国土社)。

小野 『ガラスのうさぎ』は、東京大空襲などで家族を失った著者が、少女時代の体験談を綴ったノンフィクションです。私の地元、神奈川県・二宮町にも関連のある作品として選びました。二宮駅前のロータリーには「ガラスのうさぎ像」があるんです。

本人に課せられた逃れられない運命の中でひたむきに生きる姿には、強さがあるなあと感じさせられたのですが、同時に、子供だからそういうものだと受け入れているという現実を感じ取ることができます。物語性があるというよりはリアルな体験談といった感じで、同じような思いをした人がたくさんいたことが想像されるのですが、そのリアリティをみなさんと共有してみたいと思いました。

渡邉 著者の高木敏子さんの実家は私たちが今日訪れた両国で、東京大空襲のときは二宮に疎開していたんですね。両国のある旧本所区(現墨田区)は、東京大空襲で約96%の区域を焼失したと資料にありますが、想像が追いつかない規模です……。

武田 軍需工場が集まっていたから標的にされたんだよね。

小野 もう1冊は『そして、トンキーもしんだ』。上野動物園で人気者だったゾウが空襲で檻が破壊された後に逃げないよう、殺されることになってしまったという話を描いた絵本です。

はじめは、この話を描いた『かわいそうなぞう』という絵本を友人にすすめられて読んだんです。そうしたら調べていく中で、殺された理由は本当は別にあって、絵本では事実が脚色された側面があったということを知って。本書『そして、トンキーもしんだ』は、その件の真相を描いていている絵本なので、戦後の教育についても考えるきっかけになればと思って選びました。子供向けにひらがなの簡単な言葉で書かれていることが、逆に、よりシビアな内容に感じさせていると思います。

1人の作家の生涯を通して戦争を知る/梯久美子『原民喜 死と愛と孤独の肖像』

渡邉から阿部へ、読んでほしい1冊

梯久美子『原民喜 死と愛と孤独の肖像』(岩波新書)。
梯久美子『原民喜 死と愛と孤独の肖像』(岩波新書)。

『夏の花』などの原爆文学で知られる作家・原民喜は、1951年に自ら命を絶った。死の想念にとらわれた子供時代、最愛の妻との穏やかな日々と死別、原爆投下——。「生キノビテコノ有様ヲツタヘヨ」との思いから執筆をつづけた晩年、そして死。稀有な作家の生涯を丁寧に追った評伝。

渡邉 原民喜や『夏の花』は、名前は知っていても意外と読んだことがない人も多いのではと思います。原爆文学で知られている作家なので、もともと強い使命感のようなものがあった人かと思えば、コミュニケーションが不得手で、唯一「何でも話すことができた」という妻に、言いたいことを全部取り次いでもらっていたという一面も。

原爆について著すまでの前史が丹念に追われていて、最期には鉄道自殺をしている彼がどうしてその選択に至ったのか、読んでいくうちに一人の人間の「生」をありのまま受け止めたいという気持ちになります。

生活の中に徐々に戦争が入りこんできて、戦争が終わってもそれを体験した心と体で生きていかなければいけない。戦争を体験していない世代には想像が難しいことですが、それがどういうことなのか、一人の人物を通して考える機会になればと選びました。

民喜は、大切な人たちを亡くして生者より死者と親しんで生きていたのに、被爆の実相に直面して“これを書かなければいけない”と、生きているからできることに突き動かされた——。「これらは「死」でない、このやうに慌ただしい無造作な死が「死」と云えるだろうか」という心の叫びに、彼が見た光景の凄まじさが表れています。

孤独ではあったと思いますが、手助けしてくれる友人や仕事仲間がいたり、若い世代の遠藤周作などとの交友もあり。周囲の人たちが民喜について書き残したことで、後年その生涯をひもとくことができたことは大きかったのだなと。

原民喜の生涯や人間性を知ることで、『夏の花』など著作の見え方も変わってくると思います。

阿部 『狂うひと—「死の棘」の妻・島尾ミホ—』を以前読んで、また梯さんの著作を読みたいと思い、この1冊を選びました。

彼の死から評伝が始まり、まず印象深かったです。本作のあとで続けて『夏の花』などを読んでみて、こんな生涯をたどった作家が被爆を経験し、この作品を書き残したのかと、より書き手の実像がはっきりする感覚がしました。

右から、『夏の花・心願の国』(新潮文庫)、『小説集 夏の花』(岩波文庫)。
右から、『夏の花・心願の国』(新潮文庫)、『小説集 夏の花』(岩波文庫)。

被爆直後の彼のメモが割合そのまま『夏の花』に生かされていることがわかり、“書く人間”が立ち会ったという因果、「広島が言わせる言葉に耳を澄まし、書きとめるという営為を、あの惨劇のさなかで原は行った」という一節にあるように、稀有な生涯だなと捉えました。

晩年の、遠藤周作と、東京で出会った女性との関係はなんとも形容しきれない関係で……。

渡邉 この3人の関係性は心つかまれます。民喜の生涯は終わりに向かっているのに、新しい時代がやってきたようなキラキラした風景が浮かぶようで、そういう時間もあったのだなと。

阿部 あと、吉祥寺、神保町、大森、馬込、中野と、『散歩の達人』とゆかりのある街がいくつも出てきました。いい本でした。ありがとうございます。

【こちらの2冊も!】児玉隆也 著 桑原甲子雄 写真『一銭五厘たちの横丁』/斎藤真理子『隣の国の人々と出会う 韓国語と日本語のあいだ』

右から、児玉隆也 著 桑原甲子雄 写真『一銭五厘たちの横丁』(ちくま文庫)、斎藤真理子『隣の国の人々と出会う 韓国語と日本語のあいだ』(創元社)。
右から、児玉隆也 著 桑原甲子雄 写真『一銭五厘たちの横丁』(ちくま文庫)、斎藤真理子『隣の国の人々と出会う 韓国語と日本語のあいだ』(創元社)。

渡邉 『一銭五厘たちの横丁』は、昭和18年(1943)に東京都下谷区(現台東区)で出征兵士に送るために撮影された家族写真をもとに、その撮影から30年後、写真に写る“留守家族”を訪ねたルポルタージュです。戦後80年にあたり復刊されたのでぜひ紹介したいと思いました。

何度も読み返している大切な一冊なのですが、読むたびに、取材者(著者の児玉隆也さんを含む、與倉伸司さん、加藤賢治さんの3人)が町々を歩き回る中で出会った人たちの“声”の力に圧倒されます。明るく語る人もいれば、言葉少なに語る人、語らない人もいる。その時代を生きた人の数だけ異なる体験があることを実感して、写真の中で氏名不詳のままとなった人たち、そして写真には写っていない数え切れぬ人たちのことを思います。

小野 『散歩の達人』2025年8月号(墨田区特集)の書評ページ「今月のサンポマスター本」でも紹介していましたね!

渡邉 実は『散歩の達人』2016年3月号(千住 北千住・南千住・三ノ輪 特集)で、本書に登場する旧金杉下町をこの本を手に取材したことがありました。マンションも立ち並ぶ街の中に、本書と同じ路地、学校、公園、銭湯があり、お話を聞かせてくれた街の方々の声がこの本の語りに重なって今でも耳に残っています。

それから約10年の間に街並みはさらに変わりつつあります。本書の取材が行われた約50年前の街の描写も印象的なのですが、そうして切り取られたある時代の断面だけでなく、一つの街が絶えず時を重ねていくことがどういうことなのか、考えるきっかけをくれる本でもあります。

左から、1975年刊の晶文社版、2000年刊の岩波現代文庫版、2025年刊のちくま文庫版。
左から、1975年刊の晶文社版、2000年刊の岩波現代文庫版、2025年刊のちくま文庫版。

渡邉 もう1冊は『隣の国の人々と出会う 韓国語と日本語のあいだ』です。一見「戦後80年」とは関係なさそうなタイトルですが、韓国の歴史には日本と戦争が深くかかわっているので、この機会にぜひ手に取ってみてほしい、と思い選びました。

著者は、韓国文学の翻訳者の斎藤真理子さんです。『さんたつ』の「本を贈る日」企画で紹介した『未来散歩練習』も斎藤真理子さんの翻訳でしたが、本書では韓国語、朝鮮語と呼ばれる言語がどのように生まれ、どのような歴史をたどってきたのかがわかりやすく書かれています。

日本統治下、日本が朝鮮語の使用を禁止したこと。1945年8月15日は日本にとっては終戦記念日で、韓国では光復節という解放記念日であること。しかし南北に分断され、1950年には朝鮮戦争がはじまり、この戦争は「休戦」状態でいまだ終わっていないこと。隣の国のそういった歴史を大人になるまできちんと知らなかったので、この本を10代の頃に読みたかったと強く思います。

でも、いつ読んでも遅いということはないですね。

死んだ者と生き延びた者の対比/野坂昭如「死児を育てる」(『アメリカひじき・火垂るの墓』収録)

武田から渡邉へ、読んでほしい1冊

野坂昭如『アメリカひじき・火垂るの墓』(新潮文庫)。
野坂昭如『アメリカひじき・火垂るの墓』(新潮文庫)。

「どうしてこんなむごいことをしたんだ」。久子は2歳3カ月の娘・伸子を殺し、刑事に問い詰められる。「これが約束事なんだもの」——。久子が振り返るのは夫・貞三との結婚、伸子の出産、育児の日々。そして昭和20年(1945)、疎開先の新潟で亡くした幼い妹・文子のこと。1人の女性の“戦後”を描いた短編。

武田 戦後80年の今年、映画『火垂るの墓』が日本でもNetflixで配信されていますが(先行して2024年9月16日より世界配信)、その野坂昭如の原作と「死児を育てる」は対をなすような作品。どちらも戦時下という異常な状況の出来事で、『火垂るの墓』は切なく悲しい話だけど、こちらは人間の愚かさをも見せつけられます。

野坂は生前よく「俺が清太と同じぐらい優しかったらよかったのに」と言っていたというが、真実はむしろ「死児を育てる」の久子のほうに近いのだろうと。

渡邉 昭和30年代、久子の結婚、妊娠、出産は「何一つとっても不足ない若女房の明け暮れ」と世間には映り、責め立てる刑事の言葉からも「戦争」はすっぽり抜け落ちていました。殺し/殺される戦争が、戦前~戦後で途切れることのない個人史に刻まれた出来事であることを、女学校1年生で終戦を迎え、生き延びた久子の“戦後”から考えさせられます。

「火垂るの墓」「死児を育てる」だけでなく、この本に収録されている作品は共通のテーマを少しずつ角度を変えて描かれています。豊かな暮らしと飢え。死んだ者と生き延びた者。戦争を忘れつつある社会と、忘れられない個人。

武田 そのギャップがあったよね。

渡邉 もしも自分だったら、と考えずにはいられません。それから、「母親」という存在もさまざまな形で繰り返し描かれます。正直なところ、女性に対する描写は今の感覚では受け入れがたいところがあります。著者がどのように考えていたのかはわかりませんが、それを当時の女性たちも受け入れられていたのかどうか……久子の姿を見ながら考えてしまいました。

ちなみに、「火垂るの墓」は神戸が舞台ですが、「死児を育てる」の久子が暮らしていたのは東京です。「高樹町」は青山高樹町だと思うのですが、連続テレビ小説『虎に翼』の寅子のモデルとなった、三淵嘉子の実家があったところの近所だと思います。

武田 今でいう南青山6~7丁目あたり。『岡本太郎記念館』も高樹町ですね。

渡邉 フィクション作品ではありますが、違う作品の同時代の登場人物のことを重ねたり、今の街を重ねてみると、より像がはっきりと浮かぶ気がします。

「死児を育てる」に、5月25日の山の手の空襲に遭ったとき「震災の経験をもつ父が、なまじ広場はあぶないからと」避難場所を近くの美術館に決めたという描写があるのですが、当時は関東大震災から20年ほどしか経っていなかったということにあらためて意識が向きました。

この「広場」とは、今日私たちが来た横網町公園——関東大震災当時は被服廠跡地の空き地で、約3万8000人の避難者が火災等で亡くなったとわれる、この場所のことなのかなと思います。

小野 『ガラスのうさぎ』にも震災記念堂としてこの場所が登場しますね。東京大空襲で亡くなった著者の高木さんのお母さんは3月10日、“関東大震災のときそこに逃げて無事だった”という公園に向かうと言って一緒に逃げた近所の人と別れ、以降行方がわからなくなったと書かれていました。

【こちらの2冊も!】水上勉「リヤカーを曳いて」(『寺泊・風車』収録)/小松左京「くだんのはは」(『霧が晴れた時 自選恐怖小説集』収録)

左から、水上勉『寺泊・風車』、小松左京『霧が晴れた時 自選恐怖小説集』。
左から、水上勉『寺泊・風車』、小松左京『霧が晴れた時 自選恐怖小説集』。

武田 「リヤカーを曳いて」は、終戦の日の8月15日、友人の細君をリヤカーに載せて、父親と一緒に病院まで運んだ思い出を淡々と書いた私小説。おそらくほとんど脚色なし。大変な赤貧、大変な非常事態なのだが、どこかユーモアがある。「“日本の一番長い日”などというのは観念であり、後付けにすぎない」。もちろん「戦後80年」も観念だが、では、それ以上に残るものはなにか? と思いめぐらせます。

武田 最後に、「くだんのはは」。10代のころ筒井康隆と小松左京の短編ばかり読んでいたことがあって、その中で一番刺さりました。

終戦間近、西宮の高級住宅地の豪邸に居候していた少年の体験を描いたホラー小説です。ネタバレになるからあまり言えないけど……実は、「くだん」がなぜひらがななのかがこの作品のミソで。

阿部 そうなんですね。そう聞くと、より内容が気になります……。

武田 久しぶりに読んで、どうしてひらがななのか考え、さすがと感心しました。

小松左京は昭和6年(1931)生まれで、野坂昭如も同年代。同世代の若者の多くが戦死し、生き残った者の責任を考えた作家といわれますが、たしかに、そういう思いを感じる作品です。

“集合的記憶”を一度クリアにする大切さ/佐藤由美子『戦争の歌がきこえる』

桑原から小野へ、読んでほしい1冊

佐藤由美子『戦争の歌がきこえる』(柏書房)。
佐藤由美子『戦争の歌がきこえる』(柏書房)。

米国認定音楽療法士の著者が、アメリカ各地のホスピスで終末期患者に音楽療法を行うなかで、数々の第二次世界大戦を経験したアメリカ人と出会う。日本軍と戦った退役軍人や原爆開発の関係者など、本作に綴られた彼らのエピソードからは、深い深い苦しみがにじんでいる。著者の音楽で心をほぐされたからこそ、語られた話もあったのでは。

桑原 小野さんが音楽好きということで、本書をおすすめしました。

アメリカや当時の満州国など、第二次世界大戦を経て世界の人々がどのような人生をたどったのか。当時の体験について、いま私たちが実際に生で聞く機会はほとんどなくて。その代わりに、広く伝える役割が本にあると思いました。

第二次世界大戦はアメリカ人にとって「理想」を懸けた戦いで、この戦争は「最も良く戦った戦争」と受け止められてきたため、戦争経験者の多くはつらい記憶を語らずに生きてきました。彼女の音楽を聴いてはじめて語れたことが綴られていて、この著者だからこそ引き出せた話がたくさんある。とてもいい本だなと感じました。

小野 音楽と結びついているそれぞれの記憶や文化について考えるきっかけになりました。あとは、戦争に行った方や戦争で大切な人を失った方々が、日本人である著者に対して何を感じて話をしてくれたのかという点は、戦争を多面的に考える上で良い手がかりになるなと思いました。どちらが正しいとかじゃなく、国や文化によって戦争の解釈が異なっていることを再認識させられました。また、戦争体験の話ではあるにせよ、患者さんとの対話を通じて見出せるサブテーマも興味深かったです。生と死、文化、家族、愛など……。

著者がホスピスで働こうと思った理由が「死」に対する恐怖心と向き合いたかったから、という話だったり、戦地へ行った婚約者の話、戦争を肯定する人たちの正義感や論理について、同じ国でもルーツによって異なっていた戦争に対する見え方など、国や文化にとどまらず、本当に、ひとりひとり、感じていたことがあったんだろうなということを、大きな規模で感じるところがありました。

桑原 自分は日本人として生まれて、日本が犯したこと、あるいは被害の面に目が行きがち。別の国では別の被害があって、別のやってしまったことがあって、そういう広い視点で戦争を見る必要があるなと思います。私たちがこれまで持っていた“集合的記憶”を一度クリアにして、戦争を多角的に捉えることが、これからの世界を生きていくうえでも大切だということを改めて実感できる一冊です。

【こちらの2冊も!】向田邦子『眠る盃』/真尾悦子『新版 いくさ世(ゆう)を生きて——沖縄戦の女たち』

左から、向田邦子『新装版 眠る盃』(講談社文庫)・真尾悦子『新版 いくさ世(ゆう)を生きて——沖縄戦の女たち』(ちくま文庫)。
左から、向田邦子『新装版 眠る盃』(講談社文庫)・真尾悦子『新版 いくさ世(ゆう)を生きて——沖縄戦の女たち』(ちくま文庫)。

桑原 『眠る盃』は、戦中・戦後における市井の様子を、鮮やかな随筆を通して知ることができるため選びました。向田さんの文章力によってスイスイと読めますが、疎開や空襲などの描写も見え隠れし、当たり前のような顔をして人々の生活に黒い影を落としている戦争の残酷さが伝わってきます。

阿部さんも向田さんの著作読まれますよね。

阿部 向田さん、好きですね~。

渡邉 この本に収録されている「字のない葉書」は、『字のないはがき』(小学館)として文=角田光代さん、絵=西加奈子さんで絵本化もされていますね。

桑原 一作品がそれぞれ短いので、忙しい人にもおすすめです。

『いくさ世を生きて』は、戦後80年の今年、改めて新装復刊されたこともあり選びました。

取材と初版発行は今から約40年前。今ではこんなに鮮明な語りに触れることができる場はほぼないかと思います。

男系家族を重んじる風潮があった当時の沖縄。残酷な沖縄戦の中で虐げられた女性たちの話を読み継ぎ、今の沖縄に起こっていることからも目を背けてはいけないと教えてくれる1冊です。

80年後の今、どう生きるか/金井真紀『テヘランのすてきな女』

阿部から桑原へ、読んでほしい1冊

金井真紀『テヘランのすてきな女』(晶文社)。
金井真紀『テヘランのすてきな女』(晶文社)。

文筆家・イラストレーターの金井真紀が、謎めいたイスラム教国家に生きる女性たちに会いに行く。「たたかう女」、「はたらく女」、などの章立てで、女性たちのインタビューが綴られ、正義のために走り続ける弁護士や、性的マイノリティについて葛藤する女性もいれば、女子相撲部などの話も出てきて、多種多様。著者が一個人として相手と向き合い、それぞれの人間性が見えてくる一冊。

阿部 「戦後80年」という今回のテーマで、80年後の今にスポットが当たる作品もあげられたらと選びました。今年の6月に「12日間戦争」もあったイラン、その首都テヘランで生きる女性たちの姿に胸を打たれます。

合間に挟まれる「テヘラン散歩」というコラム、その描写も引き込まれました。

桑原 まずは、理不尽な抑圧の実態を詳しく知らなかった自分を恥じると同時に、抑圧に屈せず、行動し続けるテヘランの女性たちに圧倒されました。

インタビュー時のスケッチなども金井さんが描いているのですが、彼女たちはみんなが笑顔。特に、50歳を過ぎて「これからやっと自分らしく生きていくところ」と言うミートラーさんのエピソードが忘れられません。

のほほんとした様子でひょいと垣根を越えてしまう金井さんの性格と文章もすばらしいなと。

阿部 女子相撲探訪のエピソードがすごく好きです。

桑原 著者は、この国の人、とカテゴライズするより、一人の人間として向き合っていますね。

渡邉 先ほど紹介した『一銭五厘たちの横丁』で、戦地から戻って戦後は進駐軍で働いたことで「お前は敵側で働くのか!」などと周囲に言われながら、「付き合ってみれば彼も人間我も人間、あいつら良い人間ですよ」と語っている人がいました。

“国”単位で物事を捉えることが、ナショナリズムを煽る風潮や差別を助長することにつながることもあります。実際に対面するのはもちろん、一冊の本を通してでも、一人の人間として人に出会うことは大事だなと感じます。

【こちらの2冊も!】今日マチ子『cocoon コクーン』/有吉佐和子『非色』

左から、今日マチ子『cocoon コクーン』(秋田文庫)、有吉佐和子『非色』(河出文庫)。
左から、今日マチ子『cocoon コクーン』(秋田文庫)、有吉佐和子『非色』(河出文庫)。

阿部 『コクーン』は、沖縄のひめゆり学徒隊に着想を得て、思春期の少女たちの視点から戦争を描いたマンガ作品です。

少女たちのやりとりや、印象的なモチーフの描き方、作者ならではの表現法を随所に感じながら、描かれている事実の重さに打ちのめされます。

桑原 あとがきで、「残酷な現実や、大きすぎる敵に対して戦う方法があるとしたら、想像力しかない」というようなことが書かれていて、その言葉も印象的でした。戦争を描くことについて、作者が「じぶんの表現の未熟さ」と悔しさをにじませているところも。

渡邉 たとえばマンガでは、『はだしのゲン』の中沢啓治さんや、水木しげるさんのような実際に戦争を体験した描き手がいなくなっていく中で、体験していない世代がどのように表現を試みていくのか……戦争をフィクション作品として描くことそのものの難しさも、さまざまな作品を通して感じます。

ただ、新しい作品は若い世代が戦争を知るきっかけにもなるので、作品が生まれて、きちんと批評されていくことが大事なのかなと。

阿部 続いて紹介する『非色』は、有吉さんが実際にアメリカに渡った経験を基にしたフィクション作品で、終戦直後の日本とアメリカを舞台にした小説です。

この小説で描かれている差別の構造は、戦後80年といわれる現在にあっても、完全になくなってはいないのでは、という気がします。

ストーリーとしては、大変な状況でも懸命に生き抜いていく主人公の姿がある種痛快で、テーマとしては軽くないはずですが、一気に読まされます。

有吉さんはほかにもいい作品がたくさんあるので、『非色』以外もぜひ読んでみてほしいです。

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渡邉 「戦後80年」を節目として取り上げるメディアは多く、『さんたつ』でも本を通してそのことについて考えてみようと思いました。

第二次世界大戦はたしかに日本の敗戦で終結しましたが、今も戦争は世界各地で続いています。「戦後」という言葉を使うことも抵抗がある中で、文学は「“後”なき戦争」ということを教えてくれると感じました。

阿部 こうやって集まって本について言葉を交わすと、いろいろな考えを聞けて、気づきがあります。それは大切なことですね。みなさんの話に耳を傾けていて、各作品を通して「戦後80年」についての考えを深めてみたいと感じました。ありがとうございました!

座談会は両国「都立横網町公園」と、錦糸町の喫茶店『ニット』で行いました

都立横網町公園

奥が「東京都慰霊」。
奥が「東京都慰霊」。
慰霊堂の入り口手前から「東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑」花壇を望む。奥には東京スカイツリー(R)の姿も。
慰霊堂の入り口手前から「東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑」花壇を望む。奥には東京スカイツリー(R)の姿も。
慰霊堂の北側にある「朝鮮人犠牲者追悼碑」。
慰霊堂の北側にある「朝鮮人犠牲者追悼碑」。

昭和5年(1930)9月開園。大正12年(1923)の関東大震災、および第二次世界大戦の遭難死者を祀る「東京都慰霊堂」(当初は「震災記念堂」)と、関東大震災や戦争の惨禍を後世に伝える『東京都復興記念館』などを園内に有します。

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座談会後、横網町公園内の『東京都復興記念館』を見学させてもらいました。第二次世界大戦の空襲により焦土と化した東京の歴史と当時の状況を伝える写真、図表とともに、戦災復興に向けた取り組みも紹介されています。

昭和6年(1931)に開設された『東京都復興記念館』。
昭和6年(1931)に開設された『東京都復興記念館』。
『復興記念館』が収蔵する学童集団疎開に参加した2人の児童の手紙、またその内容を基にした学童集団疎開と疎開中の子供たちの生活に関する戦後80年企画展示「戦争だからがまんしました」が、2025年12月21日(日)まで開催中。
『復興記念館』が収蔵する学童集団疎開に参加した2人の児童の手紙、またその内容を基にした学童集団疎開と疎開中の子供たちの生活に関する戦後80年企画展示「戦争だからがまんしました」が、2025年12月21日(日)まで開催中。

「戦災焼失図」や空襲の被害を伝える写真などを前に、空襲により焼失した区域があまりに広範であること、そして罹災した方の多さに、改めてその事実が胸に刻まれます。

住所:東京都墨田区横網町2-3-25/営業時間:9:00〜17:00(最終入館は16:30)/定休日:月(祝の場合は翌)/アクセス:地下鉄大江戸線両国駅から徒歩2分、またはJR総武線両国駅から徒歩10分

ニット

アイスコーヒー520円。
アイスコーヒー520円。

創業50年以上の喫茶。店名の由来は、喫茶店を始めるまでメリヤス工場を経営していたことから。レトロで落ち着いた雰囲気に誘われ、近隣住民だけでなく、遠方から足を運ぶ客の姿も。長く愛されている分厚い2枚重ねのホットケーキは、同店を代表するメニューです。

長年お店に立つ女将の小澤民枝さんは昭和9年(1934)生まれ。戦後、疎開先から戻ってきたとき、この場所から見る錦糸町の街は一面焼け野原だったといいます。今はビルが立ち並ぶにぎやかな街に、当時の様子を思わず重ねて思い浮かべました。

冷たい飲み物で喉を潤しながら、本について話す編集部。
冷たい飲み物で喉を潤しながら、本について話す編集部。
住所:東京都墨田区江東橋4-26-12 小沢ビル 1F/営業時間:9:00~19:00LO(祝は9:00~17:00LO)/定休日:日/アクセス:JR総武線・地下鉄半蔵門線錦糸町駅から徒歩4分

第二次世界大戦終結から80年が経つ2025年。当時の資料や、80年の間に出版されたさまざまな本が語り伝えてくれるもの、その存在がいかに貴重なものか、編集部員にとっても足を止めて考える機会になりました。

さんたつ編集部として、これまでとこれからの東京を見つめ続けながら、世界中に広く平和が訪れ、それが恒久的なものであることを切に願うばかりです。

構成・撮影=さんたつ編集部