カレー南蛮が名物という意外性『日本ばし やぶ久』[日本橋]
手前はそば味噌、ゆず味噌、木の芽味噌3種のそば麩田楽980円。おつまみ定番三点盛り1300円は板わさ、玉子焼き、鴨のロース煮。合わせる日本酒は菊正宗の常温780円。
明治35年(1902)創業。以来、日本橋で変わらず暖簾(のれん)を守る。現在の建物は1960年築で、1、2階はテーブル席、3階は掘り炬燵(ごたつ)の部屋。狭い急な階段は昭和の名残だ。定番のつまみはもちろん、揚げ物、煮物と種類が多い。冷酒は〆張鶴や澤乃井、八海山、真澄などといったなじみの銘柄がずらり。昔ながらの足踏み製法でコシを生むそばは、厚削りの本枯れ鰹(かつお)を煮出した濃いめのつゆによく合う。調味料も含め添加物を一切使用しない本物の味ばかりだ。
木鉢会限定のオリジナルそば焼酎ボトル4620円は、そば湯割りで楽しむ。
1人利用でも予約すれば、落ち着きのある2階席でゆるりとした時を過ごせる。
締めのそばは黒豚つけカレーせいろ。鹿児島直送の黒豚を奄美産黒糖焼酎に漬け込み柔らかな仕上げ。秘伝のカレースパイスがこれを引き立て、コシの強い外二そばとの相性もいい。1595円。3段階で辛さを選べる。
『日本ばし やぶ久』店舗詳細
住所:東京都中央区日本橋2-1-19/営業時間:11:00~15:20LO(土は~15:30LO)・17:00~22:30LO(土は~21:00LO)/定休日:日・祝/アクセス:地下鉄日本橋駅から徒歩2分
古きよき昭和がそのままに『利久庵』[三越前]
締めのそばは納豆そば。昭和40年代半ばに発案され、今や看板メニューのひとつになっている。大粒の納豆にかつお節、海苔、卵の黄身がのる。 濃いめのつゆがかかっていて、そばと混ぜてずるっといく。1050円。
1952年創業。その生き証人である大旦那の水谷清之さんは大正15年(1926)生まれで、今も混雑しない時間帯に帳場に座る。厨房の中台からメニューを出すカウンターなど、1階席は昭和のまま。さらにゆっくりしたければ地下でも良い。つまみならお昼は定食用のおかずである焼き魚などが格好のアテとなる。ポテトサラダがあるのもうれしい。日本酒は大関などだが、季節によっておすすめも提供。創業以来の更科そばは喉越しよく、甘めのつゆに合う。
手前はそばつゆがよく香る親子煮1000円。それにさわら味噌漬け焼1050円と板わさ1050円。冷酒は高清水純米大吟醸930円。帳場の大旦那さんに見守られる午後のひとときだ(価格は2022年1月末現在)。
こちらも定番中の定番、大関上撰金冠辛口780円はお燗でグビリと行こう。
1967年にできた細長いビルの地下1階から3階まで。このあたりは路地も残っている。
『利久庵』店舗詳細
住所:東京都中央区日本橋室町1-12-16/営業時間:11:00~14:45LO・17:00~20:30LO(土は11:00~15:00LO)/定休日:日・祝/アクセス:地下鉄銀座線・半蔵門線三越前駅から徒歩1分
たまには池波正太郎のように昼酒を『神田まつや』 [神田]
建物は東京都選定の歴史的建造物になっている昭和2年(1927)建築の木造2階建て。
食通で知られた池波正太郎が通った店としても知られる名店。ビル街の一角、屋号を記した釣り行灯や軒下に下がる大きな提灯が目を引く。昭和2年(1927)に閉店した、明治17年(1884)創業のそば屋『松屋』を譲り受けたのが始まり。ソバは、日本各地から、その時期に最もよいものを選ぶ。石臼で碾きぐるみにして、そば粉10に対してつなぎ2の割合で手打ちする外二。そば粉が多く、つなぎに鶏卵を使用するため、そばの香りと喉越しのよさが特徴だ。
6代目の小高孝之さん。5代目小高登志さんは帳場で指揮をとる。
そばはすべて手打ちで、1 日20~30回打つ。やや辛口のつゆで食べるもり650円。
御酒「菊正宗 特選」700 円(180ml)にはそば味噌が付く。にしん棒煮800円、わさびかまぼこ650円。
高い天井やガラス窓などが歴史を感じさせる。混雑時には相席になる。
『神田まつや』店舗情報
住所:東京都千代田区神田須田町1-13/営業時間:11:00~20:00(土・祝は~19:00)/定休日:日/アクセス:地下鉄丸ノ内線淡路町駅・新宿線小川町駅から徒歩2分
文化財級のレトロ庶民派そば屋『翁庵』 [上野]
ねぎせいろ。毎日、新しい油で揚げるイカのかき揚げの旨味が溶け出し、つけ汁にコクが出る。
明治32年(1899)創業。浅草通りに面した店は、昭和2年(1927)建築の木造2階建て。黒い屋根瓦や格子窓、黒光した床、船底天井などにも歴史を感じる。そばは、主に北海道産ソバを使用した細打ちの二八そば。冷たいそばには鰹節、温かいそばは宗田鰹と鯖節と、だしを使い分ける。名物のねぎせいろ800円は、戦時中、手頃な料金で天ぷらを食べられるようにと、先代が考えた創作料理だ。温かいつゆに長めに切った長ネギとイカのかき揚げの旨味が溶け込む。このイカ天を使ったイカ丼800円もある。
日本酒は「白雪」500円。肴には、そばつゆで煮た油揚げ甘辛煮350円や厚切りの板わさ500円がピッタリ。
2階にはテーブル席と座敷があり、小さなカウンター席もある。
3代目の加勢雅博さん(右)と4代目の智康さん。
ビル街にあって異彩を放つ建物。ここだけ時間が止まったようだ。
『翁庵』店舗詳細
住所:東京都台東区東上野3-39-8/営業時間:11:00~20:00/定休日:日・祝/アクセス:JR・地下鉄上野駅から徒歩3分
アイデア満載!でも基本はしっかり二八『元禄二八そば玉屋』 [両国]
豚カツを卵でとじたかつ煮1020円。 生貯蔵酒「蕎麦処」560円(180ml)。
大正8年(1919)創業。屋号にあるように、国産のソバを石臼碾きにし、小麦粉2割を加えて打つ二八そば。通常メニューは製麺機のそばだが、プラス110円で手打ちに変更できる。つゆは、鰹節、鯖節、昆布に加えて、隠し味にしいたけのだしを加えてコクを出す。この店での注目は、3代目主人のアイデアメニュー。その代表が、辛味のある野菜入りそばと、酸味を利かしたたれで仕上げた天丼をセットにした義士御膳。店に近い吉良邸にちなみ、辛酸の思いをした赤穂浪士を偲んで作った料理だ。
3代目の原一弘さんと4代目の康雄さん。
義士御膳1120円のほか、天丼とワカメおろし入りそばをセットにした 討入り定食1120円など、赤穂浪士にちなんだメニューがある。
和の趣がある古民家風の店内。屋外にはテント屋根のテーブル席もある。
『元禄二八そば玉屋』店舗詳細
住所:東京都墨田区両国3-21-16/営業時間:11:00~15:00・17:00~20:00/定休日:木/アクセス:JR・地下鉄両国駅から徒歩2分
そばとつゆの相性にこだわる『神田尾張屋本店』 [神田]
特大の天然エビ1尾とシシトウの天ぷらが付く天せいろ1485円。
大正9年(1920)創業。屋号は初代の出身地である尾張町(現在の銀座5丁目あたり)に由来する。そばは、主に北海道産そば粉を使った細打ちの二八。温かいそばは、鯖節と本枯れ節でだしを取り、風味を生かすためにつゆは薄口仕上げ。冷たいそばは本枯れ節のみでだしをとり、つゆは濃いめの辛口。温冷とも、そばとつゆの相性を考え抜いた逸品だ。ビジネス街という場所柄、丼もののメニューも多く、夜は酒席として利用する人が多数を占める。
つゆは3代目の田中秀樹さん、そばは4代目の勲さんが担当。
鴨焼き1045円、そば寿司1045円のほか、 酒肴も充実。日本酒は菊正宗715円のほか、一ノ蔵825円、 眞澄935円(いずれも180ml)など地酒もそろう。
1階は半地下と中2階という立体的な客席。2階には座敷もある。
『神田尾張屋本店』店舗詳細
住所:東京都千代田区神田須田町1-24-7 /営業時間:11:30~21:00/定休日:日・祝/アクセス:JR・地下鉄神田駅から徒歩1分
創業140年超ながら、気さくな家族経営『神田錦町更科』 [神保町]
24~25席の小ぢんまりとした店。「家族でやるにはちょうどいい大きさ」と店主が語る。
更科の始祖・布屋太兵衛のいとこの堀井丈太郎が、太兵衛の妹と結婚し、明治2年(1869)に現在地に『麻布永坂更科分店』として創業。ソバの実の芯に近い部分を碾いた一番粉の白いそばに、大葉やユズなどを練り込んだ変わりそばと、ほんのり甘さを感じるつゆは更科伝統の味。昭和30年築の木造2階建ての建物をはじめ、風情のある引き戸や今でも現役という黒電話などが店の歴史を物語る。140年を超す老舗だが、家族経営ということもあって、“近所のそば屋さん”といった気さくな雰囲気を感じる。
変わりそばと並そばを盛り合わせた二色せいろ1000円。 いずれも細切りで、そば粉8割、つなぎ2割の二八そば。
あさり煮450円を肴に、東京の老舗そば店で組織する「木鉢会」の名を冠した蕎麦焼酎500円をそば湯割りで。
かつては映画館もあったという五十(ごとう)通りに立つ木造の店。入り口に風情が漂う。
4代目の堀井市朗さんと奥様の千穗さん、修業中の5代目雄太朗さん。
『神田錦町更科』店舗詳細
住所:東京都千代田区神田錦町3-14/営業時間:11:00~14:30・17:00~19:30/定休日:日・祝/アクセス:地下鉄半蔵門線・三田線・新宿線神保町駅から徒歩7分。
藪の味と伝統を守るのれん分け1号店『上野藪そば』 [上野]
せいろう771円。黒塗りのせいろは、国会議員の名札製作で知られる「ぬしさ製作所」の漆塗り。
「そばにちょっとだけつけて食べる」という辛口のつゆが有名な“藪そば”だが、『上野藪そば』では、かえしに2種類の醤油をブレンドし、風味豊かに仕上げる。そばは北海道産や福井産のソバを使用した細打ちの二八そば。冷たいそばは風味が生きる手打ち、温かいそばは製麺機で固めに仕上げる。だしも冷たいそばには鰹節と宗田鰹、温かいそばには鯖節を使うなど、味へのこだわりも強い。
昭和38年にビルに建て替え、7年ほど前に店内をリニューアル。入り口上部の釣り行灯が目を引く。
1・2階に客席があり、1階では職人が手打ちする姿を見られる。
4代目の鵜飼泰さん。「これからの季節は、三陸産カキを使ったかき南ばん1748円がおすすめ」。
日本酒を凍らせた菊正宗みぞれ酒668円には焼き味噌と塩が付く。穴子の白焼き1337円、炙りめんたいこ709円。
『上野藪そば』店舗情報
住所:東京都台東区上野6-9-16/営業時間:11:30~14:30LO・17:30~20:30LO(土・日・祝は11:30~20:30LO)/定休日:水・第2・4火/アクセス:JR・地下鉄上野駅から徒歩3分
ここに来たら鴨せいろで決まり!『銀座長寿庵』 [銀座]
北海道旭川市江丹別町で自家栽培するソバのほか、国産ソバを使用した細打ちそば。 鴨肉は埼玉県産で、厚切りのもも肉と胸肉が入る。
『銀座采女町 長寿庵』から出た『茅場町長寿庵』からのれん分けされた店で、昭和10年(1935)創業。鴨せいろ発祥の店といわれる。昭和30年代のこと。親子でそばを食べていたが、父が誤ってつゆをこぼしてしまった。仕方なく娘が食べていた鴨南ばんのつゆで食べたところ意外においしく、その後、工夫を重ねて専用の汁を考案し、鴨せいろとして売り出した。当時は、冷たいそばを温かい汁で食べることがなかったので評判を呼んだという。現在では、客の7割が注文する店の看板メニューだ。
3代目店主の天野徳雄さん。
千葉県産白はまぐり(焼き・酒蒸し)各730円。酒は菊正宗570円(180㎖)のほか、地酒も多い。
裏通りにあり、ビジネスマンがランチや酒席で訪れる気軽な店だ。
『銀座長寿庵』店舗詳細
住所:東京都中央区銀座1-21-15/営業時間:11:00~15:00・17:30~21:30(土は11:00~14:00)/定休日:日・祝/アクセス:地下鉄銀座線銀座駅から徒歩7分
大坂発祥の砂場の流れを汲む総本家『南千住 砂場』 [三ノ輪]
中に炭が入った海苔箱で提供される焼きのり970円は本ワサビで味わう。 小さな湯桶に入った黒松剣菱700円。
『砂場』は大阪を発祥とするが、嘉永元年(1848)に編纂された『江戸名物酒飯手引書』には6軒の『砂場』が記載されている。この中の『糀町七丁目砂場藤吉』直系で、現在地に店を構えたのは大正元年(1912)。建物は昭和29年建築の総檜造り3階建てで、荒川区の文化財。国産そば粉と、つなぎの全卵を木鉢に入れ、備長炭で濾過した水を加えて手こねする。先代から使っているという製麺機で仕上げる二八そばは、滑らかな食感が特徴。鰹節と宗田鰹を使ったつゆはやや辛口。
14代目(!)店主の長岡孝嗣さん。
大きなエビが自慢の天ざる1550円は、 ゴマ油と綿実油をブレンドして揚げる。
ジョイフル三の輪商店街にある店は、千本格子の窓や黒い屋根瓦などまさに昔ながらのそば屋の佇まい。
『南千住 砂場』店舗詳細
住所:東京都荒川区南千住1-27-6
/営業時間:11:00~20:00 /定休日:木(月に2回ほど水・木休み有り。)/アクセス:地下鉄日比谷線三ノ輪駅から徒歩8分、または都電荒川線三ノ輪橋停留場から徒歩2分。
取材 ・ 文=塙広明、工藤博康 撮影=山出高士、オカダタカオ 、鈴木賢一、原幹和