いいものや楽しみは分け合いたい
「基本的におせっかいで共有したがり。いいものや楽しみは分け合いたいんです」
地域の人々の気質について教えてくれたのは、谷中育ちの『スタジオR』オーナー橘光さん。次男のMacotoさんはジャズやヒップホップを主軸とする人気ダンサーだ。彼が幼い頃はダンスの送迎で苦労したことから、親目線に立ったスタジオを作ろうと思い立った。
「併設のカフェで待てるようにして、レッスン中の動画も見られるようにしました。子育て中の講師の方々がレッスンを再開できるよう、生徒さん集めを応援することも」
使い勝手のよさとさまざまなプログラムが口コミで評判を呼び、設立から10年で『スタジオR』は地域のコミュニティーセンターのような場となった。さらに、橘さんがボランティアで参加する区のコミュニティー委員会ではお祭りなどが企画され、子供たちが殺到する。
「子供は地域の宝だから」と橘さんは繰り返すが、こんな大人がたくさんいるのも谷根千の自慢の1つだ。
鉢植え置かなきゃ始まらない、負けず嫌いな一面も?
この辺りを歩いてみると、軒先で鉢植えをズラリと並べている家が多いことに気づくはずだ。なぜ、こんなにも園芸好きが多いのだろう。谷中6丁目の交差点で『花風船』を営む田村巴留香さんは「乙女心の連鎖反応?」と予想する。
「上野公園が近くて寺社も多く、緑に触れる機会がたくさんあるから、自然と家の周りにも置きたくなるのでは。そうして近所に鉢植えが増えたら、『うわー、かわいい! うちにも欲しい』って気持ちになるのかもしれませんね」
園芸好きといえば、お客さんで80代の男性がいた。趣味で育てたハマユウをたくさんわけてくれたので、巴留香さんが常連さんたちに配ったそう。残念ながら2022年に亡くなられたが、
「もらった鉢の花が咲いたり、今でも鉢を大事にしてるよって常連さんが教えてくれたりするのがうれしくて、寂しさが少し和らぎました」。
人生最後のすてきな共有のお話が聞けて、こちらもじーん。
気さくだけれど成熟していて、落ち着いて仕事ができる
花と同じくらい団子も好き、というのが谷根千の食通たち。主食のお米やパンは専門店が多く、高レベルの店を選び放題だ。そのなかでも存在感を放つのが、根津の『山形屋米店』と千駄木の『ベーカリーミウラ』である。
『山形屋米店』に行くと、両手では持ちきれないくらい買ってしまって、結局配達してもらうことになる。社長の佐藤幸夫さんが直接田んぼまで見に行って契約したおいしいお米と、それにぴったりの缶詰や佃煮が並んでいるからだ。娘の市川結巳さんが仕入れを担当しており
「スーパーで見ない珍しいもので、添加物の入っていないものを選ぶようにしています」と教えてくれた。
「この辺りには食べることが好きな方が多いと思います。お米を5㎏買って自転車で帰っていく90代の方が何人もいらっしゃるんです。やっぱりちゃんと食べるから元気なのかな」
おせっかいと好奇心に街や店が呼応する
『ベーカリーミウラ』にもファンが多い。
「近所に新しいパン屋ができると『試しに食べてみて』とお客さんが買ってきてくれる」
と店主の飛田憲彦さんは笑う。出た! 住民必殺「おせっかい」。「『ミウラ』のパンの圧勝だね」って言う住民の顔まで想像できる。なんだかすみません。
若い頃は都会のど真ん中で働いていた飛田さん。周囲の、野心むき出しでグイグイくる感じが好きではなかったと振り返る。
「ここはみんな気さくだけど大人で、やっていることをよく見ていてくれる。落ち着きます」
落ち着いて商いができる環境というのは『酒菜ひより』の関根彩さんも同意する。
「食べて飲んでウェーイって店じゃなく、料理やお酒をゆっくり味わってもらいたかった。だから根津を歩いて“ここだ!”ってピンときました」
おせっかいだけど踏み込み過ぎず、園芸好きの食いしん坊が谷根千住民の気質。そこにもう1つ付け加えておきたいのが、知的好奇心の旺盛さだ。
『ファーブル昆虫館「虫の詩人の館」』のように気軽に学べる施設がたくさんあるほか、冒頭の橘さんらが所属するコミュニティー委員会の催し、藝大などの大学関係者やお店、個人によるワークショップなどが通年至る所で開催されている。これも、知識を得たい人と教えたい人が両方いるからこそできること。そんな環境で生活できるのは恵まれているなとしみじみ思う。
このよさを、ぜひみなさんに伝えたい!
……と、やっぱり出てしまうおせっかいよ。
【いつもの谷根千 体感スポット】
スタジオR
遊びも学びも選び放題な多目的スタジオ
ダンス、楽器演奏、パフォーマンスやヨガなどで利用できる多目的スタジオ。1階スタジオでは「SOLAina Dance School」をはじめとする人気スクールが開講中。2階リビングではロボティクスや着付けの講座も。カフェも併設されている。
●10:00~21:00、無休。
☎なし。studior.tokyoから予約可能
フラワーショップ花風船
お祝いお仏花何でもござれ創業84年の生花店
2代目の田村幸子さんと娘の巴留香さんの2人で営むお花屋さん。色彩や心理学を勉強した巴留香さんは、少ない情報から相手の好みを類推してアレンジができる。幸子さんはゴージャス系花束、巴留香さんはミニブーケを作るのが得意だそう。
●9:00~18:00、火休。
☎03-5685-1187
山形屋米店
農家直送のお米をごはんのお供と一緒に
山形出身の先代が終戦後に開業。契約農家から届く厳選されたお米を1㎏から店頭精米してもらえる。写真左側は期間限定入荷の福井県産いのちの壱(玄米1㎏950円)。通常(右側)のお米と比べて大粒で甘みがありギフトに最適。
●9:00~19:00、日・祝休。
☎03-3822-4903
ベーカリーミウラ
自家製粉&自家製酵母の香ばしモチモチパン
2017年に逗子から根津神社の裏に移転。店主の飛田憲彦さんが起こした3種類の酵母と毎日製粉する小麦から生まれるパンが並ぶ。ミルク酵母を使ったコッペパン140円と食パン550円、絶妙な甘さのチョコパン450円。サンドイッチやピザも用意。
●8:00~18:00、月~水休。
☎03-5834-8972
酒菜ひより
旬の魚と野菜がたっぷりの和食がしみる
店主の関根一之・彩さん夫妻が、落ち着いた雰囲気で料理を楽しんでもらいたいと2010年にオープン。写真手前の焼き鯖と大根の豪快サラダ840円はオープン当初から不動の人気メニュー。お刺し身、煮物に揚げ物も豊富。
●17:00~22:30LO。日休。
☎03-5814-9108
谷中時計店
ビンテージウォッチとの一期一会をここで
約20年ビンテージウォッチの修理経験を積んだ店主の井上さんが2022年1月に始めた。スイスのIWCなどのビンテージウォッチを修理販売。アナログレコードはオンラインで購入可。
●11:30~17:30、日・月・祝休。
☎03-5834-7537
修理希望は店頭またはHP(yanakatokei.com)から申し込みを。
ファーブル昆虫館「虫の詩人の館」
昆虫をめで、語れる聖地にみんな集合!
NPO日本アンリ・ファーブル会が千駄木で10年以上運営する昆虫館。虫に関心のある子供たちが何度でも来られるよう、入館料はだれでも無料。1階ではクワガタやタガメなどの生体展示をしており、虫と触れ合える。虫に詳しいスタッフも多数。
●13:00~17:00、土・日のみ開館。
☎03-5815-6464
ストレル
家族みんなで守る先代の洋菓子の味
1958年に先代が都立駒込病院前で開業。パリ仕込みの父のレシピを、代官山『コルドンブルー』で学んだ娘の関根紀子さんが受け継ぐ。エクレールショコラ380円は軽やか。モカロール460円は創業から根強い人気を誇る。
●10:30~18:30、水・木・日休(イベント時は変更あり)。
☎03-3828-0615
nenecolo
初音小路最若手は実力派下町イタリアン
福岡出身の渡邉良雄シェフがイタリアンバールを2017年にスタート。地元直送の無農薬野菜と自ら豊洲で仕入れる新鮮魚介をふんだんに使用。ムール貝のアクアパッツア1540円でワイン660円~が止まらない。
●18:00~24:00(日は15:00~21:00)、月休。
☎090-3410-6504
取材・文=仲間麻美 撮影=オカダタカオ
『散歩の達人』2023年1月号