奥深さに果てなし
卵液に浸してふんわり焼き上げるフレンチトースト。すでに古代ローマ帝国の料理本に似たレシピが記載され、フランスに限らず欧州各国で同じような料理が存在する。ちなみにフランスでの呼び名は“パン・ペルデュ”。「固くなったフランスパンやブリオッシュを使い、家ごとにレシピが異なる家庭料理。ホームステイ先は蜜をかけないタイプでした」と振り返るのは『Café Ça Là(カフェ サラ)』の浅尾さん。
また、『珈琲ワンモア』の福井明さんは「フレンチトーストと名付けたのはアメリカ人って説があるらしいですよ」と笑う。調べると、宿屋の主人が自身の名前・フレンチから命名したという説が。仰天だ。
さて、日本に登場したのは戦後のこと。福井さんによると、昭和31〜32年頃に勤めていた店でも出し始めたが、長年マイナー選手。光が当たったのは1979年、アメリカ映画『クレイマー・クレイマー』がきっかけだ。父子が毎朝作るシーンが感動的で、大ブームを巻き起こした。
世代、時代、国境を超え、世界中を幸せな心地へ誘うパン料理は、至ってお手軽。だが、パンの種類、卵液、浸し方、焼き方で、味は無限に変化する。奥深さに果てなし、だ。
『Café Ça Là』[根津]
パンも食べ方もフレンチスタイル
フランスでホームステイ先のママがおやつに作ってくれた「パン・ペルデュ」。それをヒントに店主の浅尾成巳(しげみ)さんが見つけたのが『根津のパン』の自然酵母パンだ。7~8分かけて焼くと、ふわっふわで歯切れよし。アイスのせもあるが「そのままが一番」と浅尾さん。軽い口当たりの植物性ホイップ、ラズベリーとともに味わえば、後からコーンフレークのような香ばしい甘みが舌の上で広がり目を見張る。
ここがこだわり!
砂糖と隠し味を加えた牛乳に5~6時間浸し、注文後に卵を割り入れ。後はじっくり弱火で焼く。
『珈琲ワンモア』[平井]
シロップが引き出す爽やかなレモンの香り
1971年の独立前からフレンチトーストを焼く福井明さん。薄切り食パンの片耳を落とし、「蒸したらプリンが作れるほど」卵たっぷりの液にさっと浸す。両面にバターを塗りながら銅板で焼くスタイルは昔のままだ。しかし、「ふっと閃いて」レモン汁をかけ、スライスを乗せたら味が進化。自家製のメイプル風シロップはぜひ全かけを。さらりとした甘みにレモンの香味が際だち、味が華やぐ。
ここがこだわり!
【食事系フレンチトーストも増えてます】
『プルミエメ』[代々木八幡・代々木公園]
表面パリッ、中ふんわり隠れ家で味わうリッチな心地
看板が一切ない隠れ家ながら“ちょっとよそゆきの朝ごはん”を求め、早朝から人々がひっきりなし。お好み焼き屋のような鉄板で焼くのは『考えた人すごいわ』の高級食パンだ。
オーナーの鈴江恵子さんは「はちみつや生クリーム入りのほんのり甘いパンなので」と、卵液をあえて無糖に。3cmと分厚く切り、さっと浸して焼き、最後に表面をキャラメリゼ。甘みとお菜の塩味、食感の妙にうなる。
ここがこだわり!
仕上げはフライパンでキャラメリゼ。極薄に焦がした甘みがアクセント。
『319(サンイチキュー)』[三鷹]
プレーンとシロップがけ2種を味わうぜいたくな朝
「手軽だけどリッチ。デザートというよりおなかにたまって朝食にピッタリ」とは、マネジャーの伊藤さん。前夜から浸してもとろけず、食感をほどよく残す大ぶりのイギリス食パンを用い、バターの塩気をまとわせて弱火で焼き上げる。すると、中がほわっほわに。
まずはハーフのプレーンでおかずを平らげ、締めにシロップがけに手を出せば、一皿で2度おいしい。深煎りコーヒーにもため息。
ここがこだわり!
半分にカットし、下敷きの1枚だけに、はちみつ&メイプルシロップがかけられる。
取材・文=佐藤さゆり(teamまめ) 撮影=丸毛 透
『散歩の達人』2023年2月号より