アクセス
鉄道:JR・地下鉄東京駅から総武本線特急で約55分の八街駅下車。快速・普通列車乗り継ぎの場合は八街駅まで約1時間30分。
車:宮野木JCTから東関東自動車道を利用し佐倉ICまで約14km。同ICから八街市中心部まで約10km。酒々井IC、千葉東金道路山田ICも利用可。
「八街」の名の由来
「八街」の名の由来をひもとくと、この地が江戸時代に佐倉牧と呼ばれる野馬の放牧地で、明治に入り政府の命で8番目の開墾地として「八街」なる字(あざ)名が充てられたのが起源だと知った。
「八」はさておき、なぜ「街」が「ちまた」なのか。手元の漢字字典を開いても、「街」にこうした読みは見当たらない。それゆえ難読地名の一つに挙げられる「八街」だが、ひとたび覚えれば「やちまた」とすんなり読める。その理由はおそらく地域ブランドとして商標登録されている「八街産落花生」によるところが大きく、「八街=落花生」とのイメージが世間に定着しているからだろう。この地が落花生栽培に適しているのは、品種育成を担う「千葉県農林総合研究センター落花生研究室」が市内に置かれている点からも十分うなずける。
そんな八街市だが、地図を眺めると南北にかなり広いことに気づく。そこで落花生のオブジェが印象的なJR八街駅周辺をひと巡りしてから、駅から離れた場所へも気の向くまま足を運んでみることにした。
さすが本場だけあり、市街地からさほど離れていない場所にも落花生畑が広がっているのには驚いたが、人家もまばらな地に突然ベーカリーやワイナリーが現れたり、ひょんな場所で爬虫類専門店を見つけたりと、行く先々で意外な出合いを楽しめた。時間に余裕があれば、この地の魅力をもっと深掘りできそうだ。
落花生の聖地で燻(いぶ)される。まさかの展開もまた楽し
再び市街地へ舞い戻り、市内屈指の交通の要衝である八街十字路にある『ヤチマタクロス珈琲豆焙煎所』へ向かった。ちょうど家にある豆が切れたので買って帰ろうと思ったからだ。
選んだ生豆を焙煎してもらう間、店主の岡田さんとたわいない話をしていると、「ところでたこ焼き屋さんは行かれましたか?」と聞かれた。「いえ」「そうですか、あちらのお店は営業日になると狼煙(のろし)が上がっているんですよ」とのこと。八街でいきなりたこ焼きと言われても、まるでピンと来なかったが、狼煙が上がっているとなれば話は別である。
地図アプリを頼りに狭い路地を進むものの、店らしきものは見当たらない。諦めかけたとき、前方にかすかに煙が立ち上っているのに気づいた。そこが教わった『たこ焼き 輪(りん)や』で、畑に面した小さな店舗前では火が焚(た)かれている。
来訪の経緯を告げると、「狼煙ね、たしかに」と笑われたが、注文したたこ焼きが出来上がるのを待ちながらたき火にあたっていると、得も言われぬ温もりが体の中までじんわり忍び込んでくる。思えば『ファイヤーワールド千葉』で薪ストーブを前にしたときにも似た温もりを感じたが、よもや八街で二度も燻されることになるとは……。これだから、なりゆきの旅は面白い。
落花生の郷
全国屈指の収穫量を誇る八街の代名詞
明治中期に始まった落花生栽培は北総(ほくそう)台地の気候や排水のよい土壌などの条件に恵まれ、全国屈指の生産地へと成長。落花生といえば八街の名が浮かぶほど、特産品として揺るぎない地位を確保している。品種改良や加工技術の向上も絶えず図られ、市内には多くの落花生畑が広がり、行く先々で販売店も目にする。収穫した落花生を乾燥させるため畑に積み上げた「ぼっち」は八街の秋の風物詩でもある。
八街市推奨の店 ぼっち
頼りになる駅併設のアンテナショップ
JR八街駅南口階段下にあり、駅前活性化を目的に八街駅南口商店街振興組合が運営。名産の落花生をはじめ、八街茶、地元産果物のジャム、八街生姜ジンジャーエールなどを扱う。鉄道利用の場合、散策前に観光情報を仕入れ、帰りに八街土産を買うのにも好都合だ。
豆処生形(うぶかた)
意欲的なオリジナル商品も続々
加工・製造から販売まで手がける落花生専門店。千葉半立(はんだち)などの煎りざや落花生に加え、小粒の豆を多彩な味でコーティングしたバラエティーピーナッツ 小250円やテイスティーピーナッツ300円がひときわ目を引く。店頭の落花生自販機もユニークな試みだ。
ファイヤーワールド千葉
憧れの薪ストーブを前に心までまどろむ
体の芯までじんわり暖まる外国製薪ストーブのショールーム。販売だけでなく施工・設置からメンテナンスまで責任をもって面倒をみてくれるのが心強い。費用や設置条件など素朴な疑問にも丁寧に答えてくれるので、気軽に立ち寄り、まずは燃焼体験から始めてみるのもいいだろう。
八街神社
ライダーズ神社としても注目される地域の総鎮守
明治期に始まる開墾の労苦を癒やす拠り所として、地域で篤(あつ)い信仰を集める総鎮守。八街がかつての野馬放牧地であり、また境内に段差がなく拝殿前までオートバイ(鉄馬)で乗り入れられることから、昨今は噂を聞きつけたライダーが愛車にまたがりこの地を訪れるそう。
古民家ベーカリー 麦匠(むぎしょう)
曜日限定の日替わりパンも
「ここにしかないパンづくりを目指しています」と語る代表の関口尚彌さん。ドイツ産古代小麦のパンは噛むほどに深い味わいを楽しめる。一番人気の匠食パンや各種調理パンには厳選した国産十勝小麦を用い、添加物の使用も極力控えめ。日持ちしないのは安心安全の証しだ。
はちゅうるい屋
2024年9月オープンの専門店
トカゲやヤモリを中心に大小さまざまな爬虫(はちゅう)類を扱う専門店。代表の松岡瑞季さんは元動物園飼育員で、飼育ケースをはじめ個体に適した用品の選び方からエサやりの方法まで、初心者にも丁寧にアドバイスしてくれる。販売は約1万円~だが、責任をもって飼育する心構えも必要だ。
Sawa Wines
ブドウ栽培から醸造・販売までを手がける
土壌や風の通り、仕立て方を試行錯誤し、自ら栽培した八街産ブドウでのワイン造りに取り組む家族経営のワイナリー。味わいはフレッシュかつフルーティーなものが中心で、早摘みブドウを使用したブラン、ルージュ各2310円のほか、スパークリングワインなども。
寝釈迦
思わず手を合わせたくなる自然の造形
のどかな田園風景が広がる市域西端の根古谷(ねごや)地区。その一角から見た台地があたかもお釈迦様が寝ているかのように見えることからこの名が付いた。寝釈迦のほぼ中央には室町時代の開基と伝わり、桜の名所でもある法宣寺があり、近くには享徳年間(1452~55)の築城と推定される根古谷城跡もわずかに残る。
●千葉県八街市根古谷665(解説板所在地)
ヤチマタクロス珈琲豆焙煎所
コーヒー好きが高じ、脱サラで専門店を開業
東京から移住した岡田武彦さんが2024年7月に立ち上げた自家焙煎コーヒーの専門店。わずか4席の小さな店には厳選した生豆が置かれ、好みに合わせてその場で焙煎してくれる(生豆125g 750円~)。焙煎を待つ間、コーヒー400円~を手に岡田さんと語らうのもいい。
たこ焼き 輪(りん)や
本場・なにわのたこ焼きを八街で味わえる
「満足できるたこ焼きを食べるには自分でやらなあかん」と大阪府出身の常世田臣己(しげみ)さんと千葉県出身の妻・亜希さんが店を始めたのが2010年。鰹節と昆布のダシがしっかりきいたたこ焼きは15分ほどかけてじっくり焼き、絶妙のふわとろ食感に頬が緩む。
【耳よりTOPIC】生姜パワー全開のガツンと来る辛さ
落花生に目を奪われがちだが、八街市は全国有数の生姜生産地だとか。「八街生姜ジンジャーエール」は特有の風味や刺激的な辛みを生かした大人のドリンクだ。辛みを抑えた同Lightやドロップスもある。『八街市推奨の店 ぼっち』ほか市内各所で販売。
☎043-443-3021(八街生姜ジンジャーエール企業組合)
取材・文・撮影=横井広海
『散歩の達人』2025年1月号より