日本酒はなたれ
磯の風味がふわっと穏やかに香る
出汁の色はくっきり濃い。でも、すすってみると、ふくよかな磯の風味が優しく口に広がる。佐島の漁港や市場から直送しているという大ぶりの地蛤や秋刀魚などの魚介類の味わいを、そっと引き立てる名脇役です。おでん種としては珍しい無花果も、すんなり包み込む懐の深さもある。「日本酒に合うおでんを考えて作りました」と話す店主の村本昌彦さんが約50種あるなかから選んでくれたのが、「丹沢山」の純米酒。これまた、優しい口当たりの酒で、出汁によくなじみスッと体に染みてくる。新しいけれど真っ当で、心が穏やかになるおでんだった。
『日本酒はなたれ』店舗詳細
おでんや den
素材をぐっと生かす上品な出汁
扉を開けた瞬間に、ぶわ~っとかつお出汁の匂いがしてきた。「僕が好きなのは香りがいい出汁なので、かつお節を800g も使います。でも、入れすぎるとくどくなるのでこの味にするまでにけっこう苦労したんですよ」と店主の佐藤真一さん。自家製のがんもどきや滑らかな高野豆腐、淡路島の玉ねぎなどのいい素材に寄り添った、ほどよく塩気が効いた出汁のおでんは、上品で繊細。豊かな甘みの「栗駒山」の旨さも引き出されて、相乗効果でおでんも酒も止まらなくなる。すりたてワサビの「梅わさ」で、もう一杯。出汁でさらに、もう一杯。
『おでんや den』店舗詳細
おでん丸忠
練り物の旨味が染み出ている
いろんな旨味が重なった、丸い口当たりの出汁だった。すんなり言葉にできないほど複雑な味の秘密は、たくさんの練り物にある。『丸忠』は、もともと隣にある練り物屋のテイクアウト専門のおでん屋から派生した酒場。「石臼で練るできたての練り物の味がおでんに染み出ています」と店長の西村浩志さん。定番の大根やちくわぶのほか、ピリッと辛い中華揚げやカレーボールなどの変わり種も多く、ビールやスダチハイ、燗酒など幅広いお酒と合わせたくなる。立石を飲み歩いた後に、締めで燗酒とおでんをいただくのもおすすめ。
『おでん丸忠』店舗詳細
日本橋お多幸本店
こっくり濃い出汁。おでん界の重鎮
お酒も進む。ごはんも進む。大正12年(1923)創業の『日本橋お多幸本店』のおでんは、これまで注ぎ足されてきた、甘みと旨味がギュッと凝縮されたこっくり濃い出汁が特徴で、酒飯によく合う。「注ぎ足しは手間もかかりますし塩梅が難しいので、毎日慎重にやりながらお多幸の味を守っています」と店長の坂野善弘さん。これからの季節は、ひやおろしの日本酒もいいけれど、濃いおでんをまろやかにする焼酎のロックやお湯割りもぴったりだと教えてくれた。素材にしっかり味が染み込んだ老舗のおでんは、素敵なおでん缶に入れておみやげにもどうぞ。
『日本橋お多幸本店』店舗詳細
善知鳥
細やかな仕事がにじむ繊細な出汁
されどおでんと、改めて『善知鳥』で思う。「おでんはすぐに出せるからいい、なんて簡単に思っていたのにバチが当たったんです」と青森出身の店主の今悟さんは苦笑い。生姜味噌をつける青森おでんの特徴はそのままでも、出汁は高級な干し貝柱を使い、練り物はしっかり油抜きし、大根は3日、玉子は約5日間かけて炊き、煮頃じゃないものは出さないこだわりよう。これがまた、店主がつける燗酒に合いすぎて泣けるくらい旨い。
『善知鳥』店舗詳細
green glass
そば前にいただきたいおでん
2016年にオープンした『green grass』は、おいしいそばが味わえる店だが、静岡おでんもぜひ食べてほしい一品。静岡出身の店主、関根美徳さんは「地元の味と違うのは、そばつゆの出汁をおでんに入れているところです」と話す。色の決め手になる醤油はいいものを使い、無添加の練り物にワサビ農家が手作りしたこんにゃくなど、素材は妥協しない。味が優しく染みたおでんには白隠正宗の燗酒を合わせて、締めはそば、なんて最高ですよ。
『green glass』店舗詳細
gindachi
北イタリアの風土を感じるおでん
『gindachi』では、ボリートという北イタリアの煮込み料理を、親しみやすいおでんという呼び名に変えて提供している。失礼ながらポトフと似ていると思っていたら「それぞれ具材を煮て、後からトマトベースのスープと合わせて出しています」とスタッフの久田茂幸さんの話を聞き、これは間違いなくおでんだ、と納得。真っ赤なトマトの出汁で煮込まれたおでんは、旨味と酸味のバランスがよく、体が元気になる味わいだった。
『gindachi』店舗詳細
構成=株式会社エスティフ 取材・文=山内聖子 写真=井原淳一