【中野】サブカルの街は今、再開発の真っただ中

赤レンガと木造のたたずまいが格好いい新生『NAKANOブリック』。昼は喫茶、夜は酒場だ。
赤レンガと木造のたたずまいが格好いい新生『NAKANOブリック』。昼は喫茶、夜は酒場だ。

今でこそ、サブカルの街の異名を持つ中野だが、90年代はまだ芽生えの頃。『中野ブロードウェイ』には日用品や雑貨店が並び、1985年創業の「まんだらけ」がショップを増やし始めた時期だった。2000年代に入ると同店が勢力を拡大。ほぼ1坪ショップも300店ひしめき、一気にオタクの聖地へ変貌を遂げた。

東に隣接する「ワールド会館」にも余波が波及し、縦横無尽に横丁が走る飲み屋街にも注目が集まりだす。そして2012年、中野セントラルパークが完成し、学生街&ビジネス街としての顔が加わると、ファミリー層も急増。チャンプルーフェスタなどのイベントも盛況で、新旧カルチャーのるつぼと化した。

現在、駅周辺は巨大高層ビルの建設ラッシュ。街のシンボル「中野サンプラザ」は閉館し、新たな複合施設への再開発を模索し始めている。「坊主バー」などが注目を浴びた魔窟のワールド会館が閉館した一方、北口飲み屋街の迷路のような路地は健在だ。

そのなか、2020年に白のバーコート&黒の蝶ネクタイ姿のマスターが印象的だった「NAKANOブリック」が閉店。しかし、「夜の顔の灯りを消したくない。あの琥珀(こはく)色の時間を次世代につなぎたい」と、新たにオーナーになった中島康善さんが2年後に復活させると、オールドファンはうれしさに涙し、若い世代は空間の格好よさに目をキラキラさせている。

2026年は中野の橋上駅舎がついに完成予定。今後の未来都市とカオスなカルチャーの街の二刀流に注目だ。

【高円寺】時代ごとのカルチャーが渦巻く街

沖縄居酒屋の『抱瓶』『きよ香』、ライブハウス『club ROOTS!』は中通商店街に立つ。
沖縄居酒屋の『抱瓶』『きよ香』、ライブハウス『club ROOTS!』は中通商店街に立つ。

吉田拓郎が『高円寺』をリリースし、ライブハウスでは日夜夢見るバンドマンがライブを繰り広げる。安アパートが豊富で、大衆酒場、古着屋もひしめき、サイケな色合いが濃厚。90年代にはすでに街のカラーを確立していた高円寺だが、2000年代に突入するとさらに、混沌(こんとん)とした世界観に拍車がかかる。

『きよ香』『抱瓶』から波及した沖縄文化が定着し、『えほんやるすばんばんするかいしゃ』『古書サンカクヤマ』などのユニークな古書店が増加。大小合わせて20もの商店街が駅の東西南北に走るだけあって、街全体がエンタメ化し、2007年に音楽に加え、演劇、演芸、プロレス、大道芸など街をあげた一大文化祭の「高円寺フェス」も始まった。

そんな狂騒の高円寺に新たな風が吹き始めたのは2010年代から。老舗銭湯『小杉湯』が地域コミュニティーづくりに力を注ぎ、街はずれの「高円寺アパートメント」をはじめ、おしゃれ物件が続出。廃墟ビルを活用したアート&文化的スポットも目立つようになった。

個性爆発の個店とあらゆる世代が雑多に交錯するが、「世代間コミュニティーが発達しているのは70年続く阿波踊りがあるから」と語るのは、『抱瓶』の高橋貫太郎さんだ。いつまでも変わらぬエネルギッシュさに満ちあふれるが、実は今、過渡期を迎えている。高架下の飲屋街が再開発で閉店の嵐なのだ。それでも、「高円寺らしさを守っていきたい」と息巻く高橋さんたちがいる限り、今後もますますパワーアップしていくに違いない。

【阿佐ケ谷】マイペースをこよなく愛する自由人の普段着

音楽、文学、漫画、絵本などが揃う『古書コンコ堂』。松山通りにはおやつ系にも注目。
音楽、文学、漫画、絵本などが揃う『古書コンコ堂』。松山通りにはおやつ系にも注目。

井伏鱒二や太宰治も名を連ねた阿佐ヶ谷文士村。貧乏文士が一流になった後も気楽な飲み会や将棋の会を開いていたというから、のんびりした村社会ムードは気質のようだ。文士村はとうにないが、“実はその道の有名人”は多く、酒場コミュニティーが盛んだ。

住民の自慢と言えば、商店主たちの力作ハリボテを飾りたてた七夕まつりと、中杉通りに続く美しきけやき並木程度。そんな街に変化が訪れたのは2010年以降だ。老舗酒屋『酒ノみつや』が「裏の部屋」を造り、角打ちに加え、お寿司dayといったイベントを不定期で開催。シャッター商店街になりかけていた駅北の松山通りでは、ジェラートの『シンチェリータ』『古書コンコ堂』が吸引力となって続々と若手が店を開き、プチヨーロッパ化。

また、はしご酒イベント「飲み屋さんまつり」がスタートし、スターロード、一番街、川端通り、いちょう小路などで隠れがちな小さな酒場も活気づき、『ヴィオロン』に加え、『よるのひるね』『喫茶天文図舘』などの横丁喫茶も人気に。そこへ、漫画『きのうなに食べた?』『ひらやすみ』など、阿佐ケ谷が舞台の作品が呼び水となり、街の外から人が訪れるようにもなった。

とはいえ、『古書コンコ堂』の天野智行さんは「高円寺と荻窪の間でひっそり存在している感じの、今くらいの地味さを維持してほしいですね。なるべく見つからないように埋もれて商売したいと思っているんです。店を経営する身としてはどうかと思いますが(笑)」。

【荻窪】杉並随一のターミナルでちょっぴり有閑気分

荻窪駅北口の横丁に立つ『鳥もと』は、界わいの著名人も立ち寄る名店。魚もうまい。
荻窪駅北口の横丁に立つ『鳥もと』は、界わいの著名人も立ち寄る名店。魚もうまい。

駅北口にそびえるのは『ルミネ』と闇市上がりのショッピングセンター『荻窪タウンセブン』。丸ノ内線の発着駅でもあり利便性の高さが魅力だ。

アニメスタジオも多い杉並区随一の商圏地ながら、どこか有閑ムードが漂うのは、かつて別荘地だった歴史があるからだろう。駅から少し歩けば緑豊かな住宅街が広がり、『大田黒公園』に加え、『角川庭園』、近衛文麿が暮らした『荻外(てきがい)荘』などの美しき邸宅が2024年にかけて順次公開。2020年にリニューアルした『杉並区中央図書館』の隣に読書の森公園も誕生し、心地いいスポットが点在している。

荻窪住民が行き交うのが駅の南北に広がる商店街だ。戦前戦後から町中華がしのぎを削り、80〜90年代からは2つの『春木屋』に『丸信』『丸福』、つけ麺の元祖「丸長」(閉店)を筆頭にラーメンの激戦区として名を馳せる。2000年代になると『トマト』『すぱいす』「馬来風光美食」(閉店)などが人気を博して荻窪カレー戦線が勃発。

それでも、いまいち知名度の薄さを感じていたと話すのは、1952年創業、駅北口名物の焼き鳥店『鳥もと』のパンチ大将・伊與田康博さんだ。「街を盛り上げたい」と、2016年から名うてのロッカーたちを誘い、ロータリーでフリーロックフェスを開催したり、駅前ロータリーのイルミネーションを始めたり。そんな荻窪北口だが、昨年から再開発が始まり、また一つ景観が変わる。「でもね、この一角は大丈夫。オレ商店会長だし、だてに4代続けてやってないっすよ」。

【吉祥寺】新陳代謝を繰り返す都会的な郊外

闇市がルーツのハモニカ横丁は、いぶし銀酒場とアートなカフェが混在する。
闇市がルーツのハモニカ横丁は、いぶし銀酒場とアートなカフェが混在する。

吉祥寺のシンボルといえば井の頭公園。水辺の森は今も昔も人々のオアシスだ。公園内の茶店は『ペパカフェフォレスト』や『ISENTEI』などとモダンな店へ変身し、2002年以降、大道芸やアートマーケットが繰り広げられるアートカルチャーの発信源に。『ユザワヤ』、画材屋、毛糸専門『AVRIL』などの手芸材料店も多く、アーティストをサポート。中道通りを中心に雑貨店も急増した。

今や吉祥寺の顔になった、駅北口前の「ハモニカ横丁」は、90年代初頭はシャッター通り。当時、ビデオテープ店を営んだ手塚一郎さんは「夜は『美舟』と『峠』しかありませんでした」と懐古する。しかし1998年、片見一郎氏デザインの『ハモニカキッチン』を出店すると人気に火が付き、以降はボロボロの店舗を新世代が修復したしゃれたカフェやビストロが増え続けている。

ほかにも、ジャズ喫茶、ロックバー、名曲喫茶、ライブハウスなど、音楽ネタは数知れず、『くぐつ草』『武蔵野文庫』などの喫茶はカレーが名物化。「バウスシアター」やイベントも人気だった「弁天湯」にとって代わるように、『ブックマンション』が発起人となり2021年から「吉祥寺ZINEフェスティバル」がスタート。「近鉄裏」と呼ばれた歓楽街も浄化され、イーストサイドエリアも散策しやすくなった。

中心地の空洞化が懸念されていると聞くが、「中心から200mのドーナツ内に若い人の店ができ始めてます。明るい希望です」と、手塚さんは力を込めた。

【三鷹】文学と地元産に寄り添う暮らしの街

『量り売りとまちの台所野の』は地元周辺野菜も必要な分だけ手に入る。
『量り売りとまちの台所野の』は地元周辺野菜も必要な分だけ手に入る。

駅北が武蔵野市であるのに対し、駅南は三鷹市。2000年代初頭、注目されていたのは駅南エリアだ。そこは、太宰治、森鷗外の墓がある『禅林寺』や『山本有三記念館』が点在し、『古本カフェフォスフォレッセンス』などの古書店に加え、『珈琲松井商店』など、太宰推しの店は少なくない。さらには、『三鷹市星と森と絵本の家』や『アジア・アフリカ図書館』があり、2010年代以降は移動図書や私設図書館も登場。近年は、2022年オープンの『UNITÉ 』で頻繁に開催されている作家陣のトークイベントも盛況で、ブックカルチャーが絶えず熱い。

一方、若手農家が江戸東京野菜ののらぼう栽培を始めた2010年代から三鷹農家が知られた存在になる。元来、市民活動が活発な土地柄。「都市農業が盛んな三鷹は生産者さんとの距離がとても近いんです。三鷹野菜の販売やイベントが多いですよ」と、『量り売りとまちの台所野の』の高橋さんは農家と連携して三鷹のよさをアピール。また、『ОGABREWING』が三鷹産の原料を使ったビールを醸造しだすなど、その勢いは止まらない。

2002年開館の『三鷹市ジブリ美術館』へ至る玉川上水沿いは風の散歩道として整備され、2013年より三鷹中央通りのホコ天を活用したM‐マルシェが毎月第4日曜に開催される頃から、人の流れが街全体に拡大した。人気のベーカリーが増え、駅北の住宅地にもわざわざ目指して行ってみたくなるお店が続々と誕生。分断気味だった南北を分け隔てずに、街を巡るのが楽しくなっている。

 

【国分寺】のどかに紡がれるスローライフ精神

『カフェスロー』では、ヴィーガン料理やスイーツも用意している。
『カフェスロー』では、ヴィーガン料理やスイーツも用意している。

街に野菜直売所が90軒! 湧水がせせらぐはけの道もあるのどかな国分寺は、画材屋、安い食堂、マニアックなレコード屋、プチ骨董街があり、アカデミックな芸術系の気風だ。もともと80年代、芸術活動をしながら自然回帰的な共同生活を送るヒッピーがコミューンをつくった地。表現の場になったロック喫茶「ほら貝」、異彩を放つ喫茶『ほんやら洞』も街になじんでいた。

2001年以降、街に影響を与えたのは国分寺の先(府中)に開店したオーガニックカフェの先駆け『カフェスロー』だ。地球に負荷をかけないライフスタイルのイベントが注目を浴び、なかでも暗闇カフェは、後に全国区となる夏至の日の「100万人のキャンドルナイト」へ発展。2008年に国分寺へ移転すると、スローライフ気風の住民から大いに歓迎され、地域と連携した「ぶんぶんウォーク」がスタートした。すると地域のお宝が再発見され、住民同士の連携が加速。てのわ市やマルシェの数々が人気を呼んでいる。

同時に、無農薬野菜への理解も深まり、15年に国分寺野菜・通称「こくべじ」が発信開始。『でめてる』『ラヂオキッチン』などの食堂や、『キィニョン』(現在は国分寺マルイ店)などのベーカリーが人気を博して、今やすっかり“自然派”は街の代名詞だ。

『カフェスロー』の吉岡淳さんは「国分寺が大好きな市民は今も昔も変わらず健在。ヒッピー文化からカフェ文化へと、街は変貌を遂げて、ますます住みたい街になりつつあります」と手応えを語った。

illust_2.svg

取材・文=林さゆり 撮影=井原淳一、鈴木奈保子(三鷹)、野崎さおり(国分寺)
『散歩の達人』2026年4月号より