『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』

なんでもない日常だって楽しむことができる

スズキナオ 著/ スタンド・ブックス/ 1720 円+税

深夜バスは苦手だ。飛行機の夜行便でも通勤電車でも眠れるくせに、なぜだかバスだけはダメなのだ。敗因をあれこれ考えリトライするも、やはりいまいち。その繰り返しにくたびれて苦手意識を抱いている。しかし、“100回ぐらい乗った”深夜バスの達人は違う。眠れない時は、「もう宇宙の始まりから考える」というのだ。「とにかく、真っ暗闇でただ考えごとをするだけの時間というのも普段なかなかないものだ。この機会に徹底的に考えてみる。自分がどれだけ考え続けられるかを試されるのが深夜バスである。」……なるほど。
眠れないバス移動を、考えごとをする絶好の機会ととらえる著者は、日常を楽しむプロだ。ダメなんて発想はない。身近に起こるちょっとした面白いこと、おかしなことに気づき、そのすべてを受け止め、楽しめる才能をもっている。本書はそんな著者が毎日を過ごす中で体験したり、取材したことをまとめたエッセイ集。バス以外にも「友達の家の『家系ラーメン』を食べてきた」「71歳のおじいちゃんが作るハンバーガーは全国3位」「ジャンボフェリーはもはや海上の酒場だ」など、日本各地で出会った何気ない出来事が綴られている。
個人的に気に入ったのは「誰も知らないマイ史跡めぐり」。身近な人に個人的な史跡を案内してもらうというもので、学生時代に通ったラーメン屋や好きな子に電話した電話ボックスなど、個人史を聞きながらゆるゆると知らない街を散歩する。ただそれだけの話なのだが、不思議と魅了された。
「考え方次第で、なんでもない日々を少しぐらいは楽しいものにすることができるという思いは確信に近い。」この本もまた、読者の日々を少し、いや大いに楽しいものにしてくれる。なんでもないようで凄すさまじい一冊だ。(町田)

『“よむ”お酒』

無性に楽しいこと「どうでもいい酒」を飲むがごとし

パリッコ スズキナオ 著/ イースト・プレス/ 1400 円+税

昨年忘年会での会話を、あるいは飲んだものを、どれだけの人が今も覚えているだろうか。お酒とは実に不思議なものである。その名の下に、人は集い、騒ぎ、なんとなくいい気分になる。後悔しては忘れ、また繰り返す。いわば無駄ともいえるこの行為に、人は惹かれる。この魅力とはいったい何なのか――。
本書はそんなお酒の無限の可能性を追求するユニット「酒の穴」の初のエッセイ集。酒場ライターとして知られるパリッコさん・スズキナオさんの2人が交互に、お酒にまつわるあれこれを、ゆるゆると時に大真面目に綴(つづ)っている。お品書きはといえば、「ポイントカードのポイントを使ってまで飲む」「酒としらたき」「究極の酒のつまみは粒子系」……と大変くだらない(ほめています)。例えば「新しい酒のことわざ」では、「『金』に関することわざの『金』を片っ端から『酒』に置き換えたらぜんぜん違和感がない」というテーゼを提示。酒は天下の回りもの、時は酒なり、地獄の沙汰も酒次第、酒の切れ目が縁の切れ目などなど。さらには、発泡酒とて酒は酒、翌朝の麦茶に勝る酒なし、とニューことわざをも披露する。なるほど~と感心し、そんなことを発表しあう飲み会はどうだろうと妄想。自分も傑作をと考え始めたら、もう酔いの前兆だ。
翌日、内容を思い出せないような一時の楽しさを、空間や人と人との間に生まれる温度感はそのままに、言語化することの難しさに気づいたら一巻の終わり。彼らの文章の巧みさにずるずると呑(の)まれる。中毒性あり。ご注意を。(町田)

『戦国、まずい飯!』

食を通して知る、戦国の世の暮らしぶり

黒澤はゆま 著/ 集英社インターナショナル/ 840円+税

炊いた米を乾燥させ、石うすでひいた「干し飯」。干した里芋の茎を味噌で煮込んだ「芋がら縄」。そして雑草「スギナ」。戦国の飯とは、どうにも食欲のそそられないものばかりだ。
そんな戦国時代の食事に注目したのは、歴史小説家でもある著者・黒澤はゆま。なんでも1987年の大河ドラマ『独眼竜 政宗』を観て、「同じものを食べてみたい!」と思ったのがきっかけだとか。本書はそんな曲者である著者がさまざまな文献を渉猟し、戦国の食にまつわるエピソードを9つの食材ごとに紹介。赤米に糠(ぬか)味噌、はたまた牛肉と、そのテーマは多彩だ。
ところで読者の皆さん、こんな経験ありますか。久しぶりの実家で、母手製の料理。食べ始めたはいいけど、なんだか物足りないような。やむなく母の目を盗んで醤油を一垂らし。これでちょうどいいやとしてニンマリしていると、背後には、我が子の無礼なふるまいに怒り心頭の母が……というのは私の体験談ですが(お母さま、この場を借りて謝ります)。
似たようなエピソードは、なんと徳川四天王のひとり、井伊直政にもあるという。天正10年(1582)、当時21歳だった直政は、宴で出された料理に「薄味だ」と不満を垂れる。すると徳川家の重臣、大久保忠世(ただよ) にこう諭された。「お前がいずれ従える士卒・農民の食事とは、こういうものだ」。貧しく飢えに苦しむ者たちの心に寄り添えという教訓。今も昔も、食事には感謝の心を忘れてはいけないなあ。
というわけで、やってみました。戦の際、家康が家臣に勧めた生米の水浸し。う~ん、素材の味が、生きている……。(田代)

『町田忍の手描き看板百景  ―美あり珍あり昭和あり―』

古くて新しい、目の付けどころ

文・写真 町田 忍/ 東海教育研究所/ 2200 円+税

どんな些細(ささい)なことでも、ふとしたきっかけで面白く感じられることがある。
私は今まで、出身地である茨城県北部の街並みがどうにも苦手だった。シャッターの下りた電器屋、錆びて文字の読めない広告看板、黄ばんだ暖簾(のれん)のかかった食堂……。4年前の上京の際には「こんな古臭い街、もうイヤ!」と、半ば逃げ出す気持ちでふるさとを飛び出した。でも今は違う。一度離れて見直してみると、寂れた風景の中にある“営みの名残り”こそ、東京にない、この街の魅力だと気づいた。
本書の著者・町田忍氏もそんな、意外なきっかけによってモノの見方が変わったという。なんでも学生時代ヨーロッパを流浪した経験から、逆に日本の街並みに引かれるようになったのだとか。目を付けたのは、街並みにあふれる「手描き看板」。乱雑に設置されていることも多い看板や交通表示が「アート」とは、日がな近所を散歩している私にとってはなかなか驚きだ。「噛めば噛むほど味が出る『するめフレーズ看板』」、「錆すらもアート⁉ 『美的風化看板』」など、その切り口は多彩。個人的に気に入ったのは「あなたは誰? それは何? 『キャラ&モチーフ看板』」。焼き肉専門店の手描き看板では、筋肉ムキムキの牛がガッツポーズ。ほかにも、勢いよく描かれた動物や商品に、思わず笑ってしまうものばかり。
そういえば、家の近所にも気になる看板があったかも……なんて考えもあれこれ浮かぶ。街の意外な部分を切り抜いた本書を読めば、あなたもモノの見方が変わるかも。(田代)

『東京のかわいい看板建築さんぽ』

昭和の商店建築は、自由で楽しい!

宮下潤也 著/ エクスナレッジ/ 1600 円+税

『散歩の達人』2019年7月号「昭和の東京を歩く」特集で看板建築の企画を担当し、看板建築密集地帯を探しに台東区→文京区→千代田区→中央区→港区→品川区と、歩きに歩いてページを制作したのももう1年近く前。それから看板建築に関する本が何冊か発行され、いま看板建築がひそかに注目されているのをひしひしと感じる。東京オリンピックを機に街が生まれ変わっていく最中で、昭和の建物に魅力を感じる人が多いのだろう。
そもそも看板建築とは、資金や土地に限りある個人商店が建てた木造の店舗兼住居。建物の正面部分が看板のように銅板やタイル、モルタルなどの不燃材料で覆われているのが特徴だ。関東大震災後の大正から昭和初期にかけて多く建てられたので、“震災復興のシンボル”とも言われる。
本書は東京で今も現役で稼働している看板建築を、写真と解説と、かわいいイラストマップでたどる一冊。巻頭の「看板建築の楽しみ方」では趣向を凝らした西洋建築風のレリーフや日本の伝統模様の装飾、柱や屋根回りなど看板建築の見方や見どころを簡潔にまとめている。この看板建築特有の素敵なあしらいの数々は、建て主や施工に関わった職人たちが自由な発想で施したものがほとんど。細部にわたり工夫やこだわりが詰まっているので、ひとつひとつの建物において見どころ満載だ。ふだん街を歩いていて看板建築の前を通りかかると、ついつい立ち止まってじっくり見てしまう。密集地帯には看板建築観賞コースが設けられており、読みながらルートを想像しニヤけてしまった。今まで発行された看板建築本の中でも比較的ライトな内容なので、看板建築初心者にぜひ! (佐藤)

『東京「多叉路」散歩 交差点に古道の名残をさぐる』

交わる道から読み解く、東京の歴史

荻窪 圭 著/ 淡交社/ 1600 円+税

あれは今から約2年前の取材時のこと。糀谷から雑色へ向かって歩いていたら、あれ? 右にも左にも前にも斜めにも続く道が……! 突如出くわしたその道の交差に戸惑い、そして興奮する私をニヤリと見つめる看板には「七辻の由来」とあった(「辻」とは「十字路」を表す言葉)。これが今までで最も印象深い「多叉路(たさろ)」との出合い。
東京の道は複雑だ。交通手段の変化や人口流入による土地利用の変化などの影響を受け、新たに道を追加しては、古くからの街道と交わり、時にはそれが何重にも重なり合っている。本書はその成果ともいえる多叉路を厳選し、多叉路化の歴史を、古地図などを基にひも解いていく、なんとも散歩心をくすぐる一冊だ。
選ばれし多叉路は全部で20。九叉路を有する九道の辻(小平市・東村山市)から浅草六区の六叉路、そして赤羽の三叉路まで。360度カメラを駆使した筆者のユニークな解説が光る。中でも特にときめいたのは、池袋の六ツ又交差点。江戸時代の地図を基にした川越街道に関する分析をふまえ、今もビルの一角にちんまり鎮座する庚申塔(こうしんとう)をみてみるとその存在にも納得。まるで謎解きのように、街の歴史が理解できて面白い。何よりその場を見る目が変わる。
本書を読み、街の話をする際「あの五叉路の…」と無意識に交差点へ言及していた自分を発見。なるほど私は多叉路好きだったのか。板橋のあれは七叉路か? そうそう、あっちにもいい六叉路が……いやはや止まりません。(町田)