青梅市 DATA
面積……103.31平方キロメートル
人口……12万9105人(2025年1月現在)
こんなところに本屋さん!坂を下るとパノラミックな田園風景
数々の有名観光地を擁する青梅市。前回の記事では、小泉八雲の著作にある『雪女』ゆかりの地だと紹介しました。ほかにも霊験あらたかな武蔵御嶽神社には、オオカミ信仰が。古来からの伝承が息づくこの青梅。市内に「民話と昔話」の専門書店があるというではないですか。早速訪ねてみましょう。
その書店、青梅市東部の「藤橋」という町内にあるといいます。まずは藤橋方面へ向かうバスの発着駅、JR青梅線の小作(おざく)駅へ。市境に近く、青梅市でなく羽村市にある駅ですが、近所の大規模工業団地に勤める方で夜遅くまでにぎわう飲食店街もあります。
小作駅前を出たバスは住宅地を抜け、幹線道路の青梅街道を越え(東京都内では貴重な「ラーメン山岡家」の青梅店がある)、「藤橋」のバス停に到着。
ここ一帯の鎮守様だったとおぼしき神社もあり、のどかな雰囲気になってきました。たしか、この住宅地の坂を下ったあたりだよな。霞川という小川沿いへと下りてゆくと……おぉ〜っ! 一面の田んぼと畑!
水田に、ネギ畑や大麦畑。野菜の直売所もあります。小作駅からバスで10分少々。このパノラミックな田園風景には驚きました。
で、例の書店。ちょうどレンゲの咲いた田んぼの奥。赤い屋根が目印のようですが……!
うわさの書店の店名は、『民話の本屋 パングル・バーン』。入ってみましょう!
店名「パングル・バーン」の秘密はアイルランド民話集の巻頭に——
扉を開けると、店主の吉村麗子さんが出迎えてくださいました。
小さな坪数に、日本や世界の民話・伝承に関する本がぎっしり。子供向けの絵本から民俗関連の人文書まで、本の対象年齢は広いですが、昔話や言い伝えに関係ある本のみが選書されています。店内は木製棚のやわらかな風合いもあり、長く過ごしたくなる落ち着いた雰囲気。
吉村さんがこの『民話の本屋 パングル・バーン』を本格開業したのは、2025年4月。
外観からなんとなく予想していましたが、ここは吉村さんのお宅の一部。元々はご家族の部屋でしたが、店舗用の扉や簡単な厨房設備も整え、現在の形になりました。
実は吉村さん、このお店を開くまでは土木建設会社で事務の仕事をされていたそう。
「大工さんや水道屋さんの仲間がいたので、内装や棚は少しずつ作ってもらったんです」とのことです。
書籍関連とは全く異なる業種で長らく勤務……となると、傍で民俗研究などを続けていた? と勝手に想像していたら、そうでもないそう。きっかけを教えていただきました。
「自分でもおかしいんですけどね。ちょうどコロナが広まり始めた時期、なんか“今の世の中に民話が足りないな”って漠然と思ったんですね。自然に対する畏敬の念とか。それでたまたま、新聞にいとうせいこうさんが同じようなことを書かれてていて、そう思ってるの私一人じゃないんだって」
——“民話が足りない”! そんな使命感がいきなり!
「そう思ったんですよ。それに、娘の小さいころ、昔話や民話を選んで読んであげてこなかったな……とも思って」
そんなひらめきを得たタイミングで、自宅内の一部屋が空くことに。建設会社を退職し、民話専門書店のオープンを目指します。
動機は電撃的でしたが、準備は着々。施工面に加え、ブック・コーディネーターの内沼晋太郎さんが主催するオンライン講座を受け、運営の基本も習得。約1年の試験営業を経て、開店に至りました。
ここで、書店事情に詳しい皆さまへちょっと補足。
メインの取次(卸会社)は、個人経営の書店からでも発注しやすい「子どもの文化普及協会」を利用。もともとが児童向け書籍を扱う卸という成り立ちから、民話や昔話に関する選書の多くをカバーしやすいそうです。
ところで、店名「パングル・バーン」という不思議な言葉とは? 意味を尋ねると、書棚から一冊の本が出てきました。その名も『夜ふけに読みたい数奇なアイルランドのおとぎ話』(長島真以於監修、アーサー・ラッカム絵/平凡社)。
この本の冒頭に、アイルランドの修道士が記した「猫のパングル・バーン」という詩があります。修道院に棲む白い猫の「パングル・バーン」が、夜ごと日ごとネズミを追いかける様子を見た修道士がしたためた詩。「自分も日々書物に向かい知識を得よう」と宣言した内容だそうです。
「私自身も知識も経験もないまま民話の書店を始めるので、この修道士のように日々勉強しようという戒めを込めて命名しました」と吉村さん。中世ヨーロッパの愛書家の志が、現代の青梅に引き継がれているようなロマンがありますね〜。
西多摩からアフリカまで。古今東西の“不思議”が本棚にいっぱい
さて、気になる本棚にクローズアップ! まずこちらの壁側は、主に「日本」の民話や伝承に関する本。
中でも、上段にずらりと並んだシリーズが目をひきます。
こちらは、未來社から刊行されている「新版 日本の民話」というシリーズ。
日本各地の昔話が採録されており、地域により「尾張の民話」「三河の民話」などの旧国名で分かれています。この採話の運動を提唱したのは、『竜の子太郎』などの児童文学作家でもあり、民話研究者でもあった松谷みよ子さん。戦後、その試みが全国の有志に広がり、この全75巻+別巻4巻という一大シリーズにまとまったそうです。
青梅を含む西多摩エリアに関する本も充実。『雪女』の舞台として青梅と縁のあることから、小泉八雲にまつわるコーナーもありました。
中でもこちらの絵本『雪女』(小泉八雲作、平井呈一訳、伊勢英子絵/偕成社)は吉村さんのイチオシ。木こりの青年のもとに現れた青白く美しい雪女が、繊細な画風で描かれています。
つづいて「海外」の民話や伝承を集めた本棚は、こちら側。
ウクライナ民話の絵本『てぶくろ』などもあり、懐かしい……! 細かく見ると、地域やジャンルで分類されており……、
ギリシア、ハワイ……「神話」と名の付く太古のお話がまとまっていると思えば、その下には北欧やケルト文化圏のものなど、北ヨーロッパの伝説がずらり。
これだけの冊数からというのも無茶なお願いですが、吉村さんにオススメ本を選んでいただきました。
まずは「日本」の棚の中から、紹介いただいたのがこちら。
『みちのく民話まんだら―民話のなかの女たち』
『みちのく民話まんだら―民話のなかの男たち』
(小野和子/PUMPQUAKES[パンプクエイクス])
著者の小野和子さんは、長年にわたり東北各地に伝わる伝承を聞き集めてきた、在野の民話採訪者。
「宮城県に嫁いで、まだお子さんが小さい頃に、一人で民話を集め始めた方なんです。海辺や山奥の集落へおばあさんたちを訪ねて行って、民話を聞かせてもらえませんかって」と吉村さん。
東日本大震災後、仙台の独立系出版社から採話活動の様子をまとめた『あいたくてききたくて旅にでる』を出版。この『民話まんだら』2冊は、それに次いで出た民話集。テーマで「女」「男」編とわかれていますが、吉村さんの推しポイントがあるそう。
「それぞれの話の後についている、小野さんによる“あと語り”という解説が素晴らしいんです。話者の方へ何度も何度も通って関係を作っていく中で分かってきたこともあるんだろうなと」
もう1冊「海外」コーナーから……出てきた本は、ガラリと変わってカラフルな色彩!
『マディバ・マジック ネルソン・マンデラが選んだ子どもたちのためのアフリカ民話』
(ネルソン・マンデラ編、和爾桃子訳/平凡社)
アフリカという地域チョイスも意表をつかれましたが、選者はあの元・南アフリカ大統領、ネルソン・マンデラ! 世界情勢も不安定な昨今。平和に尽力した人物の本をという思いとともに紹介してくださいました。
「マディバっていうのはマンデラさんの愛称。訳者の和爾桃子さんによると、タイトルの『Madiba Magic(マディバの魔法)』にはマディバさん自身の奇跡の歩みを支えた力のもとという意味もこもっているそうです。アフリカなんで、いろんな動物が出てきます。ゾウとかイグアナとか、アンテロープとか……」
アンテロープ!? とはツノのあるオリックスなどの哺乳類とのこと。所変われば民話の動物も変わるんですね……。
これはじっくり腰を落ち着け、背表紙を眺めて時空の旅をしたくなります。
カフェメニューに手書き新聞。書店に留まらない地域のお休み処
『パングル・バーン』では、コーヒーやチャイ、ケーキなどの飲食物も提供。お話を伺いながら、こんなメニューをいただいていました。
米粉の弾力ある食感で、ほどよい甘さのシフォンケーキは、近所の『結まーる工房』というお菓子工房のもの。「五千年の歴史を持つ聖なる葉」の異名を持つホーリーバジルは、インドの伝承医術に用いられるシソ科の植物。滋味の中に、サッパリした風味のあるお茶でした。
お茶をいただきながら、「白猫パングル新聞」という手書き新聞に釘付けに。
おすすめ本の紹介に加え、子供向けのクイズや青梅の「獅子舞追っかけレポート」など読みどころが満載。その一ページに、近隣の散策マップも載っていました。実際、霞川沿いの散歩コース中のお休み処として訪れるご近所さんも多いそうです。
「車を運転しなくなったお年寄りでも、立ち寄れる場所があったらいいなと思って」と吉村さん。
ほど近くに青梅丘陵や奥多摩の山への入り口を控えた、青梅市・藤橋という場所。都会のビル内ではなく、昔話に出てくるような里の気配を感じるこの立地にこそ、民話専門書店がある意義を感じました。せっかくなので周りも歩いてみたくなり、「白猫パングル新聞」片手に店を後に……。
霞川のほとりを歩くと、畑の真ん中にローストポークのキッチンカーが!
霞川の脇には遊歩道が整備されていて、地元の人が行き交うのも納得の極上散歩コース!
手書きマップを見て歩いていると、おや……? 畑の真ん中にキッチンカーが!
近づいてみると、ローストポークの写真を掲げたサインが。
こちら、『GROOVIE』という屋号で多摩地域や埼玉各所に出店するキッチンカー。この青梅市藤橋の畑でも定期的に開店しているそう。毎月のスケジュールはインスタグラムをチェック!
店主は、他地域から青梅に移住されたという料理人の綺理(きり)さん。『パングル・バーン』の吉村さんとは、ご近所の知り合い同士だそうです。
この畑で作物を育てていた時期もあるようですが、最近は料理の出張販売に注力。いろいろなメニューの中でも、人気だったローストポークをメインに据えたそう。その弁当を一ついただきます!
これは……思わずかき込んでしまったNICE LUNCH BOX!
芯まで柔らかくジューシーなローストポークに、香味野菜や果物入りの醤油ソースが合います! サイドを固める副菜もアツい。定番という大根の醤油漬けに加え、この日はタケノコの土佐煮なども。茹でた青菜は「のらぼう菜」といい、西多摩エリアの特産品です。
畑で食べていると、もちろんのどかな里山気分も感じるのですが、さりげなく置かれたスピーカーから流れるヒップホップや「GROOVIE」のロゴデザインから、エッジの効いたサバービアカルチャーの香りも。唯一無二の雰囲気でした!
はて。突然現れる民話の専門書店に、神出鬼没のローストポークキッチンカー……。
「街と山の間にゃ、不思議なところがあるもんだなあ」
そういいながら、筆者はレンゲの田んぼの畦道をぶらぶら歩き回ってから、家に帰(けえ)ったんだとさ。
取材・文・撮影=イーピャオ







