いまや珍しくなった「ジャズ喫茶」
「酒が飲みたい」、そう思いつつ野毛を歩いているうちに、一軒の喫茶店が目に入った。そうだここがあった。飲みたい男なのに、なぜか喫茶店へ――長年、何度もそういう体験をしている店へ向かう。
コーヒーも酒も飲めるけれども、この店でいちばんしっかりと味わえるのは、いい音楽。いまや珍しくなった「ジャズ喫茶」、ダウンビートである。
年季の入ったビルの薄暗い階段をあがり、ドアを開ける。ほの明るい照明、薄暗い店内。ああ、たまらない。右手、カウンター席の奥にはズラリとレコードが並び、左手、テーブル席の奥には、アメリカの名門音響機器メーカー、アルテックの巨大なスピーカーが鎮座している。
壁には黒人ジャズメンたちの大きな肖像画、天井を見上げれば、アメリカのジャズ雑誌『ダウンビート』誌の誌面が無造作に張り巡らされ、それらは長年のタバコの煙でいぶされ、にぶい照明の光があたって琥珀色につやめいている。洒落(しゃれ)めかそうという演出はここにない。ただ、年月がつけた味や調和はふんだんにあふれている。二度と作れないこの風景、はじめて見たのは、20年ほど前だろうか。
20年ほど前、はじめて見た風景
ジャズ喫茶というと、頑固な店主がむっつりと客を待ち、お客はお客で、腕組みして沈思黙考するか、反対にしゃべりだしたら止まらないウンチクおじさま客たちが、コーヒーをちびりと飲んではマニアックなレコードをひたすらかけてもらうイメージがあった。ごめんなさい。正直、ちょっと、怖かった。だからはじめて来たときは緊張したが、メニュー表を見て、いっきに安心した記憶がある。――やった、芋焼酎あるじゃん! なんだか気軽そうだ。
水割りにしてもらって、飲みながらマスターと少々お話した。聞けば、二代目の方だという。初代がご高齢となり引退するのに合わせて、なんと常連客だった彼が店を受け継いだのだという。とてもソフトな語り口、頑固さはゼロ。緊張がほどけていく。
調子にのって、おそるおそるリクエストに挑戦。ジャズに詳しいわけではないけれど、ド定番なら多少は聞いている。エリック・ドルフィーの「ファイブスポット」をお願いすると、マスターは笑顔でかけてくれた。チリチリとスピーカーが鳴りはじめ、のたうつような、不可思議だが心地良いアルト・サックスやバス・クラリネットの即興演奏が大音量で迫ってきた。そしてまた水割りをぐび。気持ちよすぎる小一時間。
というわけで、時々、マイルスやコルトレーンなどもかけてもらいに出かけるようになった。恥ずかしながらコーヒーを頼んだことは一度もない。今日もまた、ターキーのロックをオーダー。ちなみに、チャージもかからない。やはり、喫茶店なのである。
取材・文・撮影=フリート横田







