赤坂の繁華街で上司は言った。「マックでいいんじゃね?」
五反田の本社から品川に派遣され、できもしないシステムエンジニアの真似事をやっていた時期、とにかく仕事に行くのが嫌で仕方なかった。職場のビルに火災が発生したり、爆破予告が行われたりして休みになればいいのに、と不謹慎なことを毎晩夢想していた。“公園やパチンコ屋でサボっている営業職の話”を仕事中にこっそりネットで読み、心から羨ましく思った。派遣先に常駐させられている私にできる精一杯のサボりは、そうしたネットのくだらない記事を小さなウインドウで盗み見したり、喫煙所に行く回数を増やすことくらいだった。しかし稀に、公然と社外に出て上司からの監視を逃れられるイベントがある。その一つが健康診断だ。溜池山王にある健診センターに出向き、小一時間ほどの健診を受ける。年に一度の大イベントだ。数日前から待ち望んでいた健康診断。午後からの健診ならそのまま直帰できる可能性も高かったが、午前の健診に振り分けられた私は、終了後再び品川に戻ることを命じられ落胆した。それでも、数時間職場から離れられるのはありがたかった。昼メシや帰り道にできるだけ時間をかけて帰社時間を遅らせれば、ほとんど働かずに家に帰れるかもしれない。小学校の遠足より楽しみにしていた健康診断当日。出社していくつかメールを返したりプログラムのコードを眺めたりしているうちに溜池山王へ向かう時間が来た。仲が良かった同期も同じ午前の健診だった。席まで迎えに来てくれた同期と一緒に、浮き足立ったテンションで会社を出て駅へ向かう。しかし健康診断は、流れ作業のように、あっという間に終わった。始まってまだ30分しか経っていない。効率化が徹底されている。もっと無駄に並ばせたり、ダラダラやってくれてもよかったのに……。さて、ここからが私の技術の見せどころ。できるだけゆっくりとランチをし、できるだけチンタラ歩いて品川へ戻ることにしよう。