取材・文=村瀬秀信

香川駅前の「熊澤屋」は跡形もなくなったが、毎週『ジャンプ』を買った書店『江南堂』は健在。『散歩の達人』も毎月入荷!

1975年生まれのライター。茅ケ崎市香川出身、高校は海が見たくて茅ケ崎西浜高校へ。主な著書に『止めたバットでツーベース』『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ 涙の球団史』など。月刊『散歩の達人』にて「絶頂チェーン店 ビッグバン」連載中。

海なんておまけです。茅ケ崎は北だ

その昔。よく喩(たと)えられたものだ。茅ケ崎は国道1号が38度線で、その向こうは謎の地域が広がっていると。なにを言うか。ここで生まれ育った筆者は知っている。海なんておまけです。茅ケ崎は北だ。大自然もあれば、グルメもあって、大学も、巨大な公園も、愉快な民話もあれば山本昌や倉本寿彦なんてプロ野球選手も輩出しているし、世界の杉山愛のテニスクラブもある。大岡越前の墓所には、茅ケ崎で壮絶な最期を遂げた「まんが道のテラさん」こと寺田ヒロオ氏の墓もあるのだ。

浄見寺にはトキワ荘の兄貴分こと寺田ヒロオの墓も。「スポーツマン金太郎」など野球漫画の名士は晩年世間との関わりを絶ち1992年に茅ケ崎(南)の自宅で死没。筆者も『まんが道』を読んで青雲の志を抱いた、間違いなく茅ケ崎の英雄のひとり。

なのに、世間に語られる茅ケ崎といえばほぼ南側前提だ。烏帽子岩が見えてきても俺の家は遠いし、南の人間ですらわざわざ国道1号を越えて北へ行くことはめったにない。「南はインスタ映えするけど、北は堆肥に銀バエが寄ってくる」なんて言われたのはもう過去だ。どうか知って欲しい。茅ケ崎の北側を。この世の楽園を。

知るがいい、茅ケ崎の本当の姿を

筆者が生まれ育った頃の香川の景色を写す写真が『香来閣』にあった。畑と沼しかなかったこの辺りも今では住宅が立ち並ぶ。

国道1号を越えれば市の心臓部、生まれ変わった市役所と文化会館という大型公共施設。隣には加藤剛も来ていた大岡祭が行われる中央公園があり、茅ケ崎の象徴“ダイクマ”なき今、市民の生活を支える拠点となったイオンが2つ。一里塚の踏切を越えれば島忠名物“踊る交通整理員”の阿修羅がごとき車さばきも、最近は加齢のためかキレが悪い。
2021年9月に100周年を迎える相模線は茅ケ崎駅から北部へ向かう麗しの単線。ボタン開閉でまごまごしていると、一瞬でよそ者と判断されるだろう。

市内に2つある駅のひとつ目は北茅ケ崎駅。 北部最大の保養地『湯快爽快』を抜けて円蔵エリアに入れば、小学校の向かいに見えてくるのは軽食『カンノ』だ。1997年に、銀だこが全国区にした 「揚げたこ」 より10年以上前にたこやきを油で揚げてしまったコロンブスのたこやきは、今なお北の子供たちのごちそうだ。

周辺のみならず茅ケ崎駅方面へ向かう北部の子供が必ず立ち寄った『カンノ』。揚げたこ4個150円とべらぼうに安い。
あまりに好きすぎて高校時代に50個買ってクラスメイトを啓蒙したことがあるほれぬいた味。10:30分~夕方ごろ、不定休。☎0467-51-7273

住宅地を入っていくと輪光寺。ここには「かっぱ徳利」という民話にまつわる銅像が鎮座する。どんな話かといえば、昔々ここから北にある小出川大曲橋にて、働き者の五郎兵衛さんが水浴びさせていた馬を河童(かっぱ)が川へ引きずり込もうとしたので捕まえこらしめると「許してくれ」と徳利を差し出した。それは酒が次々湧いてくる徳利で、五郎兵衛さんは酒ばかり飲んで働かなくなりました。めでたしめでたし……えぇえ、そんな話だっけ? まぁ、相模線も夏休みに 「かっぱ号」 を走らせたぐらい、地元では河童は身近なものということで。

茅ケ崎に伝わる五郎兵衛とかっぱのあれこれを描いた民話「かっぱ徳利」。その五郎兵衛の一族が檀家だという輪光寺の境内には、徳利に入ったかっぱの銅像が鎮座。ちなみに茅ケ崎にある『熊澤酒造』には「かっぱシリーズ」という日本酒も。

民話ついでにもうひとつ。市の北西部、茅ケ崎メンチで有名なレストラン『なんどき牧場』の裏手にあるのが通称「なんどき橋」。ここには女の幽霊が出没し「今なんどきですか?」と聞いてくるそうで、答えないと水の中に引きずり込まれるのだとか。

茅ケ崎の人気レストラン『なんどき牧場』の駐車場の裏手にあるのが「なんどき橋」。看板などはなく、ひっそりしている。

「そうなんです。 南は 『いま何時?』と聞けば 『そうねだいたいね』 で盛り上がる。北は 『今なんどき?』 で川に引きずり込まれる」
とかぶりを振るのは、萩園でミニトマトを作る『おイシイ農園』の石井さん。同地で16代続く農家は先代からトマトに特化。今ではミニトマトのプロとして各メディアで活躍。一度ハマればとことん突き詰める性格もあって、ここのミニトマトは感動するほど旨いのだ。生産量は多くないが市場に無人直売所・市内スーパー・飲食店に卸しているのでチェックしてほしい。

ミニトマト一筋の『おイシイ農園』。色も味も個性がバラバラな数十種類のミニトマトを、とことん愛しぬいて栽培している。
近隣のスーパーやレストランに卸すだけじゃなく、農園の中もすさまじい数のトマトグッズまみれ。入り口では無人販売も実施。
昔はうっそうとしていた小出川も随分と整備され、橋の下では高校生が逢引するほど明るく開かれた。かっぱに引きずり込まれるぞ。

歴史が証明する茅ケ崎はやっぱり北だ

昭和40年代創業の香川駅前商店街の『宮代商店』。ここのコロッケとアメリカンドッグで育った。

極北の地。“辺境の町”寒川に隣接する「香川」。讃岐とは微塵(みじん)も関係ない相模線2番目の駅は、筆者が22年間過ごした土地だ。当時と比べると圧倒的に家が建った。実家の裏の水田が 「みずき」 という町になったこともあり、香川駅は乗降客も激増したとか。

三橋勘重郎が処刑された後も、霊となって領主を苦しめたために供養碑が浄心寺にある。

香川といえばご存じ香川の英雄・三橋勘重郎。安永の飢饉の際にお代官様に年貢の減免を直訴した罪で捕縛。毎日1本ずつ指を折られ、最後の10本目が終わり役人に「痛いか?」と聞かれると「クソくらえ」と言い放って処刑されたファッキン江戸幕府。この勘重郎が農民のために引いた灌漑用水の一部が「勘重郎堀跡」として、現在は花咲く散策路に。

勘重郎堀跡地にはアジサイが咲いていた。

その道沿いに隠れているのが『香来閣』。なんで香川にあるのかと不思議でならなかった本格中華の名店は、筆者の親戚が台湾人の友人を連れてきた時に、ひっくり返って絶賛していたほど。

東京で修業し、親戚のつてでこの香川に住居兼で開業した『香来閣』。冠婚葬祭やお客さんが来た時など特別な日の料理はいつもここが定番。
落ち着いた居間で横浜中華街以上の味を。ランチのコースは1700円~。営業日・時間は電話で要確認。☎0467-51-6636

グルメのすごい店といえば変電所近くのちゃんぽん屋だった『霧しま』は、2代目安田勝明さんがメニューを一新し、九州の名物料理オールスターな店に生まれ変わった。「ちゃポリタン」なるメニューもある。ちなみに「くまモン」をデザインした水野学さんもすぐ近くの出身だが関係ないそうだ。

『霧しま』の日本ナポリタン学会認定のちゃんぽん+ナポリタンのちゃポリタン 765 円。いきなり団子や太平燕もある九州名物の殿堂。

そしてもうひとつ。駅前の商店街を抜けた小出川沿いには 『SUBURBAN GRILL(サバーバン グリル)』というグルメバーガー専門店が2019年に登場。聞けばこの地で流しそうめん、そば、ステーキハウスなど前衛的な飲食業を展開してきた「こし石」の3代目だ。チラシには「海じゃない方の茅ケ崎を盛り上げていきましょう!!」と志も高い。

手作りバンズにステーキパティ。小出リバーサイドの本格グルメバーガー『SUBURBAN GRILL』。
17:00からは炭火焼『越善』に。

昔から北の方が住みやすかったんだ

ありそうでなかった9つのショートコースを備える『香川グリーンゴルフ』。ピンまで数十ヤードのアプローチ技術を鍛えることが、スコアアップへの近道だ。ショートコースは1ラウンド850円で9時~日没まで(土・日は8時~)、無休。☎0467-57-6278。

その向かいには、ショートコースの名門 『香川グリーンゴルフ(KGG)』。この香川には『スリーハンドレッドクラブ』という会員数300人限定の名門があり、地元小学生はここに忍び込んではジープで追いかけられ大人になるのだが、この『KGG』は子供でも楽しめる平和なPAR3×9ホール。おかげで香川の住民は“寄せ”がうまいと聞く。「この辺は遺跡とかもバンバン出てるでしょ。大昔から北側の方が住みやすかったんじゃないかな」とはオーナーの熊澤賢一さん。

香川駅前『湘南 冨士美』は萩園が本店。昔はケーキもあったが現在は和菓子メイン。茅ケ崎北部の古代米を使用した茅ヶ崎そだち(1個130円)が今企画的にもグッとくる。
晴れの日にこの辺から見える富士は確かにきれい。『湘南 冨士美』9:30~17:00ごろ、☎0467-57-6200

遺跡といえば宇宙飛行士の野口聡一さんを輩出した茅ケ崎北陵高校は、グラウンドから「下寺尾官衙(しもてらおかんが)遺跡群」という7〜8世紀ごろの遺跡が発掘され、学校は仮校舎になって20年ぐらい経つ。随分長いことやってるなと思ったら、国内有名遺跡に匹敵するほど大変貴重な遺跡群なのだとか。

ほーらほら。昔の人も言うてます。知れば知るほど茅ケ崎は北だと。古代人にもモノノケにも引きずり込まれるこの世の楽園。筆者もいずれの日にか故郷へ帰らんと欲すのだが、南も北も人のよさは変わらないので、一度は南に住んでみたい。経験として。

取材・文=村瀬秀信 撮影=高野尚人
『散歩の達人』2021年8月号より