山下の街がもつのんびりムードに誘われて
東急世田谷線山下駅で電車を降り、商店街に出た。街のざわめきと線路のガタンゴトンという音が混ざり合い、ほどよい生活感と活気が感じられる。路地に入ると練り物屋、酒場などこぢんまりした店が軒を連ね、その先に緑道が見えた。生い茂る草木を見ながら考えた。
「ほっとひといきつきたいなあ」
向かったのは、自家焙煎したスペシャリティーコーヒーが飲める『Coffea Funika』。2024年に世田谷・豪徳寺の山下商店街でオープンし、2年の年月が過ぎてすっかり街になじんでいる。駅の南側には招き猫で有名な豪徳寺があり、そちらの豪徳寺商店街には観光客も多いけれど、彼らは『Coffea Funika』がある駅の北側にはあまり来ず、「特に平日は地元のお客さまが多いです」と店主の林正太さん。ショーケースの前でドーナツをどれにしようか迷っていると、「人気はチョコクランブルです。親御さんと一緒に来て、いつもストロベリードーナツを頼むお子さんもいます」と声をかけてくれた。
元々コーヒーを飲むことが好きだった林さんが、この世界に飛び込んだのは旅先での出合いがきっかけだったとか。一人で旅をしていた時、岡山県の『ONSAYA COFFEE』を訪れ、縁あってそこで働くことに。その後、東京の代々木上原でバリスタとして腕を磨き、独立。
「この辺りは、都内でありながら田舎のような空気感も感じられて、いいと思いました」
「父親の転勤で各地を点々としていました」という林さんは、愛知や岐阜、アメリカなどいろんなところに住んでいたそう。家があったのは郊外が多かったらしく「決して都会っ子ではなくて、今も田舎の空気が好きなんです」。この辺りは東急世田谷線と小田急小田原線の2路線が使え、利便性は高いが、各駅停車の列車しか止まらない。なんとなく街ものんびりしていて、ここに『Funika』があるのもしっくりくる。
手作りドーナツと自家焙煎のコーヒーがくれる幸せ
老若男女に愛されるドーナツは、林さんの手作り。マッシュポテトのフレークをつなぎに使い、そのでんぷん質によってモチモチ感を出している。かぶりつくとくちびるにふわっと当たり、その柔らかさに思わず顔をうずめたくなる。それでいて噛みしめると弾力があり、歯切れがいいので、食感も楽しめるのだ。
珈琲豆は浅煎りから深煎りまで用意。
「豆の個性を生かしつつ輪郭を若干ぼやかして、柔らかい印象に仕上げています」
前面に感じられるのは優しい口当たりと、珈琲豆の果実味から来る自然な甘み。「焙煎する過程でていねいに水分を抜いてあげる」ことが肝心だ。
抽出方法のこだわりは店ごとに異なり、お湯は2〜3回に分けてじっくり注ぐところが多い。こちらでは一投式のドリッパーSIMPLIFYを使い、お湯を一気に注ぐ。理由は、抽出をシンプルにすることで「豆を購入して自宅で淹れてくださるお客さまが、お店の味を再現しやすくするため」。ちなみに、時間をかけてお湯を注ぐと濃厚に仕上がる傾向があり、林さんの淹れ方だと味に軽やかさが出て『Funika』のドーナツにぴったりな気がする。
ドーナツの生地や、表面を覆うグレーズ、トッピングなど「一つひとつの味は控えめ」だという。しかし、それらが口の中で合わさると不思議なほど多層的な味わいとなり、むしろすごく印象に残る。人気のコーヒーナッツは、自家焙煎した深煎りのエスプレッソをバターグレーズに使用。ローストしたナッツがゴロゴロとあしらわれ、歯触りがアクセントにもなっている。
コーヒーはブレンドとシングルオリジンが揃い、深煎り好きにはダークブレンドがおすすめ。ブラジルをベースにエチオピア、インドネシアを加えていて、コーヒーらしい苦みが来た後に華やかな甘みが顔を出し、素朴な後味が残る。ブレンドはこの他にデカフェがあり、さらにシングルオリジンが2〜3種類。それぞれ魅力があるので、林さんに好みを伝えて選んでもらうのもいいかもしれない。
優しい空気に包まれ、リラックスして味わう
「Funika」はスワヒリ語で「包み込む」という意味。スワヒリ語はタンザニアやケニア、ブルンジなど、コーヒーの産地で多く使われている言語だ。これを店名に入れたのは、「五感で感じられる温かさ」を表現したいと考えたから。まさに名は体を表し、店内で過ごすひとときが身も心も穏やかにしてくれる。
ドーナツやドリンクはテイクアウトでき、「五感で感じられる温かさ」は持ち帰ることも。いずれも定番だけでなく、期間限定が登場し、訪れるたびにわくわくさせてくれる。珈琲豆を購入した場合は豆のままでも、挽いてもらうこともできる。いろいろ試して、お気に入りの組み合わせを探したい。
のんびりとした時間を過ごし、すっかり気持ちが和んだ。林さん夫妻の笑顔に見送られ、「また来ます」と誓う。店を出ると再び商店街のにぎわいを感じ、次の目的地に向けて気持ちが弾む。東急世田谷線の幸福の招き猫電車にも乗りたいな。
取材・文・撮影=信藤舞子






